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初めてのバター作り

 風がそよぐ涼しい草原で汗をかき両手に持った瓶を一生懸命に振っている。


 筋肉痛を訴える腕がギシギシと痛むが、それでも腕を振り続けるのだ。疲れて片手に持ち替え交互に振りながら、遠くの草原で駆ける二匹の聖獣達に目を凝らした。


「すごい、あんなに遠くまで転がしてるわ。瓶が割れてなければ良いけど……」


 バルカンは見えるがペルーンの姿が小さくて見えない。だが時折バチバチと光が草原に発光している様子が伺える。

 きっと、あれがペルーンだろう。

 バルカンが近くで発光するそれに、怒りながらギャンギャンと吠えているが、何を言っているかまでは分からない。


「ふふ、本当に仲が良いわね。瓶を転がしながら喧嘩してるわ」


 誰が一番早くバターを作ることができるか競争しているため、疲れた腕を止めては直ぐに振ってを繰り返す。私も意外と負けず嫌いだったらしい。

 遠くの方まで勢い良く瓶を転がす聖獣達に負けじと筋肉痛の腕に鞭打ってシャカシャカと振り続ける。

 一番大きな瓶はバルカンに、中くらいの瓶は私に、一番小さな瓶にはペルーンに。始まりの合図と共に一斉に瓶を転がし走り出した聖獣達は、いつの間にかバター作りと言うより瓶を転がす事自体を楽しんでいる様だ。


「はぁ〜……流石に疲れたわ」


 ゴロンとフサフサのペルンの絨毯に横になり、腕を上げて瓶を振る。青い空にゆっくりと流れる白い雲がぼんやりと形を変えた。

 ぽかぽかと暖かい陽気に、鼻先を掠める涼しい風とさわさわとペルンが風に靡く音が心地よい。腕を振っていなければきっと眠ってしまっていてもおかしくない程だ。


 遠くの方で聞こえるバルカン達の掛け合いや、ペルンが風に靡く音を聞きなが瓶を振っていると、今までシャカシャカと瓶から聞こえていた音が聞こえなくなった。

 急いで起き上がりスカーフを外してみると、緩いクリーム状になった白い液体がべったりと瓶に張り付いている。

 見た感じ緩めだがまさにホイップクリームその物だ。確かに首長羊の乳を飲んだ時、濃すぎてお茶に入れないと飲めないと思ったが、まさか牛の生クリームと同じ程の脂肪分を含んでいるとは思いもよらなかった。

 こんなに濃い乳を朝と風呂上がりに飲んでいたガジルがやはり信じられない。

 ただ、この首長羊の乳に樹液の粒を細かく砕いてホイップクリームを作れば、聖獣達はどんな反応をするだろうか。予定にはない嬉しい発見に頬を緩ませ瓶を見る。


「ふふ、バルカン達ホイップクリームも気にいるはずだわ!それにバターになるまで、きっとあともう少しねっ」


 疲れてゆるく動かしていた腕に力を込めて素早く振り続けると、ホイップ状のゆるい液から段々と白い塊が顔を出してきた。


「凄い! 本当に固まってきてる。確か水分が抜けるって前に読んだ本に書いてあったと思うのだけどっ……もう少しかしらっ?」


 腕がぶるぶると限界を迎え息が上がってきた頃、突然パシャリと瓶に水が叩きつけられる音が聞こえた。驚いて手を止め瓶を見ると、ほんのりと薄黄色に染まる塊と、振る前の乳より少し色の抜けた水分が分かれている。

 本の内容がうろ覚えで、まだ振った方が良いのか分からず様子を見ながら数回瓶を上下に振った。ぺったんパッシャンと瓶の中で固形物と水分が音を奏でる。

 次第に塊から水分が抜け凝縮されて、いつも朝食に出ていた形は歪だが見慣れたバターの姿になった。


「ねぇ! やったわ! バターができたわよー!」


 遠くの聖獣達に腹の底から声を張り上げ呼びかける。くるりとこちらを向いたバルカンが瓶を転がしながら駆けてきた。

 その後に続きペルーンも負けじと追いかける様に走ってくる。


「ふふ、私が一番ね!」


『いいや! 我の方が先にできている!』


「クナァーン!」


「じゃあ、バルカン達のもスカーフを外して見てみましょうか」


 自分が一番だと言い合う聖獣達に笑いながらスカーフを外すと、どちらの瓶も割れずに水分と脂肪分が上手く分離していた。


「まぁ! 二人とも私のよりしっかり分離しているわ。とっても上手ね!」


『ふん、我にかかれば造作もないことだ。勝者は我だな』


「クナァーンッ! クナァ!」


『いいや、我が一番だ!』


「クーナァーッ!」


「どっちが先にバターができたのかしら。二人とも瓶の中から聞こえてくる音が変わったのには気づかなかったの?」


『チビが横でバチバチと雷を鳴らすせいで聞き取りづらかったのだ!』


「ナァ!ナァ!」


『なんだと!? 我が吠えるせいで聞こえぬとは何事だ! 元はと言えばお前が雷を鳴らすのが悪いんだぞ!』


「グゥナァ〜!」


「はい、はい、それより疲れたでしょう? 赤い果実を食べて休憩しましょうよ。これを食べたらお家に帰って瓶の中の水分を取り出さなきゃ」


『おお、気がきくではないか』


「クナァ〜ン」


 口喧嘩を始める聖獣達にバケツから持ってきた赤い果実を取り出して手渡す。座って疲れた腕を休ませながら、乾いた喉を潤す様にカプリと赤い果実にかぶりついた。

 疲れた身体に酸味と甘みが染み渡る。隣を見れば先程まで言い合いをしていた聖獣達が仲良く並んで赤い果実にご満悦だ。


 赤い果実を堪能した後、気持ちの良い風に中々重い腰が上がらず、横になったバルカンに寄りかかる様に空を眺めた。元気なペルーンは草原を駆け回りパチパチと光を放って遊んでいる。

 うとうととしそうな長閑な時間に、突如大きな轟と瞼に突き刺さる様な激しい光に目をつむった。



 ギェェェェー!



 ぼとんっ!



 耳をつんざく不快な鳴き声と、重たい何かが落ちる音が聞こえ驚いて身体を起こす。目に焼き付いた光の陰で見えにくく、目を凝らして音の聞こえた方を見ると、ぷすぷすと黒い煙が上がっていた。


「な、なにがあったの!?」


『あのバカついにやりおったな。なに、上空を飛んでいた三つ眼鳥がチビの放った雷に当たっただけだ。今日の昼食は三つ眼鳥の丸焼きだな』


「クナァーン!」


 嬉しそうに駆けてくるペルーンが、ぽかんと口を開け呆けた私に褒めて欲しそうに飛びついてくる。

 まだ慣れない眩しい目を何度もパチパチと瞬きして、されるがままに小さな体を受け止めたのだった。

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