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魔物達の共存

 葉の隙間からそっと息を潜めて首長羊の群れを覗く。


 全身を包むふわふわの白い巻き毛に、長い首を伸ばして少し高い位置に生えている木の葉をむしゃむしゃと頬張っている。

 長い睫毛に囲われた真っ黒な瞳がおっとりとしており、中には警戒心など微塵も感じていないのか、ぐっすりと眠っているものまでいた。あまりにも長閑な空気に、ここは危険な魔物の森ではなく牧場に迷い込んでしまったのかと錯覚しそうだ。


『メリッサ、聞いているのか?』


「あ、ええ。ごめんなさい。あまりにも長閑で呆けてしまっていたわ」


 ぼおっと何処までも穏やかな風景を眺めているとバルカンの話を聞き逃しそうになっていた。何か言いたげな顔をするバルカンに曖昧に笑って首長羊をよく観察する。


 出産経験のある首長羊は『下巻』に書いてあった通り、乳房の周りに毛が無いのですぐに見分けがついた。丁度見つけたその個体は、かなり乳が張っていて違和感を感じるのか岩に体を押し付け乳を出そうとしている。

 きっと乳房の近くに毛が生えていないのは、岩に体を押し付けたりするのも原因なのかもしれない。なんだか可哀想に感じていると、カサリと近くの葉が揺れる。

 その葉の間から出てきたのは、頭に若葉を生やした一匹の小さな子鹿の様な魔物だった。その魔物は当たり前の様に、岩に体を押し付けていた首長羊の腹に近づくとそのまま乳を吸い始めたのだ。

 首長羊は岩に体を押し付けるのをやめ、小さな魔物に子育てをする母のような慈愛に満ちた眼差しをむけて受け入れている。


「可愛い……」


『あれは木角鹿の子供だな』


「確か『下巻』の首長羊の次のページにそんな名前の魔物が載っていたような……あぁ、次のページまで読んでくれば良かったわ」


 バルカンが言うには、木角鹿の頭には名前の通り木のツノが生えており、大人になると立派に枝分かれしてツノから葉を茂らせるのだとか。移ろい行く季節と共にツノに茂った葉の色も変わり、もし折れても芽が出て新たなツノが伸びてくるそうだ。

 そのツノのお陰で森に溶け込み樹木に擬態するのがとても上手な魔物らしい。


 木角鹿の牝は産後乳の出る母体が少なく、首長羊の乳で育つものが多いそうだ。そのため首長羊と木角鹿の群れは近くで過ごしていることが多いのだとか。


 木角鹿も草食の魔物だが怒らせたり警戒心が高まると容赦なく襲ってくるそうだ。木角鹿が興奮した時にだけツノに纏う樹液に少しでも触れてしまうと、かぶれて真っ赤に腫れ上がり、何日も痛みと痒みに悶え苦しむのだとか。

 肉食の魔物の多くは、このしつこい痒みが苦手なため木角鹿の巣には近づかず、共に群れをなしている首長羊の安全も守られている。この平和で牧場の様な風景は木角鹿と首長羊が共存して出来上がった証なのだ。


 警戒心の強い木角鹿に受け入れられて初めて首長羊に近づく事ができるらしい。ここにくる前、何故かバルカンに腐葉土を集めるように言われた。

 誰にも踏み荒らされていないふかふかの腐葉土はこの森の栄養をたっぷりと含んでいる。菜園を整えたら絶対にこの腐葉土を肥料にしようと、ひょっこりと顔を出すミミズに仰け反りながらも一生懸命バケツに集めた。


『メリッサ、これを木角鹿に食わせてやれ』


「え? これを……?」


『ああ、木角鹿の好物は腐葉土だからな。これを食べてツノの養分にしているのだろう』


「だから腐葉土を集めさせたのね。質問しても早く集めろとしか言わないから、やっとスッキリしたわ」


『ほら、いいから早く撒いてしまえ』


「撒くって言っても何処に撒けばいいの? あそこには木角鹿の子供しかいないわよ?」


『メリッサ、やはり我の話を聞いていなかったな。それにしてもまったく気づかんとは……すぐ側にいるだろ』


 やれやれと呆れて首を振るバルカンの言葉に驚き辺りを見渡す。


「え!? どこ?」


『そこだそこ。メリッサ、お前の隣だ』


「と、となり……?」


 バルカンの目線の先をたどるが、目を凝らしても木々が並ぶだけで、それらしき魔物は見当たらない。


「もぉ〜、やだわ。バルカン驚かさないで。隣になんていな……っ!?」


 顔に当たる邪魔な木の葉を手で払いバルカンに話しかけようとすると、不意に木の枝が動きすぐ近くにある黒いつぶらな瞳と目があった。驚いて声を上げそうになる口をパシリと手で押さえ身体を硬直させた。


『なんだ。さっきからずっと木角鹿のツノの葉の間から首長羊を見ていたのに気づいていなかったのか?』


 とぼける様に言う呑気なバルカンの台詞に驚きすぎて言葉が出てこない。なんて危険な状況なのかと冷や汗が流れたが、今現在その木角鹿のツノを触っているのだ。

 ザッとツノから手を離し樹液がついていないか手を裏返して確認した。痛みも痒みも感じずホッと息を吐くと、そろりと身体を木角鹿から離す。

 私の足元に置いてあったバケツの中身が気になるのか、木角鹿が匂いを嗅ぐ様に鼻をひくつかせ、離したはずの距離を詰める様に、ぬっとこちらに近寄ってきた。


『ほら、早く食べさせてやれ。待ちきれない様子だぞ』


「え、ええ……」


 恐る恐るバケツから腐葉土を地面に撒くと、近くの樹木が一斉に動き出した。


「!?」


 擬態を解いた木角鹿がわらわらと集まりだし慌ててその場から飛び退く。こんなに近くに沢山いたのかと驚くと共に、何故襲われずに済んだのか不思議に思った。


「どうして襲われなかったのかしら?」


『木角鹿は敏感な魔物だから邪な考えを読み取る力があるのだろう。念のため腐葉土を用意したが、これなら持ってこなくても首長羊に近づけたな。ガジルはいつも用意しないと警戒されていたんだが』


「首長羊のミルクを目当てに来た私とガジルさんとで何が違ったのかしら?」


『ガジルは首長羊の毛を刈ろうとして追いかけ回された事があると話しただろう?』


「そ、そう言えばそうね……」


『ああ、それより早く首長羊の乳を搾ってバターとやらを作るぞ!』


 桶を咥えて先を行くバルカンに転がるバケツを拾い慌てて追いかける。先程から幼獣の姿が見当たらず後ろを振り返ると、腐葉土を食べる木角鹿の背中に乗り前脚でツノをツンツンとつつく幼獣の姿に目を剥いた。


「まぁ! あんな所に……食事の邪魔をしてはいけないわ。良い子だからそこからゆっくり降りて来てちょうだい」


 私の呼びかけに不思議そうにこちらを見た幼獣に、それ以上ツノをつつかないように、引き攣る頬で笑いかけながら手招きしたのだった。

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