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聖獣達の嗜好品

 ジャムが入っていた空の瓶を、バルカンと幼獣が名残惜しそうに前脚で押さえて舐めている。思っていた通り二瓶あったジャムは綺麗さっぱりなくなった。


『メリッサ、もうジャムは残ってないのか?』


「クナァ?」


「残念だけど、それで最後よ」


『そうか……』


「クナァ〜……」


 切なげに瓶を見つめる聖獣達にくすりと笑う。


「また木苺を摘みに行きましょう! その時はつまみ食いはなしよ?」


『そうだな! おい、チビ。次はつまみ食いをするでないぞ!』


「クナ!? クゥナァナァ! 」


『ふん、お前が先に食べたせいだ』


「グゥーナァー!」


『なんだと!? 我は少ししか食べておらん!』


 つまみ食いをどちらが先にしたとか、多く食べたのはそっちだとか、騒がしく言い合いを始めた聖獣達を、机に頬杖をつきながら眺めた。


 この調子だと冬のための保存食はどのくらい用意しないといけないのか。考えただけで頭が痛い。


「はぁ……それより一回の食事でジャムを二瓶食べ切ってしまうなんて。冬の間の保存食がいくつあっても足りないわね。ひもじい思いはさせたくないし頑張らなくちゃ……」


『冬の間も獲物は沢山いるから安心しろ』

 

「それなら、お肉の心配はなさそうね」


『ああ、それに我らは食べなくても死にはしないからな』


「……え?」


『我らにとって食事は嗜好品みたいなものだ』


「えぇ!? そうだったの? 沢山食べるから聖獣も食事は絶対必要だと思ってたのに!」


『食べる事は好きだからな。美味そうな匂いを嗅ぐと腹も減る気がするのだ』


「なんだ〜、バルカンは特に大きな体をしているから食事がいつも足りているのか心配だったのよ」


 バルカンも幼獣もあればあるだけ食べてしまうので、聖獣とは大食いなのだとずっと思っていた。これなら、保存食の目処もつきそうだ。


『我らは聖なる獣だからな。そこらの獣と一緒にされては困る!』


「それなら食事の量も今以上無理に増やさなくて良いわね。良かった〜……ジャムも一回の食事で二瓶も開けなくて済むわ!」


『むっ! ま、待て! それは話が別だ!』


「クナァン!」


「あら、どうして? 大体ジャムはそんなにいっぺんに食べるものじゃないのよ。それに作る度に全部食べていたら、果物の季節が終わった後は次の年まで食べられないわ……だから少しずつ楽しんだ方が良いんじゃないかしら?」


『ぐぬぬっ』


「グナァ」


 私の言葉に耳を伏せ黙り込んだ食いしん坊達にニッコリと笑った。


「ジャムを使えばもっと美味しい物が作れるはずだわ! だからそのためにも一度に全部食べてしまわないように我慢してちょうだい?」


『もっと美味いもの?』


「ええ! お肉のソースに使えるし、お菓子も作れるわ!」


『なんと! よく分からんが美味そうだ! それじゃあ、仕方がない。我慢してやろう』


「クゥナ!」


 私の言葉にバルカンが伏せていた耳をピンと立ち上げ尻尾をゆらゆら揺らす。味のなくなった空の瓶にいつまでもしがみついていた幼獣が、私の胸に飛びついてくる。

 驚きながらも小さな体を抱きとめると、嬉しそうにぺろぺろと頬を舐められた。


「ふふ、くすぐったい」


『それで、菓子とはどんなものを作るのだ?』


「そうねぇ、色々あるけど……」



 しまった!

 ここにはバターも無ければ小麦もないわ!

 ど、どうしよう。



 聖獣達のキラキラと目を輝かせ期待のこもった視線が痛い。


『そう言えば、我はクラッカーも気に入った! 特にあのこくのある芳醇な香りがたまらん。あれは作れないのか?』


「クラッカーを作るのに小麦がいるの。あとあの香りはバターを使っているけど、ここにはそのバターもないし……」


『バターとはどんなものだ?』


「牛のミルクからとれる乳脂を固めたものよ」


『牛の乳でしか作れないのか?』


「いいえ、ヤギや羊のバターもあるわ。作ろうと思えば脂肪分の多いミルクからなら何でも作れるんじゃないかしら?」


『うむ、ならば首長羊の乳ならば作れるだろうな。ガジルは毎朝、あれの乳を搾って飲んでいたぞ。牛より濃いと言っていた』


 バルカンの言葉に、まだ最後まで読めていない『下巻』のページを急いでめくると、首長羊の挿絵と生態について記されたページにたどり着く。

 普通の羊よりも首が長く出産経験のある牝ならば、いつまでも乳が枯れる事なく出るそうだ。出産経験のある首長羊の見分け方は、全身を包む巻き毛が乳房の周りだけ、ぽっかりと生えておらず膨らんでいるそうだ。

 草食の魔物で温厚だが毛を刈ろうとすると、烈火のごとく怒り出し長い首を振り上げて攻撃してくるらしい。その首の強さは岩をも砕く力があるそうで、怒らせると俊敏にかける脚で頭を振りながら木々をなぎ倒し何処までも追いかけてくるそうだ。


「ね、ねぇ……こんな危険な魔物の乳を搾るなんて命がいくつあっても足りないんじゃないかしら。ガジルさんは本当に毎朝そんな危険を犯してまで飲んでいたの?」


『乳を搾るだけでは首長羊は怒らんぞ。現にガジルも毛を刈ろうとした時は追いかけられていたが、乳を搾って怒られた事は一度もない』


「毛を刈ろうとした事があったのね……」


『まぁ、もし襲ってきたら我がひと吹きで首長羊を丸焼きにしてやるわ。肉もなかなか美味いぞ!』


 ガジルの命知らずな行いに頬をひきつらせていると、バルカンがなんとも心強い事を言ってくれた。近づくだけでも蹴られそうで怖いが、とにかく毛を刈ろうとしなければ良いそうなので首長羊を見に行くことにする。


『おい! 早く行くぞ!』


「待って、その前にお布団を洗いたいの」

 

『そんなもの放っておけ!』


「でも、早いうちに洗って干しておきたいのよ。埃っぽくて、またくしゃみが出そうなんだもの……」


『ええい! 我が手伝ってやるから早くしろ!』


「ふふ、ありがとうバルカン」


「クナァーン」


「あら、あなたも手伝ってくれるの? 嬉しいわ、ありがとう」


 すりすりと幼獣が私の頬に擦り寄ってくるのを撫でながら椅子から立ち上がる。顔を上げるとバルカンが布団を咥え扉に向かうのが見えた。

 直接咥えて埃っぽくないのだろうかと思ったその時、バルカンが布団を口から離し盛大なくしゃみをして閉まっていた扉が勢い良くバタンと開く。


『なんだこれは!? くしゃみが……ハックシュンッ! くそぅ、こんな物さっさと洗って吹き乾かしてや …… るっ……クシュンッ!』


 ずびずびと鼻をすするバルカンに、あらあらとハンカチで鼻を拭いてやる。バルカンの鼻水でびしょびしょに汚れたこのハンカチもついでに洗おうと、布団を抱えて外に出たのだった。

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