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食いしん坊と木苺のジャム

 びっしりと地面に広がる青々とした葉の隙間から、可愛らしい赤い実の木苺が顔を覗かせている。近くではまた別の蔦が樹木に巻きつき太陽を目指すように高くまで這っていた。

 その蔦には鋭い棘が生えており、陽の光を浴びた黒く艶やかに光る実を他のものから阻む様に実らせている。この黒い木苺を収穫する際は、十分に気をつけなければ指に棘が刺さりいつまでもチクチクと痛むのだ。


「すごい……こんなに群生していると木苺の畑みたいね! どっちの実も粒が大きくて立派だわ!」


 この森の養分をたっぷり含んだ実は、通常の木苺より一回りも大きい。一粒ぷちんと赤い木苺を摘んで食べると酸味が強く甘い香りが広がった。

 黒い木苺は棘に注意しながら一粒摘むと、赤い木苺よりも実が大きく完熟していた。棘に気を取られ力を入れてしまったせいで指先に紫色の果汁が滲む。

 それを舐めとるように実を口に含むと、赤い木苺より甘みが強く酸味が後から広がった。


「んふふ、どっちも甘酸っぱくて美味しいわ」


 どちらもプチプチとした種は大きさの割に柔らかくてあまり気にならない。領地で採れる木苺は種が硬く、ジャムにする時は口当たりを良くするために綺麗にこして種を取ってあった。

 だがこの木苺なら、種をこさずとも美味しく果肉を残した食べ応えのあるジャムができそうだ。


 幼獣の食べたイチゴジャムとは全くの別物になってしまうが、森に群生しているイチゴと言えば木苺が多い。そのためバルカンには悪いが全く別物だと言う事は黙っておくことにしたのだ。

 巨体を揺らし駄々をこねる姿は可愛いが、やはり私には手に余るので長くされると流石に困ってしまう。

 あの時街で見た子供に駄々をこねられていた母親は、口がとても上手く違う物を子供に買い与えて満足させていた。だが口が上手くない私の唯一できる方法は、これ以上余計な事を喋らない事だ。

 


 レバーペーストの事は絶対に黙っておかなくちゃ!

 バルカンが知ったら今度こそカンカンに怒ってしまうわ。



 チラリと隣で木苺を堪能しているバルカンを見て静かに一人頷いた。


「クナ?」


「しーっ」


 幼獣が木苺を食べて首を傾げる。味が違うと分かったのか不思議そうに私の顔を見上げたので、そっと人差し指を口に当てた。


「よし! それじゃあ早速、摘んで行こうかしら!」


 スカーフも桶の中も薬草や樹液の粒でいっぱいなので、大きなバナの葉で包む事にする。陽の光を浴びてまるで宝石の様に輝く木苺を一粒一粒丁寧に摘んでいく。

 指先に木苺の爽やかで甘い香りが移った頃、大きなバナの葉の上には、こんもりと弾けるような赤と黒の山ができた。これだけあればジャムを作る事ができるだろう。

 途中、食いしん坊な聖獣達が黒い木苺の棘に刺さって大騒ぎしたり、私が収穫した実を横から掠め取って行く事も度々あったが、無事にこれだけ集める事ができた。

 まだ青く熟していないものもたくさん実っているので、まだまだ長い期間木苺を楽しめそうだ。


「ふぅ〜。さて、これだけあれば十分……っ、あはははっ!」


 振り返ると口の周りを赤やら紫やらに染めた聖獣が二匹並んでお座りをしている。どうやったらそんな所についたのか、赤い果汁が頬紅の様に染み付いていた。

 笑い転げる私を不思議そうに見つめながらペロリと口の周りを舐めとり首を傾ける。


「あはははっ、やだ、ふふっ、二人ともお化粧してるみたいよっ!」


 私の言葉に聖獣達がお互い顔を見合わせて目を丸くするその姿に、更に腹を抱えて笑ったのだった。





 コトコトと鍋の中で赤と黒の木苺が琥珀色をした樹液と共に煮詰められている。部屋中に木苺の甘酸っぱい香りが広がり、すぐ側でバルカンと幼獣が心待ちに鍋の中を覗いた。


『なんと! ジャムとやらはこれだけしかないのか!?』


「クナァ!?」


「ええ、煮詰めるとかさも減るし、それにあなた達が樹液の粒を塗した木苺をつまみ食いしたからでしょう?」


 保存用のためにも沢山収穫したはずの木苺は、本当なら鍋の半分はジャムに出来ていたはずだった。なのにこの聖獣達ときたら、細かく砕いた樹液の粒と木苺を塗して水分を出すために置いておいた物を、少し目を離した隙にムシャムシャと半分以上つまみ食いをしていたのだ。


 木苺と樹液の粒を馴染ませている間、布団の破れている箇所を修繕しておこうとソーイングセットをトランクケースから取り出し縫っていた。するといつもは周りに寝そべる聖獣達の姿が見えない。

 怪しいと思いそろりとキッチンを覗いてみれば、コソコソと口の周りを汚しながらバルカンと幼獣が仲良くつまみ食いをしていたのだ。

 流石に呆れて腰に手を当てお説教をしたのだが、口紅を塗ったような聖獣達がしょんぼりと上目遣いで見つめてくる。そんな彼らの様子に、我慢していた口の端がぶるぶると震え、堪え切れず最終的に笑って許してしまったのだ。


 あの時の二匹の様子を思い出し、くすりと笑って鍋底をそっとかき混ぜた。


『メリッサまだか?』


「まだよ」


 丁寧に灰汁をすくいながら焦がさない様に火力を弱めた。


「クナァン?」


「まーだ」


 何度も繰り返されるバルカンと幼獣の質問に、私も同じ答えを繰り返す。もう少し水分を飛ばしてとろみが欲しいので、早く食べさせてあげたいが焦げないようにじっくりとコトコト煮詰めた。


「そろそろかしら?」


 ジャムを木べらですくい上げれば、艶のある濃い紫がかった赤色がとろりと鍋の中に落ちて行く。すると隣でじゅるりと涎を啜る音が聞こえた。

 音の方を見れば、木苺で真っ赤に染まった舌を出したバルカンと幼獣が、木べらから落ちていくジャムを穴が空くほど見つめている。


「ふふ、できたわ。瓶に詰めましょうか」


 本当は瓶四つ分ができるはずだったのだが、二瓶に納まった。煮沸消毒をした瓶にジャムを詰め、きっちり蓋を閉めて逆さに置く。

『主婦の知恵』の本に書いてあったのだが、熱いうちに蓋を下にする事によって外気が入らず蓋がしっかりと閉まって、カビが生えにくく長持ちするそうだ。二瓶しかないので長期保存する前に食いしん坊達が食べ切るはずだが一瓶だけ試す事にした。


「じゃあ折角だから、遅めの朝ご飯にこのジャムをクラッカーにつけて食べましょうか!」


「ナーゥッ!」


『クラッカー? なんだそれは! 美味いのか!?』


「ええ、ジャムをつけると凄く美味しいのよ!」


 ジャムの完成に飛び跳ね喜ぶ幼獣と興奮して鼻息荒く後ろをついてくるバルカンに笑いかける。机に皿を並べクラッカーの上に出来立てのジャムをとろりとかけるとバルカンの目の前に置いた。

 バルカンが初めてのジャムとクラッカーにフガフガと鼻を鳴らし、早く食べたそうにしながらも、ガジルの言葉を律儀に守りまだ湯気の上がるジャムを冷ましている。

 尻尾をはち切れんばかりに振る幼獣の皿には細かく砕いたクラッカーにジャムをかける。勢い良く飛びつきそうなので、ふぅふぅと息を吹きかけ冷ましてから目の前に置いた。


『う、美味いっ! なんだこれは!』


「クゥナァ〜ンッ!」


「ふふふっ」


 二匹の反応を見て思っていた以上に初めて作るジャムの出来が良かった事にほっとした。木のスプーンでジャムをすくいクラッカーにたっぷり乗せる。

 艶々の濃い赤紫をした果肉たっぷりのジャムが、きつね色のクラッカーによく映える。

 大好きな甘味を目の前に、口の中にじゅわりと唾液があふれた。ゆっくりと口に運ぶと、サクッとしたクラッカーの食感と、トロトロに甘く煮詰めた木苺の甘酸っぱさに自然と笑みがこぼれる。

 蜜の木の樹液のお陰で強い酸味の角がとれ、まろやかで深みのある味わいだ。ごろっとした果肉がまるでコンポートの様でそのまま食べても十分美味しい。


 木苺の爽やかな甘酸っぱさとクラッカーにたっぷり練り込まれたバターのこくが美味しくて、いつまでも口の中いっぱいに幸せな余韻が続く。

 蜜の木に向かう途中、薬草と一緒に摘んだミントでミントティーを淹れた。それを一口こくりと飲んで、幸せを噛みしめる様に深い吐息を吐き出した。


「はぁ〜……幸せ」


 クラッカーとジャムだけの朝食なのに、今までにないくらい心が満たされる。皿を鼻で押しておかわりを強請る聖獣達に微笑み、残り少ないクラッカーにたっぷりのジャムを乗せて配った。

 ニコニコとそんなニ匹を見つめていると、赤い果実を収穫しに行く事をすっかり忘れていた事に気がつく。


「まぁ、明日でいいわね。それより私も、もう一枚! ん〜、美味しいっ!」


 赤い果実のジャムは明日の楽しみに取って置く事にして、今は目の前の幸せな味を堪能する事にしたのだった。

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