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古い書物

 広い静かな空間に、本の匂いと誰かがページを一枚、また一枚とめくる音が流れている。

 吹き抜けの二階に続く壁には、天井まで届く大きな本棚が埋められており、滑車の付いた長い梯子が所々掛けられていた。

 古い物から新しい物まで、ありとあらゆる種類の本が、ぎっしりと収納された学園の図書館は、国立図書館の次に多くの本が納められていると有名だ。


 たまに、コソコソと此方を見ては小声で話をする無粋な人間もいるが、ここに居るほとんどの人は本に夢中で、私なんて眼中にない。ここはそう言う本の虫が集まる場所なのだ。


 私もその中の一匹で、お喋りをする友達のいない私は、この図書館にある本を片っ端から読んできた。

 その中でも私のお気に入りは、とても古い書物で、ある冒険者が過酷な旅をした時に実践した、魔力温存のため魔法に頼らず、火を起こす原理や水の濾過の仕組みなど、様々な経験と知恵を書き記した本だ。

 タイトルに『魔力温存、魔法に頼らない方法 〜上〜』と書かれていて、残念ながら古すぎて下巻は見つからなかった。

 だけど、簡単な生活魔法さえ使えない私にとって、この本を初めて目にした時は、感動して目が腫れるまで泣いた。

 貴族として産まれ、すべて使用人が身の回りの世話をしてくれるので、本に載っている事を実践したくても中々できなかったが、これからは一人で生きて行く為、きっと役に立つはずだ。


 片っ端から読んできた書物の中には、平民の暮らしやお料理本、主婦の知恵と言う書物もあって、私の知識はかなり庶民的な物まで詰め込まれている。

 きっと、賑やかに笑う彼らに、憧れていたのかもしれない。


 後はやっぱり、植物図鑑を読み漁っていたので、薬草の事や、薬の煎じ方まで詳しくなった。

 実践はした事がないので、物になるかは分からないが、これから平民として暮らすなら、薬師の元で働かせてもらえれば、少しは役に立つかもしれない。


 先の事を考えながら、人目につきにくい席で地図を広げ、このカッチェス王国とドライバ帝国の国境を眺めた。


 好都合と考えて良いのか、ロズワーナ伯爵の領地の側にある森は、ドライバ帝国に面している。まっすぐ森を抜ければ、人目を避けられると共に、遠回りをせず最短で帝国まで行けるのだ。

 輿入れの際、森の近くまでは大人しく馬車に乗って、逃げるタイミングを狙うのはどうだろうか?

 私の屋敷から帝国まで行こうとしたら、かなりの距離があるので、見つかって連れ戻される確率が高いし、帝国まで行けても資金がいくら残るか不安だ。


 しかし、地図には魔物の森と記載されており、あまりに恐ろしそうな名前に、他の書物で調べてみると、どうやら昔から魔物が多く生息していて、この森にはそれは恐ろしい知恵を持った魔獣が住み着いているのだとか。

 魔物達は森から出てこないが、人間が森へ立ち入れば、すぐさま食い殺されて戻ってこれないと、もっぱらの噂で、昔から魔物の森には、村人は勿論、冒険者さえ近寄らない場所だそうだ。



 なんて恐ろしいの。

 魔法を使えない私が入れば、たちまち魔物に食い殺されそうね。

 それでなくても、森を抜けるのは大変そうなのに。



 これでは、この森に入れないので帝国へ逃げるには、隠れながら遠回りせねばならない。その隠れながらがまた難しいのだ。

 どうしたものかと、頭を抱えながら、本日こっそり持ってきたドレスや宝石が高く売れる事を願った。


 学校の帰り、馬車で迎えにきた御者には、本屋に寄りたいので、近くで時間を潰すようにと言いつけて、何食わぬ顔でいつも行く本屋の数軒先にある角を曲がり、買取もしてくれる骨董店に入った。

 本当は、ドレスを高値で買ってくれる質屋に行きたかったのだが、髪の色で身元が分かってしまう。誰かに見つかると、貴族が質屋で換金など体裁が悪く、すぐ噂になり父の耳に入ってしまう。

 そうなれば、計画に勘づかれてしまうので、多少ドレスの値段が低くなっても骨董店に持って行くことにした。

 それに、骨董店なら入っても若いのに渋い趣味を持っていると思われるくらいで、周りから変な目でみられないので安心だ。


「ごめんください」


 扉を開けると、まだ陽は高いのに店内は薄暗く、亭主が不在なのか、声をかけても返事がない。

 物珍しい物ばかりで、キョロキョロと店内を見渡すと、絵柄の入った大きな壺や、絵画、彫刻、動物の剥製や、年季の入った剣や甲冑が飾られている。


 奥の方には本棚があって、背表紙が古ぼけたとても古い書物が並べられていた。

 その中には、見慣れた本のタイトルと著者の名前、そして『下』の文字が書かれた一冊の本があったのだ。

 震える手でそっと、その本を手に取り開くと、状態があまり良くない様で、所々シミがついていたり、日焼けして紙が茶色く変色している。だけど、文字を読む分には問題がなく、虫食いは無さそうだ。


 あの国立図書館でさえ、見つからなかった本の表紙を撫でて、感動に打ち震えていると、背後から気配なく、いらっしゃいと、しわがれた老人の声が聞こえて肩が跳ねる。


「ほっほっほっ! 驚かせてしまったかの?」


 驚き振り返ると、小柄な白いヒゲを生やした老人が、楽しそうに笑いながら、杖をついて立っていた。

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