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失敗と贈り物

解体シーンがあります。

血や内臓など苦手な方はご注意ください!

 透き通る水が石組みの穴に溜まる様子は、風呂と言うより大きなビオトープの様だ。魚が泳ぎ睡蓮などの抽水植物が浮かんでいれば正に馴染みある光景だ。

 風呂と言えば繊細な装飾がされた陶器のバスタブにしか浸かった事がないので、やはり外にある石組みの風呂は無骨に見えた。



 そろそろ良いかしら。

 これ以上水が入ってこない様に栓をしなくちゃ。



 パシャパシャと流れる水に栓をして、岩に腰掛けながらサラリと溜まった水を一撫でした。ヒリヒリと熱を持つ手に冷んやりとした水が心地良い。


「はぁ〜、冷たくて気持ちが……! そうよ、これお水だわ! この後どうやってお湯にすれば良いの……」


 屋敷の風呂は侍女が用意をしていたし、シャワーだって魔石をはめた魔道具で自分の好きな湯加減に調整出来ていたので失念していた。

 ここには温かな風呂を用意してくれる侍女は居ないし、水を湯にする魔道具なんて物は何処にもないのだ。

 魔法の使えない私が温かい風呂にありつけるには、まずここに水をいっぱいに溜めるのではなく、火を起こしお湯を作らなければならない。だが、この穴の大きさからして鍋で湯を何杯沸かさなくてはならないのか……。

 それなら家の中に出来るだけ大きな桶がないか探して、そこにお湯を張った方が肩まで浸かれないが遥かに楽だ。


「あぁ〜……」


『どうした。情けない声を出して』


 頭を抱え嘆いていると、掃除中ふらりと何処かに消えていたバルカンがいつの間に戻ってきたのか、不思議そうに首を傾けていた。


「お湯にしないといけなくて……」


『お湯? ああ、そう言えばガジルは火魔法で湯にしておったな』


「そんな……じゃあ、こんなに立派な露天風呂が家の近くにあっても水風呂なのね……」


『ごほんっ! んん!』


「はぁ〜……水を減らして沸騰したお湯を入れれば少しはましかしら……」


『んんんっ!』


 落ち込みどうするか考えていると、バルカンが何度も咳払いをする。聖獣でも喉の調子が悪くなるのか、それとも変な物でも食べたのか。


「大丈夫ですか? ミントキャンディー食べます?」


『ええいっ! そうではない! 忘れたのか、我は誇り高き火属性の聖獣ぞ! こんな水溜りくらい湯にするなど朝飯前だ』


「……え! お湯にしていただけるのですか!?」


『ふん、そこで見ておれ。それとミントキャンディーとやらは後でもらう』


「はいっ! お願いします!」


 座っていた岩から立ち上がり、バルカンに場所を譲って後ろへ下がった。穴を縁取る岩に、のそりと片脚をかけたバルカンの体がふわりと赤く輝いた。

 辺りに風など吹いていないのに、バルカンの立派な鬣がメラメラと燃え上がる様に立ち上がる。


カッ! と火花を散らし赤い光が強くなったその瞬間……



 ゴポゴポゴポ、シュュュュュューーー……ジュッ!



 森の中に湯が煮えたぎり一瞬にして蒸発する大きな音が響いた。バルカンの美しい姿に見惚れて後ろ姿しか見ていなかったが、明らかに石組みの穴から大量の蒸気が上がったのだ。


 我に帰り急いで石組みの穴を覗き込めば、溜めたはずの水が全て蒸発し濡れた形跡さえ分からないほどカラカラに乾いていた。


『……。』


「……。」


「クナァ……?」


 あまりの一瞬の出来事に、ジトリとした目をバルカンに向けそうな幼獣でさえ、何が起こったのか理解できていない様だ。

 熱い蒸気が辺りに立ち込めたが、風が守ってくれたのか火傷をする前に掻き消された。


『ま、まぁ、今のはちょっとした予行練習だ。ちゃんと湯は沸かせるぞ!』


 チラリとバルカンを伺うと視線に気づいたのか慌てた様子で湯を沸かせる事を主張した。


「え、ええ、そうですよね! 穴の中も消毒できましたし!」


『そ、そうだ! 消毒も兼ねたのだ!』


 どうフォローを入れて良いのか分からず、水を溜める為に栓を開け、この気まずい空気も風達に払って欲しいと切に願った。

 だが今の所、風達が払ってくれるのは無情にも湿気だけだ。目を泳がせながら何か違う話題が欲しいと考え絞り出す。


「えっと……あ、そう言えば先程姿が見えませんでしたが、どちらに行かれていたのですか?」


『そうだった! お前に良い物をやろう! ついてこい』


 少し気まずい空気が晴れバルカンが尻尾を揺らして歩き出す。幼獣に水が溜まったら知らせて欲しいとお願いをしてバルカンの後について行く。

 途中、大きな体が突然立ち止まり私の方を振り返った。


『また叫ばれても困るから先に言っておくが、口裂け兎を狩ってきた。首を裂いて水路で血抜きをしている』


「まぁ! 狩をしてきてくださったのですか? ありがとうございます!」


『ああ、仕留めたばかりだからまだ温かい。今なら皮も剥ぎやすいぞ』


「でも兎なのね。私に捌けるかしら……」


『兎と言っても魔物だ。普段は可愛い顔をしているが、獲物を捕食する時はおぞましい顔をするぞ。見つけても不用意に近づくな』


 確か『下巻』に口裂け兎の事が書いてあった。つぶらな瞳で個体によっては様々な色や模様が入った体をしているらしい。

 ただバルカンの言うように、可愛いからと見た目に惹かれ近づくと、とても危険なのだとか。普段は毛で覆い隠され見えないが、名前の通り口が顎の端まで裂けており、鋭い牙を剥き出しにして襲いかかってくると書いてあった。

 その鋭い牙で草だけでなく肉をも食らうそうだ。


 バルカンの言葉に神妙に頷き着いて行った先には、普通の兎より三倍も大きな兎の魔物が、二羽喉元を切られ頭を下にした状態で水路に引っかけられていた。


「っ!」


 水に直接触れる事なく絶妙なバランスで血だけが流れる様になっている。バルカンは器用なのか不器用なのかよく分からないと思いながらも、恐る恐る血の抜けた口裂け兎を引っ張り上げてみる。

 やはりとても可愛い見た目をしているだけあって、首を裂かれ死んでいる姿を見るのは罪悪感を感じてしまう。だが、口元の毛を掻き分けるとギザギザとした牙が可愛い顔の端までびっしり生えていた。

この顔からいきなり口を開けて襲ってくるのはさぞ恐ろしい事だろう。


「……。」


 絶対不用意に近づかないと再度誓って、口裂け兎の顔からそっと手を離した。


『水が溜まるまでに処理してしまえ。手伝ってやる』


「はい。えっと……確か足首に切り込みを入れて皮を一気に剥ぐって書いてあったような……」


『下巻』の口裂け兎の解体を思い出しながら足首にぐるりと一周浅い切り込みを入れた。指を皮と肉の間に引っ掛け力を入れて引っ張っていく。

 脚から皮が剥がれたら、今度は両脚の皮から股にかけてナイフを入れた。


「ちょっと、この足首を咥えてもらって良いですか?」


『ああ』


 バルカンに肉を傷つけない様に、足首を咥えてもらい一気に皮を剥がしにかかる。途中、尻尾の部分でひっかかり、尻尾の骨を断ち切って再度ベリベリ剥がしていく。

 まだ口裂け兎の体温が生々しく残っているが、そのお陰で皮が剥がれやすいのだ。体重をかけ引っ張り時折剥がれにくい場所はナイフで削ぎながら、やっと全身の毛皮を剥ぐことができた。

 最後に首を切り落としバナの葉に赤みの強いピンク色の肉を横たえた。本当は木に吊るして皮を剥ぐと『下巻』に書いてあったが、バルカンにも引っ張り手伝ってもらったお陰で自分の手でも簡単に剥がす事ができたのだ。


『ふむ、辿々しいが手順はガジルと同じだな。魔物の解体の仕方を何処かで習ったのか?』


「いえ、本で読んだのでやり方だけなら知っていました」


 成る程と納得するバルカンに、もう一羽も同様に手伝ってもらう。今度はコツを掴んだのか先程よりも早く皮を剥ぐ事ができた。

 二羽とも腹はまだ裂いていないが、見た目は兎だったと言う跡形もなくただの肉の塊に見える。バナの葉の上で腹を裂くと、ずるりと腸が飛び出した。

 腹の中身は三つ眼鳥を見ているので、昨日の様な衝撃は走らず嗚咽せずに済んだ。


『要らない部分は水路に捨ててしまえ。掃除屋が喜んで食べてくれる』


「はい、えっと……これが心臓で、こっちがレバー……確か口裂け兎は腎臓も食べられるって書いてあったのだけど……どれかしら、本を読み返してから解体すれば良かったわ」


 ぐちゃぐちゃと腹の中身を漁る私にバルカンが後ろから覗き込む。


『ガジルはその豆の様な形の臓物を食していたぞ』


「これかしら? この二つあるやつですか?」


『ああ、それだ。それにしても、掃除屋の時はあんなに騒いだのに臓物は平気なのか。お前の基準が分からんな』


「昨日、口裂け兎より大きな三つ眼鳥の解体をしたので……」


『そうか、それより急げそろそろ水が溜まっている頃じゃないか?』


「あ! そうだったわ!」


 びちゃびちゃと水路に不要な臓物と頭部を捨て手を洗う。ちゃんと流れて行くか心配だったがグロテスクな臓物達がプカプカ浮かんで家の下に消えて行った。

 毛皮は鞣して冬の防寒具を作るため大切に折り畳む。肉は岩塩の床下に入れたいが、泥だらけの上に血でさらに汚れてしまった身体を見て諦めた。

 水路の近くは涼しいし、三つ眼鳥の時も大丈夫だったのでバナの葉でくるんで日陰に置いておく事にした。



 お風呂から上がったら直ぐ床下に入れよう。

 それより早く水を止めなくちゃ。

 溢れてしまうわ!




「クナァーーーン!」


 奥の方から水が溜まった事を知らせる幼獣の遠吠えが聞こえる。


「はーーーい! 今行くわ!」


 大きく返事をしながら足早に石組みの穴へ向かったのだった。

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