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からの露天風呂

 黄色い実を手に取りナイフで種と果肉を取り分ける。これが本当にシャボンの実なら果肉を水につけて擦ると泡が立つはずだ。

 しゃがんで水路の水で手を濡らし果肉を揉む様に擦る。すると段々滑りが良くなり白い泡が両手に広がった。


「泡だわ! やっぱりシャボンの実だったのね! これならお洗濯も身体を洗う時にも使えるわ」


「クナァ?」


 興味津々と幼獣が私の腕に前脚をかけながら泡の匂いを嗅ぐ。


「ふふ、あなたのその身体もこれで綺麗になるわよ!」


「ナァー!」


「これ一粒でどのくらい泡立つのかしら? 何処かに水を張って洗えたら良いのだけど……」


『それなら風呂場がある。そこで一緒に洗えば良い』


「え! お風呂があるの!?」


 バサリと立ち上がり食い気味にバルカンに詰め寄った。家の中には風呂らしき場所は見当たらず、少しがっかりしていたのだ。

 今の時期なら川での水浴びも気持ちが良いが、寒くなってきたらそれもできない。それに、やはり温かい湯に浸かりたいのだ。


『あ、ああ……。ガジルが穴を掘って露天風呂と言うやつを作ったのだ。東の国を旅した時にあまりの気持ちよさに惚れ込んだらしい』


「露天風呂!」


 実物は見た事がないが本で読んだことがある。露天風呂とは屋根や囲いのない外にある風呂の事らしい。

 景色を見ながら外の開放感を味わえる風呂だとも書いてあった。しかも温泉と言う湯の湧き出る泉を使っているのだとか。

 特に東の国は温泉が多い土地柄で、貴族は専用の露天風呂を所有している者が多いそうだ。ちなみに、平民の場合は大衆風呂と言う施設があり、泳げる程の大きな風呂に他人同士肩を並べて入るらしい。

 

 生まれてこのかたバスタブに湯を張った風呂にしか入った事がないので、初めて本で読んだ時には外で、しかも他人と入るなど信じられなかった。

 だが、東の国の露天風呂に入れば病気が治ると噂が流れ、その特別な風呂を求めて態々遠い東の国へ行く者も少なくないそうだ。


 以前夜会に参加した時、露天風呂に入ったと一人の紳士が自慢しているのをこっそり聞いた事がある。青空の広がる爽やかな景色や、酒を片手に月を眺めながら入る露天風呂は旅の疲れなど吹き飛ぶくらい気持ちが良かったそうだ。

 そしてなにより肌艶が良くなったそうで、東の国の人々は貴族は勿論の事、平民でさえも肌のきめが細かいのだとか。ワイングラスを傾け恍惚とした表情を浮かべて話す紳士に、周りの男性達を押し退けたご婦人達が露天風呂について質問攻めをしていた。

 きっと、あのご婦人達は旦那様に強請って遠い東の国へ旅行に行った事だろう。彼女達の美への追求は、馬車に揺られる大変な長旅にも勝るのだ。



 あの時のご婦人のごとくグイグイと迫る私にバルカンはたじろいだ。


『ま、まぁ取り敢えずこっちにあるから着いて来い』


「はいっ! うふふ、お風呂よ! おいで、ぴかぴかにしてあげる!」


「クナァ〜ンッ!」


 泡のついた手を洗って使いかけのシャボンの実を近くの柔らかな葉で包んでポケットに入れた。幼獣に腕を広げると勢い良く胸の中に飛び込んでくる。

 真っ黒に汚れた小さな体を抱きしめ、久しぶりのお風呂にスキップをしながらバルカンの後を追った。




『ここだ』


 顔や体にあたる葉など気にせず足取り軽やかに進んでいけば、意外にも家の近くでバルカンが立ち止まった。先程話していた場所から水路を渡ってそう遠くない距離に、勢い余ってポスリとバルカンの体に顔をぶつけた。


「わっぷっ!」


 ぶつけたついでに、こっそり頬擦りをしてもふりとした肌触りを楽しんだ。自然と上がる口角をそのままに、バルカンが顎で指す場所に目を向ける。


「……。」


 湯気がたっているかもと、期待に胸を膨らませたその先には、雑草が生い茂っているだけで白い湯気など何処にも見当たらない。

 嫌な予感に固まった笑顔のまま近くに寄ると、大小様々な岩や石で組まれた大きな丸い穴が作られていた。恐る恐る覗き込んでも湯の泉はおろか水さえ湧いていない。

 ただその中には無情にも枯葉が積もっているだけで、完全に干上がった人工的な池の様な見た目だ。


「そんな……お湯もなければ水さえ湧いてないわ。湯の湧き出る泉は枯れてしまったのですか……?」


 覗き込んでカサカサと積もりに積もった枯葉を手でかき混ぜる。何処までも乾いた感触しか指に触れず呆然と穴を縁取る岩に腰掛けた。

 そんな私に気づいていない幼獣は、ふかふかの枯葉が詰まった石組みの穴に勢い良く飛び込む。バサリと音を立て高く飛び散った枯葉がひらひらと舞い余計に虚しくなった。


『この森には湯の湧き出る泉はないぞ』


「え……? でも露天風呂って……」


『水なら妖精の眠った泉からひけるようになっている。枯葉に隠れているが栓を抜けば水を溜めたり捨てたりできる様になっているはずだ』


 バルカンの言葉に穴の中ではしゃぎ回る幼獣と一緒に枯葉を掻き出した。すると、今まで見えなかった栓と草や枯葉に埋もれた歪な水路が現れた。

 だが、その水路には水は一滴も流れておらず石組みの穴と同様、草と枯葉しか入っていなかった。

 草をかき分けながら上流の水路を辿れば湧き水の出る泉へと繋がっており、途中で水が堰き止められていた。通りで水が水路に流れていない訳だ。

 下流へ繋がる水路も同様に辿っていけば、家の下を流れる水路に途中で繋がっていた。家の下を流れる水路とは違い、露天風呂の水路はどちらも歪でガタガタしている。

 だが、溜まった枯葉を掃除すればちゃんと機能しそうだ。


「よし! まずは、枯葉を全て取り除いてからお水を溜めましょう!」


 水路と石組の穴に積もった枯葉を掻き出して、周りの覆い隠すように茂っている草をナイフで刈り取って行く。幼獣もお手伝いをしてくれているのか、後脚で一生懸命枯葉を外に出してくれた。

 汗をかきながらやっとの思いで大まかな草や葉を取り除くことができた。ずっと中腰になって作業をしていたせいか、腰が痛くて伸ばしながらとんとん叩く。

 額の汗を土で汚れた手でこすり、枯葉と刈り取った草の山を眺めた。



 草を刈るのはこんなに大変な事なのね。

 思っていたより重労働だわ……。

 本当は根っこから抜いた方が良いけど、固くて中々抜けなかったし、あの雑草だらけの庭園も大変そうだわ。



 疲労感のある赤くなった手を閉じたり開いたりと確かめる。ヒリヒリするがまだ肉刺はできていないようだ。



 いつも綺麗なお庭でお茶を飲んでいたけど、あのお庭は庭師の努力の結晶だったのね。

 いくら植物の事に詳しくても、綺麗なお庭を作るのにこんなに汗水垂らしていたなんて気づきもしなかったわ。

 あ、でも土魔法が使えるならここまで時間はかからないのかしら……?

 でも、あんなに繊細なお庭なら魔法が使えたとしても一年中綺麗に保つのはきっと骨の折れる事よね。




 汗と土に塗れたベタベタの身体が気持ち悪い。休憩したいが、一度座ってしまうと中々立ち上がれそうにない。

 座りたい気持ちをぐっと堪え、石組みの穴にはめられた上流の栓を外すと、もう一つの泉の水を堰き止めている栓を外しに行く。


「お水流すわよー!」

 

「ナァーンッ!」


 枯葉の山の上で丸まっていた幼獣に声を張り上げ呼びかける。枯葉の山からぴょんと飛び降りた幼獣が、こちらに向かって走ってきた。


「ん?……あら? よいしょっ、 んっーー! 」


 水を堰き止める栓を引っ張るが、なかなか抜けず体が傾くほど体重をかけた。


「んっーー! ぬーけーなーいーっ、キャアッ!」


 ガコンと音をたて栓が抜けた途端、勢いよく尻餅をつく。


「いたたっ……」


 打ち付けた尻を撫でながら水路を見ると、水がサラサラと流れている。隣にいたはずの幼獣は流れる水と追いかけっこをする様に走っている。


「ふふふ、これで久しぶりのお風呂に入れるわ!」


 疲れていたのも何のその、勢い良く立ち上がって水を追いかけ走る。


「うふふふっ、あははは!」


 嬉しくて自然と笑いがこみ上げる。走りながら声を出して笑う私は、ある重大な事にまだ気づいていなかったのだ。

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