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風達の歓迎

ナメクジが出てきます。苦手な方はご注意ください!

「ふぅ〜、やっと着いた……」


 大ナメクジの入ったバケツとシャボンの実らしき物を包んだスカーフを玄関より少し離れた所に置いて一息つく。

 泥に塗れたワンピースのせいで、動きにくいし重たく感じて行きより長く歩いた気分だ。

 しゃがんでバケツの蓋代わりにした葉っぱをそっとずらすと、大人しく大ナメクジが三匹固まっている。



 まずは掃除屋さんを水路に放してから、泥だらけの服を着替えなくちゃ。

 家の掃除をするにしても、泥だらけだと余計汚しちゃうし、泥が落ちにくくなる前に洗濯がてら本当にシャボンの実なのかを検証しようかしら。

 この子も洗ってあげなくちゃいけないし……あら?



 隣にいる幼獣に目を向けると、いるはずの泥に塗れた真っ黒い姿が見当たらない。あるのは肉球の形が分かる可愛らしい小さな足跡だけだ。

 その黒い泥で出来た足跡を辿って視線を向けると、体から乾いた土をポロポロと落としながら、開けっ放しの玄関に向かう幼獣を見つけ慌てて捕まえた。


「ダメよ、あなたも私も泥だらけなんだから、余計お家の中が汚れちゃうでしょ?」


「クナァン!」


 寸前のところで阻止できた事に安堵し幼獣と目を合わせる。しきりに家の中を気にする幼獣を不思議に思い、抱きかかえたまま一緒に外から家の中を覗き込んだ。


 大ナメクジを捕まえに行く前に扉を閉めようとした時、バルカンに家中の窓や扉を全て開けて行く様に言われたのだ。そのため、家の中に獣が入っていてもおかしくない。

 もしかすると、何かが入り込んでいるのかもしれない……。


 恐る恐る家の中に目を走らせるが、何かが居る様な気配はなさそうだ。無さそうなのだが、何となく違和感を感じる。

 良く目を凝らすと大ナメクジを捕まえに行く前よりも、なんだか家の中が綺麗なのだ。幼獣がくしゃみをする程の、棚に積もった塵や床に転がる大きな埃が綺麗さっぱり無くなっている。


「あら?……おかしいわ」


『どうした?』


 玄関前に幼獣を抱え立ち尽くしていると、バルカンが後ろからのそりと家の中を覗いた。


『あぁ、やはり掃除したか。身体を無くしてからは人間に手を貸す事は滅多にないが、お前は風達に気に入られたようだな』


「え……? もしかして、風が家の中の埃を払ってくれたと言う事ですか?」


『そうだ。自然に還った妖精達は実体がなくとも、自然の中に存在する話をしただろう? 我はこの森の一部として見守ってきたが、風の妖精達は唯一実体を持たずして、自由にいつでもどこでも飛び回れるからな』


 バルカンが風達の声を聞いているのか時折、耳をピクピクと動かしている。


『まぁ、妖精だった頃に比べれば出来る事は風を吹かすか飛び回るくらいだが、埃を吹き飛ばすくらいなら簡単な事だと言っている。そう言えば風の精よ、我らが妖精だった頃あやつにお前はしょっちゅう掃除をさせられておったな』


 昔を懐かしむように笑うバルカンが、風達と初めてここに住み着いた人間の話をしている。バルカンの声しか私には聞こえないが、話を聞けばかなりのものぐさな女性だった様だ。


 最初に会った時、風達の噂話が耳に入るとバルカンが言っていたから、何となく自然に還った妖精達なのかも知れないと思っていたが……。

 まさか人間が住むための家の掃除に手を貸してくれるとは思いもしなかった。それに、自然に還ってもなお、自分の意思で微力ながらも力を発揮する事が可能な事に驚いた。

 噂話はすれど、そこに漂いあるだけの存在なのだと勝手に思い込んでいたのだ。またしても驚きの事実にお礼を言うタイミングを逃してしまい、もじもじしてしまう。


『風達は何処にでも動き回れるから、もしかすると森に入って来る以前のお前の姿も見ていた奴がいたかもしれんな』


 落ち着きのない私にバルカンが気づき声をかけた。その言葉に宙を仰ぎ驚いていると柔らかな風がふわりと頬を撫でた。

 目には見えないが、その優しい風に心が温まる。あの頃の辛いと思っていた生活の中、私の事を見守ってくれていた存在がいたかもしれないと思うと、尚の事胸に込み上げるものがあった。


「どうしよう……すごく嬉しいわ。ありがとうっ!」


 こういう時、何といえば良いのか胸がいっぱいで、単純な感謝の言葉しか出てこない。それでも、伝わるものがあったのか心地よい風が吹きサワサワと草木を揺らした。




 風達が家の中を掃除してくれたお陰で、この調子なら洗濯をして時間がかかっても今日中に家の中で過ごせそうだ。まずは、大ナメクジを水路に放そうとバケツを持って家の裏手に回った。


「水路の何処に掃除屋さんを放せば良いのかしら?」


『ここから適当に放せば勝手に餌が落ちる所に住み着く。気にせずそのまま掃除屋を水路に流せば良い』


 バルカンの言葉に従いバケツを水路に傾けると、トポンットポンッと二匹の大ナメクジが流れる水によって家の下に入っていった。最後に残った一匹が眠ってしまっているのか全く動かない。


「寝てるのかしら? 掃除屋さん起きてちょうだい。お家に着いたわよ」


 木の枝で軽く大ナメクジをつついてみる。体をつつく衝撃に反応して、にょきりと触覚を伸ばしたと同時に、今まで見えなかった大きな口がくわりと広がった。

 その口の中には無数の棘のような鋭い歯がびっしりと生えている。


「っ!?」


 トポンッ


 驚き固まる私を他所に、うねうねとゆっくり動きバケツから水路に飛び込み音を立てて流れていった……。


『……まぁ、攻撃して来る事のない魔物だから、さっき見た事は気にするな。それより洗濯するのだろう?』


「え、ええ。そう、ですね……お洗濯しなくちゃ……」


 またもや大ナメクジの衝撃的な姿を見てしまいショックから抜け出せずにいると、バルカンの言葉にやっと動くことができた。隣でお座りをして待っていた幼獣が、乾いた泥が痒いのか後脚で首元を掻いてポロポロと土を落としている。

 その可愛らしく間の抜けた様子に、先程見た頭の中に残る大ナメクジの姿が少し薄れた。


「ふぅ……うん、大丈夫! 切り替えましょう! よし、 早くあなたも洗ってあげなくちゃいけないものね!」


「クナ〜ン」


「ふふふっ」


 幼獣の痒そうな首元を擦ってやると、気持ち良さそうに首を指に押し付けてくる。笑って幼獣を撫でる私に、バルカンがホッとしたように息を吐いた。

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