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大ナメクジと拾い物

ナメクジが苦手な方は注意です!

 家の裏に転がっていた錆びたブリキのバケツを揺らし、足場の悪い獣道を歩く。時折、足を木の根にとられ転びそうになるのを、グッと堪えて息を吐いた。


 森の空気が足を進めるごとに重くなり湿度の高さが肌に伝わってくる。木の根に足を取られる事はなくなったが、今度は湿った土が歩く度にベチャリと鳴った。

 ブーツの底をみると、べったり泥がついている。足元を歩く幼獣は既に身体中泥だらけだ。

 ペチャペチャと鳴る音や泥の感触が楽しいのか嬉しそうに跳ねながら歩いている。


『この辺にいるかもしれん。掃除屋は湿度の高い所も好きだからな』


「は、はい……それより、何だか雨が降った様にドロドロですね」


『ああ、この辺りの地面が湿っているのは昔の名残だ。今は湿地が少なく新たに生まれた魔物達のせいで魔物の森と呼ばれているが、我が妖精だった頃は魔物が少なかった代わりに、泥濘の森と呼ばれ森の大半は沼地が広がっていたのだ』


「泥濘の森……昔は魔物が少なかったのですね。沼地が多いのは住みにくそうだけど、今よりは安全だったのかしら」


『いや、そうでもない。泥濘の森は足を踏み入れたら最後、底なしの沼に飲み込まれ生きては帰れないと人間の間で恐れられていた。相当な物好きか滅多な事がない限り人間は近寄らなかった』


「それじゃあ、今も昔もこの森は人間が恐れて近寄らないのは変わりないのですね……あの、この名残に足を取られて飲み込まれたりはしないのですか?」


『心配するな。それは遥か昔の事、今は足がはまる事があったとしても、泥に飲み込まれるほど深くはない』


「よ、よかったぁ〜…… 」


 胸を撫で下ろしていると、バルカンが大きな岩を徐に裏返した。


『それより見ろ、これが掃除屋だ』


 いきなり裏返された岩の裏には、ねったりと張り付く無数の大きなナメクジがテラテラとぬめり帯びて蠢いている。



「ヒィッ……キャァァァァァァッ!」



 バサバサバサッ



 甲高い悲鳴が森にこだまし鳥達が一斉に飛び立つ。


 魔物に襲われた時には出なかった私の大きな叫び声に、幼獣が驚き飛び跳ねベシャリと音を立てながら泥に転がった。


『うるさいぞ! なんだいきなり叫んで』


 顔をしかめたバルカンが迷惑そうに聞いてくるが、青褪めた私はそれどころではない。

 ぞぞぞと、足の下から頭の先まで鳥肌がたち、視界に映るうねうねと蠢くそれから逃れるように、ギュッと目を閉じた。


「まままま、待ってください! とりあえず、岩を元に戻してっ!」


 まさかいきなり見せられるとは思ってもみなかった。しかも、拳三つ分の大きさのナメクジが岩の裏にびっしりとひしめき合っているのだ。


『何故だ。良いから早く取れ』


 何を騒いでいるのか分からないと言う様にバルカンが急かしてくる。まったくもって乙女心の分からない聖獣だ。

 ここまで来る道すがら、葉の裏に一匹いる大ナメクジを捕まえる想像をして、大丈夫大丈夫と言い聞かせてきた。腹もそれなりにくくれたと思っていたのだが、想像を超えた数の大ナメクジとの対面は、衝撃が強すぎた。

 無数の大きなナメクジが岩を裏返され、突然差した陽の光に反応してウネウネと活発に動いている。


 あまりの気持ち悪さに、全身を掻き毟りたくなる衝動に駆られ、その場でジタバタと足を動かした。


「イヤァァァァァァッ!」


 べしゃりべしゃりと泥が飛び散るのも御構い無しに、何とも言えない不快感を身体から逃すように足踏みをする。ここまで騒いだのは生まれて初めてだ。


『お、落ち着け! 我に泥が散るではないか!』


「キャァァァァァァッ!」


『わ、分かった分かった! 岩を元に戻すから止めろ!』


 癇癪を起こした子供の様に騒ぎ立てる私に、バルカンが焦った様に重い岩をドシンと元にもどした。


『やれやれ、ほら。もう掃除屋はみえないぞ』


「うっ、うっ、ひっく……」


 呆れた様なバルカンの声に、失神やその場から走って逃げなかった事を褒めて欲しいくらいだと、泣きながら思う。幼獣は一緒に飛び跳ねゴロリゴロリと美しい毛並みを泥で汚し楽しそうにしていたが、泣き出した私にピタリと動きを止めた。


「……クナァ」


 私の足に心配そうにすがりついた幼獣が、バルカンを振り返りじとりと視線をむけた。


『な、なんだチビ! その目は!』


「グゥ〜ナァ〜……」


『ええい、分かったわ! 我が捕まえる! それで良かろう! いい加減泣き止め!』


「うっ、うっ、すみません。でも、ひっく……大丈夫っ、自分で捕まえます」


『なんだ、あれだけ騒いでおって。お前自分で捕まえられるのか?』


「うっ……ごめんなさいっ。あまりの数に驚いてしまって。これからっ、私がお世話になる掃除屋さんですものっ、ちゃんと自分で捕まえなくちゃ……っ」


 ひっくひっくと泣きながら言う私に、バルカンが考える様に黙ると、今度はうろうろと何かを探す様に歩き回っている。


『……ならば、これならどうだ? 一匹しかついていないぞ』


 大きな葉の前に立つバルカンが私に呼びかける。その呼びかけに深呼吸をして近づき、大丈夫大丈夫と呪文を唱えながら、そろりと葉の裏を覗き込んだ。


「っ!」


 そこには一匹の大ナメクジが静かに大きな葉の裏に張りついている。気配を察知したのか、二本のにょきりと生えた目の様な触覚が此方を向いた。

 半透明のベージュ色に茶色い三本のラインが入った大ナメクジが、動く度にヌメヌメとした粘膜を葉につけ光を放つ。あの岩の裏側を見たお陰か、一匹だと何だか可愛く見えない事もない様な……?

 此方を伺う触覚と見つめ合っていると、これからお世話になるのに、気持ち悪いと騒いでしまった事が申し訳なく思った。


「騒いでごめんなさい。あなたに住んで欲しい所があるのだけど、一緒にきてもらえないかしら?」


 大ナメクジの動く方向にバケツを当て待っていると、言葉が分かってはいないだろうが、ぬるりぬるりと葉からバケツの中に収まった。


「ありがとう。やったわ! 一匹捕まえられた!」


『うむ。ではあともう二匹くらい捕まえるか。今度はここだ』


 バルカンが密集せずに一匹ずつ葉に張り付く大ナメクジを探してくれたお陰で、悲鳴をあげず三匹の大ナメクジを捕まえる事ができた。バケツから出てこない様に大きな葉っぱを蓋にして重みを増したそれを持って家に戻る事にした。


 私が暴れたせいでワンピースは勿論の事、バルカンまで泥だらけだ。幼獣なんて綺麗な毛並みが泥に塗れ真っ黒で見る影もない。


「この格好ではお家に帰ってもお掃除どころではないわね……ますます汚しちゃう」


 トボトボと歩いていると、足の裏に何か丸い硬い物を踏みつけた。石を踏んだのかと何となく足元を見てみると、クルミよりも一回り程大きい実を踏みつけていた。


「あら? これってもしかして……」


 しゃがんで見覚えのある黄色い実を手に取って観察する。植物図鑑で見た石鹸の原料にもなる実より大きいが、それに見た目がそっくりなのだ。

 足元には沢山の実が落ちており、上を見上げればシャボンの木らしき植物が生えていた。



 確かシャボンの実は寒くなってくる時期に実ができて地面に落ちるはずだけど……。

 図鑑に書いてあった大きさよりも大きいし違う植物なのかしら?

 でも、幹や葉の形もそっくりだわ。



『どうした、行くぞ?』


「これ、もしかするとシャボンの実かもしれません。 折角ですからこれで泥汚れを洗って試してみましょう!」


 シャボンの実は、果肉を潰して水に溶かすと洗浄力のある泡が出る。食器や洗濯は勿論の事、身体も洗える肌に優しい天然の石鹸なのだ。

 今でこそ平民も加工された石鹸を使っているが、昔はそのままシャボンの実を使っていた。

 このシャボンの実とハーブや美容オイルを入れて作られた石鹸は美を追求する貴族の間で今でも流行っている。


 それに、種の中は食べる事ができてナッツと豆の間の様な味らしい。果肉は乾燥させて粉末にすれば粉石鹸として日持ちするし、種は炒って殻を割り塩を振って食べると良いつまみになるそうだ。

 平民の間ではポピュラーなつまみで酒を片手に食べられているのだとか。ナッツと豆の間の様な味と植物図鑑に書いてあり以前から興味深いと思っていたのだが。


『ほう、そう言えばガジルが酒を飲みながら、よくこの実の種を割ってつまんでいたな。塩をつけて食べると美味かった』


「やっぱり大きさは違うけどシャボンの実で間違いないかもしれませんね」


 地面に転がる大量の黄色い実を幼獣に手伝ってもらいながらかき集め、頭に巻いていたストールで包んだ。


 泥だらけの状況を憂いていたが、思わぬラッキーな拾い物で沈んだ気分が吹き飛ぶ。目元と鼻はまだ赤いが、足取り軽やかに家へ帰る道を歩いた。

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