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塩の洞窟

 ピチョン……ピチョン……。


 冷んやりとした薄暗い洞窟に、幼獣を背に乗せたバルカンが、躊躇なく足を踏み入れる。恐る恐る着いていく私の背中に水滴が落ちて、ヒャッ! と飛び上がった。


『何をしてる。さっさとこい』


「ま、待ってください!」


 振り返り呆れた顔をしたバルカンに、慌てて小走りでついて行く。奥まで進むと、先程まで暗かった洞窟内が、明るく薄ピンク色に発光していた。キラキラと光る水晶の様なつららが至る所からぶら下がっている。

 その、あまりの美しさに溜息が漏れた。


「わぁ……綺麗……」


『すべて岩塩だ。舐めてみろ』


「え! これお塩なんですか!?」


 驚きながらも、薄ピンク色の壁をナイフで少し削り取った。半信半疑で指についたキラキラと光る粉をペロリと舐めると、舌先に塩気を感じ、まろやかな旨味が広がった。


「ん! 本当にお塩だわ。それに、美味しい……」


 つららの先から流れる雫を、指に取り舐めると塩水だった。もしかすると、帝国側にある海の水が、何処からか流れ滲み出ているのかもしれない。

 この塩があれば、肉が更に美味しくなる。それに、すぐに消化し切れない物は塩漬けにすれば日持ちするはずだ。

 お料理本に書いてあったレシピを魔物の肉で作ってみようと、ウキウキしながらナイフでカンカンと叩き岩塩を採取した。





 何故こんなに素敵な場所に、案内してもらえたかと言うと、焼いた三つ眼鳥を食べたバルカンが、開口一番に放った一言からだった。


『お前は塩をつけて食べないのか?』


 グルメだとは思っていたが、まさか森に住む聖獣の口から塩と言う言葉が出た事に驚く。ガジルが教えたのだろうかと思いながらも、塩は持っていない事を伝えた。

 塩気がある方が美味いと、文句を言いながらも肉を平らげたバルカンが、口の周りに付いた脂を舐めとり立ち上がった。


『着いて来い。家に案内するついでに塩の在り処を教えてやろう』



 え? 森なのに塩なんてあるの?



 さっさと歩き出そうとするバルカンに、急いで火の始末をすると、荷物をかき集め着いて行ったのだ。


 


 既にパンパンのトランクケースに岩塩を押し込み背おうと、逃げ出す前より荷物が増えてズシリと重みを感じた。まだ起きてからお腹に何も入れていない為、岩塩で味付けした肉が待ち遠しい。

 想像しただけで、絶対に美味しいと分かるそれに、口の中に唾液が溢れてごくりと喉を鳴らした。


 洞窟から少し歩くと、木の間から屋根の様な物が見えた。バルカンが毎回同じ場所を通るのか、茂みが踏みしめられ自然と道ができている。

 その道を歩き、背の低い密集する木の間をパサリと通り抜けると、そこには古ぼけた煙突のある家が建っていた。

 元は小さな山小屋の様だが、増築して広げた跡が見受けられる。所々壁に穴が開いていて、バルカンの言っていた手直しと言うのは、この事らしい。

 こんな山の中なのに家が建っているのも驚きだが、ちょっと変わったステンドグラス風のガラス窓がついる手の込み様だ。一々、山奥までガラス職人に作らせた物を運んだのか、それとも一から素材集めをして自分で作ったのか。

 もしそうなら、かなり凝り性な人の様だ。外から覗き込む様に窓ガラスを、興味深く観察した。

 よく見るとステンドグラスの様に繊細な色使いではなく、透明なガラスに所々色が混ざり合いマーブル模様の様になった少し雑な作りだ。だけど、なんだか見れば見るほど趣があって素敵に見える。


『それは、ガジルが小屋を改築して取り付けたものだ。元は木の窓だったが、部屋の中が暗いと言ってな』


「ガラスの素材を一から集めて作ったんですか?」


『いや、昔酒を荷馬車ごと盗んで森に入った人間が落とした酒瓶で作ったのだ。ガジルめ、自分の魔力だと火力が足りんと嘯いて中身だけ飲んで、我に押し付けてきよったのだ! 全く、我は聖なる獣ぞ。 こんな事をさせよって』



なるほど、酒瓶を再利用して窓を作れば、確かに面倒な素材集めをしなくて良いぶん効率が良いわ。

それに、聖獣に溶かしてもらって作ったお陰か、酒瓶の再利用なのに、かなり強度があるみたい。

何か付属の力がつくのかしら?



 ぶつくさと文句を言うバルカンの話を聞きながら、気泡の入ったガラスをするりと撫でた。透明なガラスの他に、緑や青が混ざって綺麗だ。

 今は、同じ色に統一された酒瓶だが、昔は色んな瓶を使い回していたのだろう。木枠はガジルが作りバルカンが溶かしたガラスを流し固めて、固定している様だ。


「凄いわ。とっても素敵!」


 手作り感溢れる窓ガラスを手放しで褒めると、満更でもないのか、プンスコ怒っていたバルカンがヒクヒクとヒゲを揺らした。


『ふん、我にかかればこんな物、朝飯前よ』


 隠し切れない喜びが、ユラユラ揺れる尻尾に現れている。単純なその様子に、気高き聖獣が一気に可愛いくみえて、ふふっと笑った。


「クゥナァ〜」


 隙間のあいた扉の中から、幼獣の鳴き声が聞こえる。外観ばかりを見て立ち止まっていたので、早速家の中に入って見ると、窓のお陰でとても明るい。

 部屋の中は埃っぽく、窓から差す陽の光に埃がキラキラと舞っているのが見えた。静かな空間に、ガジル達が生活していた様子がそのまま残っている。

 だけど、所々朽ちた壁や部屋に積もる埃が、家主の居ない長い時間の経過を感じさせ、物悲しい雰囲気だった。




 まずは、お掃除ね。

 だけど、その前にお楽しみの腹ごしらえだわ!



 家の中にキッチンらしき場所はあるにはあるが、埃をかぶって使えないので、一先ず外で火を起こす事にした。ぽてぽて後ろを付いてくる幼獣に、枝集めを頼んで自分は石を積み上げだ。

 玄関前に置いていたトランクケースから、バナの葉の包みを取り出して嫌な予感に動きを止める。そっと、包みを開くと、そこには躊躇して昨日焼かなかった心臓と砂肝しか入っていなかった。

 あとは、違う包みに不恰好に身がついたガラだけで、どこを探しても肉がない。



 そ、そんな……。

 あれが、最後だったんだわ。



 あの時、まだ肉はあると思って、焼き上がった端からバルカンが食べて行くのを止めなかったのだ。


 岩塩をつけて食べる肉を楽しみにしていただけに、ショックのあまり膝から崩れ落ちた。レバーは兎も角、心臓や砂肝は食べた事がないので、少し勇気がいるのだ……。

 だけど、ずっと頭を抱えていても仕方がないので、取り敢えず拳大の心臓と、ふた周りほど大きな砂肝をナイフで切って枝に刺す。

 バナの葉の上に、串刺しにした内臓を並べ、上から岩塩を削った。塩加減が分からないので、気持ち少なめにかけ、薄ければ塩をつけながら食べる事にする。


 幼獣の集めてくれた枯れ枝で火を起こし、串刺しにした内臓を火の周りに並べた。戯れつく幼獣を撫でながら、内臓の焼き色が変わると、くるりと火の当たる角度を変えてしっかり中まで火を通す。

 次第に、香ばしい香りが立ち込め、パチパチと音が鳴る。


 少し離れた陽当たりのいい大岩の上で、寝そべっていたバルカンが、のそりと起き上がりやってきた。

 まだ食べるつもりの様だ。この巨体なら確かに今朝食べた肉だけでは少ないのかもしれない。

 塩のお礼も兼ねて、焼けた心臓と砂肝をバルカンの前に置くと、尻尾をゆるりと揺らしながら鼻息をかけ冷ましている。


 レバーや完熟した果実など、柔らかいものを好んで食べている幼獣には、レバーより固い心臓と砂肝はまだ早いかもしれない。小さな牙が生え揃ってきているし、小さく切ったら食べられるだろうか?

 比較的、砂肝よりも柔らかそうな焼けた心臓を小さく切って冷ました物を手に乗せた。クンクンと鼻を近づけペロリと舐めとりながら、あむあむと必死に心臓を噛んでいる。

 大丈夫そうだが、幼獣が喉を詰まらせない様に注意深く見つめた。これで飲み込めなくて吐き出したら果実を切ってあげる事にしよう。

 美味しそうに食べる二匹の聖獣を見て、流石に腹の虫が早く食べさせろと主張してきた。まずは心臓の方に手を伸ばし、まじまじと見つめる。

 生だとグロテスクだったが、火を通すと結構美味しそうだ。枝から直接パクリと頬張り、はふはふと口の中の熱を吐き出した。


「……美味しい!」


 肉とは違う跳ね返る様な弾力をしている。思っていたより、生臭さも無く食べやすい。

 砂肝は、サクサクとした歯切れの良い歯ごたえで、どちらも淡白な味だが食感が楽しい。岩塩のお陰で、淡白ながらも旨味が引き立ちとても美味しかった。

 今まで食べてこなかったのが勿体無いくらいだ。


『やはり、岩塩をふると一段と美味いな』


「ええ、とっても美味しいです。教えてくださってありがとうございます!」


 上機嫌なバルカンに笑いかけていると、ごっきゅんと丸飲みして次を催促する幼獣に、まだ少し食べにくそうなので、果実を切る事にした。嬉しそうに果実に飛びついて食べるその姿に、やはりまだ固い固形物は早かったかと、頭を撫でた。

 赤い果汁で口の周りを汚しながら食べるワンパクな様子に、未だ名前が決めれず頭を悩ませる。

 聖獣と聞いて下手に名前をつけてしまうと、罰当たりな気がしてきたのだ。それに、なんと言ってもこの先長く生きる幼獣の為に、素敵な名前をつけてあげたかった。

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