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美しい獣の正体

 ペシンペシンと尻尾を地面に叩きつけ、横たわる美しい獣を前に、私はせっせと肉を焼いていた。

 その尻尾に幼獣が飛びつくが、けんもほろろに弾き飛ばされては飛びかかるを繰り返し一方的に戯れている。


 この美しい獣は、名をバルカンと言うらしい。

 そして、魔獣ではなく聖獣だそうだ。最初に、恐る恐る知恵を持つ魔獣かと聞いたら、大目玉を食らった。


『魔獣だと!? そんな低俗なものと一緒にするなっ! 我は聖なる獣だ!』


 腹の底から沸き立つような、低く大きな鳴き声を上げられ、鼓膜がビリビリと揺れた。憤慨しながらも、律儀に教えてもらった話は、それはそれは興味深い内容だった。


 昔々、まだ妖精が生きていた頃、人間は魔力が無い代わりに、妖精と契約してその力を得ていたそうだ。まず、妖精が本当に実在していて、人間が魔力を持っていなかった事に驚いた。

 幼い頃に読んだ、妖精と人間が契約を交わす御伽噺は、あながち間違いでは無かったのだ。何度その絵本を読み返し、この本の世界なら魔力のない自分にも居場所があるのにと羨んだことか。


 けれど、絵本に記されていない後の話は、人間の醜さ故、起きた悲しい結末だった。魔法の力を手に入れた人間は、次第に全ては己の力だと驕り高ぶって行った。

 そのせいで、妖精が一匹また一匹と消えて行き、世界から妖精の存在が消えてしまった。亡くなった彼らは自然に還ったそうだ。

 それから、長い年月を得て、ある国の王族に魔力を身に宿し、魔法を自らの力で使う事の出来る子供が生まれた。それからは、少しずつ身体に魔力を持った人間が増えて行ったそうだ。

 ちなみに、平民より貴族の魔力が強いのは、まだ魔力を持った人間が少なかった頃、貴族達が魔力の強い者を囲い子を産ませてきたからだそうだ。

 話を聞けば聞くほど、人間と言うのは欲深く醜い生き物だ。確かに、自分に魔力があればと何度も思い憧れてきたが、この話を聞くと自分に魔力が無くて良かったとも思う。


 聖獣は自然に還った妖精が、ある事が切っ掛けで、新しい姿となって産まれた存在らしい。バルカンの場合、元々が火の妖精なのでこの森が一度、山火事に遭った時に、その燃え盛る炎の中から産まれたそうだ。

 ちなみに、聖獣としてこの世に姿を形どった妖精は滅多におらず、バルカンも何百年か前に産まれたそうだ。そして初めてこの森に、彼以外の聖獣がつい最近産まれた。

 その聖獣が、バルカンの尻尾に絡まっているこの幼獣らしい。丁度、半月前に落ちた大きな落雷から産まれ、そのせいでバルカンが爪研ぎをするお気に入りの大木が黒焦げになったそうだ。

 その事をまた思い出したのか、苛立たしげに尻尾に絡まる幼獣をくるりと器用に巻きつけ遠くへ投げた。投げ飛ばされた幼獣は、ぽてんと尻から落ちてきょとんと目を丸めている。


 その二匹の様子に、苦笑いを浮かべ肉の焼き加減を確認しながら、バルカンに話の続きを促した。


 バルカンは、妖精の頃からずっとこの森を護ってきており、聖獣になる前は森の一部として、ずっと見守ってきていたそうだ。

 妖精の身体が失われても、彼らは自然の中に宿っているのだとか。その為、この森や森の周りの国の様子を、昔から知っているらしい。


 聖獣になってからも、風が色んな事を日々話すのが聞こえてくるそうだ。お喋り好きな者たちの声が嫌でも聞こえてくるらしい。

 ちなみに、数日前に森へ侵入した盗賊は、バルカンが追い払うまでもなく、魔物に襲われ骨も残らなかったそうだ。その話を聞いて、背筋がぞくりとした。

 少し経ってまた人間が森に入ってきたと話すのが聞こえ、盗賊の仲間かと魔力を探って見れば、バルカンの良く知る者の魔力だったそうだ。

 それが、ガジルと言う人なのだが、どうやら私のつけているネックレスからその人の魔力を感じるらしい。



 きっと、水晶に自分の魔力を込めて魔石を作ったんだわ。

 もしかして、そのガジルって人が骨董店のご亭主なのかしら?

 お世話になったのに、名前を聞いていなかったわ……。



「これ、ある人から頂いた物なんです。でも、お名前をお聞きしていなくて……その方がガジルさんでしょうか?」


『いや、そう言えばガジルがこの森を去ってから、もうだいぶ経つな……。もしかすると、それをお前に譲ったのは彼奴の血縁者かもしれんな』


 ネックレスと同じ瞳の色をした、骨董店の亭主を思い出す。やはり血縁者なのは間違いなさそうだ。

 大切な物だろうとは思っていたが、まさかここまで大事な物だったとは……。

 目尻を下げくしゃりと笑う亭主の顔を思い浮かべて、ネックレスをきゅっと握った。


「そうかも知れません。瞳の色がこのネックレスとそっくりでしたから……」


『人間の一生は我からすると一瞬なのを忘れておった。そうか、あのガジルも死んだか』


 しんみりとした空気に、こんな時なんて声をかければ良いか分からなくて、自分の不甲斐なさにもどかしくなった。


『まぁ、生きる時間が違うのだ。彼奴も自然に還ったと思えば良い。それに、この森に人間が住み着いたのは一度ではないしな』


「え!? そうなんですか?」


『ああ、一番最初にこの森に住み着いたのは、我がまだ妖精だった頃。その時初めて、人間と契約を交わしたが、それはもう人使いの荒い悪戯好きな女だった』


 思い出すように朱色の瞳を細めたバルカンが、今度はげっそりとした表情を浮かべた。姿は聖獣なのに表情豊かで人間のようだ。

 バルカンが契約していた人間の話を聞けば聞くほど、顔が引きつりそうになる。全てが破茶滅茶で、このげっそり顔も頷ける程だ。

 その人間は年老い、自分が死ぬ時にある盛大な悪戯を住んでいた家に仕掛けたそうだ。それにまんまと引っかかったのが、次に住み着く事になった、森に捨てられた若い娘なのだが、それがまた大変だったらしい。

 そして、その娘が出て行った後、聖獣となって久方振りに森へやってきたのが、ガジルだったそうだ。

 なんだか相当振り回されている苦労性なバルカンに同情する。


「そのお家は今でもあるのですか?」


『あるぞ。一応、現状維持の魔法が掛けられてはいたが、朽ちかけている。やはり手直しが必要だ。お前も住んでみるか?』


「いえ……私は帝国に行こうかと思って……」


「クゥナ……クゥー……」


 どんな家か気になるが、最初の目的地である帝国に行くと伝えようとすれば、クイッと幼獣にワンピースの裾を引っ張られた。上目遣いに此方を見つめてくる瞳が行かないでと、うるうる訴えかける。


「ゔっ……」


『随分とチビに懐かれておるな。お前を母の様に慕っておるのかもしれん』


「……。やっぱり、後でお家を見せてもらっても良いですか?」


『良かろう! それより、そろそろ肉が焼けたのではないか?』


 クンクンと鼻を鳴らすバルカンに、焼けた肉を差し出すと、彼も猫舌なのかフガフガと鼻息をかけながら冷ましている。生肉をワイルドに食べそうな見た目をしているが、焼いた肉も好きなのだとか。

 意外とグルメなバルカンを見ていると、幼獣が甘えて私の足に纏わり付いてきた。抱き上げ撫でるとゴロゴロと喉を鳴らす。



 魔物はいるけど、ここでの生活も悪くないかも知れないわね。



 まずは、敢えて名前をつけてこなかったこの子の名前でも考えようと、柔らかい毛並みに頬擦りをした。

バルカンが初めて契約した人間や、悪戯に引っかかった娘のお話は、短編かシリーズでそのうち投稿する予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] ほお~ かつては、魔力が無い人間も妖精と契約することで魔法が使えてたのか! なんとか仲の良い妖精を見つけて契約すれば、主人公の魔力無し問題も解決なんだけどな。 もう妖精は殆どいないという話だ…
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