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金色の幼獣

 ひょっこりと顔を覗かせた、つぶらな瞳が、じっと音がしそうなほど、此方を見つめている。


 驚きのあまり、クラッカーに伸ばした手が止まり、そのクリクリとした可愛らしくも綺麗な瞳と見つめ合う。



 こ、これは……とってもまずい状況かしら……。

 可愛らしいけど、襲われたら逃げ場がないわ。



 小さな身体に丸々としたフォルム。輝く金色のふわふわな毛に、黒い縞模様が薄っすら入っている。

 以前、動物図鑑で見た事のある東の国の動物、確か虎と言う獰猛な獣に似ている。図鑑に載っていたのは、成獣で色も濃い黄色だったが、幼獣だから色が金色なのだろうか……?

 もし、本当に虎の子で、近くにこの子の両親が居ればかなり危険だ。それに、遠い国の動物が何故ここにいるのかも謎だ。


 伏せをし、鼻をピクピクと動かす度に、ヒゲが一緒に動く。余りに可愛らしいその姿に、緊張感のかけらもない。

 上目で此方を見つめる謎の獣に、心臓をギュンと鷲掴みされた。


「あ、あなたも、食べる?」


 声をかけると、丸い耳がぴるぴると動き立ち上がる。

 ころりとした幼い様子に、クラッカーではなくペーストになったパテの方が離乳食の様で食べやすいかもしれない。パテをひと匙すくって手に乗せると、恐る恐る近づけた。



 あ、これ。もし手ごと食べられたらどうしよう……。



 手を差し出してから、重大な事に気づくが、ぽてりと太いふわふわの前足が手にかけられ、遅かったかと冷や汗をかく。その幼い獣はクンクンと鼻を鳴らし、小さな舌でペロペロと舐めた。

 その様子に安心してホッと息を吐くと、愛らしい幼獣を愛でる様にゆっくりと撫でる。目を細め気持ち良さそうにするその幼獣の、ふわふわな毛並みを堪能した。

 掌に伝わる温かな体温と、小さな鼻から漏れ出るぷぴぷぴと可愛らしい寝息に釣られ睡魔に襲われる。目を頑張って開けようとするが、疲れ果てた身体には重い瞼に逆らえず、ゆっくりと意識を手放したのだ。



 聞き慣れない鳥の囀りと、差し込む陽の光が眩しくて目を開ける。気がつけば、いつの間にか眠っていた様だ。魔物がいつ出てもおかしくない場所で、爆睡してしまった自分の図太さに呆れながらも、ぐっと身体を伸ばした。

 その拍子に、身体の上からころりと何かが落ちる。ぽてんっと、音を立てて落ちたそれは、無防備にも色の薄い腹を上にして寝息を立てる幼獣だった。

 口の周りにべったりと赤やら茶色の汚れを付けて、気持ち良さそうに眠っている。時折、口の周りをペロンと舐めとりながら幸せそうな顔をした、それを見てハッと瓶を見た。


 そこには食い散らかされた、空っぽのジャムとパテの瓶が虚しく転がっていた。

 昨日全てそのままにして眠ってしまったのだ。幸いクラッカーだけは手をつけられていなかったが、大切な食料が一気に減った事に頭を抱えた。



 ああ、どうしよう!

 大事な食料が!



 呑気に寝こける幼獣に視線を向けると、何かしら感じたのか、耳を動かし眠たげな顔でむくりと起きた。空の瓶を持って見下ろす私に、ビクリと身体を跳ねさせた幼獣が、慌ててウロから出て行った。


「はぁ〜……」


 蓋を開けっぱなしで寝てしまった自分の落ち度だ。幼い獣を責めるのはお門違いだと、恨めしいと思う感情を溜息と一緒に吐き出した。目に入ると悲しすぎるので、空の瓶を虚しさいっぱいに、トランクケースの中へ閉まった。


「クゥ……」


 水筒の水を飲んで頭を悩ませていると、すぐ近くで小さく控えめな鳴き声が聞こえてきた。声のした方に目を向けると、逃げたと思っていた小さな幼獣が、耳を伏せて此方を伺う様にウロの外から覗き込んでいた。


「ぷっ! あははっ」


 昨日と同じ様な、けれど今日は、ばつの悪そうなその表情が、まるで人間の様で吹き出し笑った。吹いた瞬間、これからどうしようと心に芽生え出した小さな焦りと不安が笑いと共に吹き飛んだ。


「怒ってないわ。おいで」


 目の端に溜まる涙を拭い、幼獣に手を差し出すと、嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねながら飛びついてきた。


「ふふふ、美味しかった?」


「クナァ〜!」


 元気よく返事をした幼獣に、微笑みながら撫でてやると、ゴロゴロと喉を鳴らした。


「それにしても、困ったわね。私も何か食べる物を見つけなくちゃ……水だって、そのうち尽きてしまうわ」


 腹を見せた幼獣の柔らかい毛を、モフモフと撫で回しながら呟いた。気持ち良さそうにされるがままだった幼獣が、ぴょこりと起きあがりウロから出て行く。


「クゥ、クナァー!」


 此方に振り返った幼獣が、付いて来こいと言う様に鳴いた。歩き出した幼獣に、慌てて水筒をしまいトランクケースを背おってランプを掴む。

 突然の揺れに、眠っている火光虫が起きてしまうかと思ったが、ピクリともせず布にしがみついて眠っていた。陽の高いうちは、ランプを手に持たず腰のストラップに結びつける事にした。


 ぽてぽてと歩く幼獣の後ろを、周りを警戒しながら付いて行く。ガサリとひらけた場所から、密集した背の低い木の間を通り抜ける小さな背中を見て立ち止まった。



 また、あの暗闇だったらどうしよう……。



 立ち止まり中々ついて来ない私に、茂みから顔を出した幼獣が、不思議そうに此方を見ている。


「グナァー!ナァー!」


 早く早くと急かす様に呼びかける声に、思い切ってバサリと茂みに足を踏み入れた。そろっと目を開けると、密集した木々の間からは木漏れ日が降り注ぎ暗闇など、何処にもなかった。

 ホッと息を吐いて、お座りをして待っている幼獣に近寄ると、またぽてぽてと歩き出すその後ろをついて行った。少し歩いた先には、赤い果実を沢山実らせた果樹が生えていた。


「わぁ! なんて言う果樹なのかしら? 見た事がないわ。とっても美味しそう!」


 見た事のない拳大の、張りのある真っ赤なそれを一つ手に取りまじまじと見つめる。鼻を近づけると、甘くフルーティーな香りがした。

 ドキドキとしながら、思い切って赤い果実に齧り付くと、じゅわりと果汁が溢れ出す。口いっぱいに広がる甘酸っぱいジュースを飲む様に食べた。

 プラムに近い食感と味だが、それもまた少し違い今まで味わった事のない爽やかな後味だ。皮は酸味が強いが、中の果肉は甘く瑞々しい。


「とっても美味しいわ! 教えてくれてありがとう!」


 落ちている果実を食べていた幼獣に、しゃがんでお礼を言うと、嬉しそうに尻尾をパタパタと揺らした。撫でようと手を伸ばすが、溢れ出た果汁でベタベタの手に気づく。

 ハンカチで拭おうとすれば、幼獣が嬉しそうに前足を手にかけペロンと舐めた。


「うふふ、くすぐったい」


「クナァ〜」


 一先ず、美味しい果実を手に入れる事が出来て、和やかな朝食を、一人と一匹寄り添って食べた。

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