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真っ暗な森の中

 森に一歩足を踏み入れた瞬間、月の光も差し込まない、どこまでも暗い闇の中に包まれた。


 左右上下、何処を向いても真っ暗で、自分が目を開けているのかさえ分からない。身体が闇に溶けてなくなってしまいそうな、不安と恐怖がぞわりと足元から這い上がってきた。


「っ!?」


 聞いた事もない耳障りな鳴き声が、何処からともなく聞こえてくる。風に揺れた茂みが、カサリと音を立てるだけで、声も出せない引き攣った悲鳴が口から漏れた。


 距離感の分からない反響する不気味な音に、頭がおかしくなりそうだ。自分の存在を確かめる様に、身体を抱きしめカタカタと震える手で、服の上からネックレスを握った。



 大丈夫、大丈夫。



 そう何度も自分に言い聞かせながら、震える息を吐き出した。ほんのりと手の中のネックレスが温かくなった気がして、心が少しだけ落ち着く。



 まずは、明かりが必要だわ。

 なんとか火打ち石で火をおこして、明かりを確保しなくちゃ。



 見えないながらも、背負ったトランクケースを降ろそうとした矢先、何かに躓いて転びそうになった。咄嗟に、手を地面につけた所で、指先に砂や草とは違う固いものが触れる。

 息を呑み手を引こうとするが、動かないそれが気になり、恐る恐る触ってみた。どうやら人工的な持ち手の付いた筒状の物の様だ。



 何かしらこれ。



 いまいち想像が付かず、座り込んだまま両手で触っていると、何処からともなく一粒の光が飛んできた。

 蝋燭の先に灯る火の様に、オレンジ色の優しい光を放ちながら、それが手元に止まったのだ。



 綺麗……もしかして、これが火光虫かしら……?



 本で読んだ事のある、光を放つ虫のお陰で、真っ暗な森に初めて明かりが見えて安堵した。

 火光虫を観察していると、その光で手に持っていた物が、ランプだった事に気づく。自分が屋敷で使っていた物は、装飾の付いた繊細な作りだったが、これはとても簡素な作りだ。

 慣れない形状で暗闇の中、手探りだけでは分からなかったのだ。もしかすると、盗賊が落とした物かもしれない。

 火光虫を驚かせない様に、そっと照らしてランプを見ていると、ある事を閃きそっと片手で火光虫を捕まえた。


「ごめんね。あなたの光が必要なの」


 火光虫をガラスで出来た筒の中に入れると、小さな光がやんわりと広がり辺りを優しく照らした。火光虫を蝋燭の代わりにしたランプの出来上がりだ。


 フワフワと光を放つランプをかざして辺りを見渡すと、すぐ先に魔物が嫌いな匂いを放つ薬草が、びっしりと生えていた。

 森に入ってすぐの所に、これだけ生えていると言う事は、魔物が森から出ていかないのを、この薬草が一役かっているのかもしれない。ただ、全ての魔物に効果がある訳ではないので、これさえあれば大丈夫と言う事でもない。

 その為、どうして魔物達は森から出ないのか謎が深まるばかりだ。図書館で、魔物の森について調べた時も、それ程詳しい事が書かれておらず、理由が分からなかった。

 この森に足を踏み入れると、帰ってこれないので調査ができず、資料がないのかもしれない。けれど、知恵を持った魔獣が居ると言う話は何処から来たのか不思議だ。



 誰か、命からがら逃げ切って伝えたのかしら?

 そもそも、そんな物は最初から居なくて、想像に尾鰭がついたとか?

 そうだったら良いのに……。



 都合のいい事を考えながら、足元の薬草に目を落とす。



 兎に角、この薬草も採って行かなくちゃ!



 頭のスカーフを取り、その中に沢山採取した魔物避けの薬草を包んで、ストラップに括り付けた。



 これで、少しは安心ね。

 そう言えば、『下巻』の著者が暮らしていた森の入り口にも、魔物避けの薬草が生えていたって書いてあったわ。

 魔物がいる森って、大抵同じような感じなのかしら?



 明かりと魔物避けの薬草を手に入れ、先程よりも大分心に余裕ができた。不気味な音に周りを警戒しつつも、ゆっくりと足を進めて行く。

 何か気配を感じて、目を向ければ、小さな光る複数の目が藪の中から覗いていた。


「ひっ!」


 初めて遭遇する魔物らしき生き物に、びくりと肩を揺らし立ち止まる。急いで腰につけていた薬草をパンパンと叩いて濃い匂いを放った。

 匂いに反応した複数の目が、ガサガサと蜘蛛の子を散らす様に逃げて行く。ガクガクとへたり込みそうになる足を踏ん張って、歩く度に薬草を叩いた。


 魔物避けの薬草のお陰か、あれから魔物らしき生物には、気配は感じても遭遇はしていない。だんだん踏みしめる地面の感触が変わってきて、木の根が土から盛り上がり、足場の悪い道になってきた。

 

 ザザザザーッ


 大きな風が森の中を通り抜け、目を瞑って風に舞う土埃や木の葉をやり過ごした。そっと目を開けると、先程まで鬱蒼と生い茂り視界の悪かった真っ暗な森に、ぽっかりと開けた空間が月の明かりに照らされていた。

 そっと明るいその場所に足を踏み入れると、耳障りに反響していた不気味な音が鳴り止んだ。後ろを振り返ると先程の闇が広がっており、その闇の中に入ればまた不気味な音が鳴っている。

 まるで、違う世界に足を踏み入れた様だ。その開けた真ん中には、大樹がどしんと生えており、どうやら足場の太い木の根は、この立派な大樹の物らしい。

 その大樹には、人間が余裕で寝転べる程ぽっかりと空いたウロができている。歩き詰めでヘトヘトになった身体を、この中で休ませる事にした。

 重いトランクケースを肩から降ろし、ウロの中に入ると、ランプの灯りが穴の中を照らしホッと息をつく。

 一度休むと喉の渇きと空腹に腹の虫が鳴った。革の水筒を取り出し、カラカラになった喉をゴクゴクと潤す。


「ぷはぁっ……ふぅ」


 勢い良く飲んだ水が、口の端につたい手で拭っていると、ランプの中の火光虫がブンブン鳴って主張する。


「ちょっと待ってね。あなたには良いものがあるわ」


 破れたワンピースの裾を少し切り取り、その布に水を染み込ませると、侍女のくれたミントキャンディーをナイフで削って包んだ。甘い水の滴るそれをランプの中に入れてあげると、火光虫が嬉しそうに水を啜る。

 本で火光虫の好物は甘い水だと書いてあったのだ。


「ふふふ、あなたのお陰でここまで来れたわ。ありがとう。まだ付き合って欲しいのだけど良いかしら?」


 こちらの言葉が分かっているのか、それとも偶然か、返事をする様に火光虫がブンッと羽を震わせた。

 微笑ましい火光虫を見つめていると、擦りむいた膝が熱をもち今更ながら痛みを訴えてきた。目を膝に落とすと、白いハンカチに血が滲んでいる。



 いたたっ、さっきまで緊張していたから痛みを忘れていたわ。

 何処かに、薬草が生えていないかしら……。

 


 食事中の火光虫には悪いが、あまり揺らさない様にそっとランプを持ち上げウロから出ると、辺りを照らしながら近くを歩く。月の明かりに照らされて、木の根の間に生えている背の低い草がサワサワと揺れた。

 近くに寄ってランプを翳すと、殺菌効果のある薬草が生えていた。プチプチと毟ってウロに戻ると、早速膝と薬草を水筒の水で洗う。

 薬草をすり潰して汁を出したいが、道具が無いので手で出来るだけ葉を傷つけ汁を出した。そのまま傷口に貼り付け新しい清潔なハンカチでまた結び直した。


 先程からぐぅぐぅと鳴り響く腹を摩り、街で買った保存食を取り出す。クラッカーの入ったワックスペーパーを開くと、こんがりと焼かれ束になったクラッカーがカサリと鳴った。

 瓶詰めのパテとジャムを取り出し、まずはパテの瓶に手を伸ばす。


「ゔっーーっっっん!」


 瓶の蓋は固く閉められ中々開かず、顔を真っ赤にさせながら力を込めた。屋敷の時は、綺麗に器に盛られたものが出てきていたので、初めてこんなに固い瓶を自分で開ける。

 ビネガーのコルクとは大違いだ。ギュッパンと音を立て、やっと蓋が外れた事に感動さえ覚えた。


 付属の木製スプーンで、こっくりとしたパテをすくってクラッカーに塗る。ごくりと喉を鳴らし、サクリと音を立てながらクラッカーを一口食べた。

 鼻から抜けるクラッカーの香ばしい香りと、滑らかに漉された濃厚なレバーペーストが口に広がる。

 ニンニクやハーブのお陰で臭みを全く感じない。むしろ、それがアクセントになって、旨味と複雑な味わいに、ますます食欲をそそられた。

 また一枚とサクサク食べてしまう。


 丁寧に丹精込めて作られたパテに、ジャムへの期待が高まる。格闘しながら瓶を開けると、イチゴの香りがふわりと広がり、その甘く幸福な香りに大きく息を吸い込んだ。

 艶々とルビー色に光り、ごろりと果肉が残るジャムを、黄金色のクラッカーに乗せる。その美しさに、うっとり眺めながらサクリと食べた。

 口の中に広がる甘酸っぱい苺が、身体の疲れを癒してくれる。

 指についたジャムを見つめ、少し視線を彷徨わせた後、思い切ってペロリと舐めた。


「んふふっ」


 貴族なら考えられない行いも、自由の身になった今、指を舐めようが関係ないのだ。



 それに、誰も見ていないわ!



「ふふふふっ……っ!?」


 行儀の悪い仕草に、浮かれてまた一つクラッカーに手を伸ばそうと前を見ると、外から此方をジッと見つめる金色の瞳と目があった。

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