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魔物の森のサマーパーティー 二

 ガラスのゴブレットに赤スグリの果実酒がトクトクと注がれる。

 どんな味だろうか。三か月間、ずっと楽しみにしていたのだ。

「乾杯」と赤く透けるそれを傾けて、ちびりと舐める。甘酸っぱくて飲みやすい。これはついつい飲み過ぎてしまいそうだ。


「美味しい……」


「ああ、香りが良い。瓜酒で漬けるなんて贅沢な果実酒だな」


 ぺろりと唇を舐めたジークが、鉱石猪を焼いている槍の穂先のついた串をくるりと回す。その拍子に脂が滴りジュッと美味しそうな音が鳴った。

 涎を啜ったのは一体だれか。待ちきれないように聖獣たちが尻尾を揺らす。

 ジークがこんがり焼けた鉱石猪の表面を削ぐように切っていく。そして、再び串を回しながら、別のこんがり焼けた面にナイフを入れた。くるりくるりと肉を返しながらじっくり焼いているのだ。

 薄いパンの上に野菜を乗せて、削ぎ落とされた熱々の肉と赤スグリのチャツネをかける。それをくるりと巻いて口に運べば、口いっぱいに幸せが広がった。


「ん~っ!」


 シャキシャキしたフレッシュな野菜、こってりジューシーな鉱石猪。赤スグリのチャツネが脂っぽさを吹き飛ばし、ミーティアコーンの甘味と香りが優しくすべてを包み込む。なんて美味しいのだろうか。


「うまい?」


「うん!」


 ジークが窺うように聞いてくるので、こくりと大きく頷いた。そんな私に、彼が目尻を下げる。次は瓶詰にしたトマトソースとリモールをかけてみるのも良いだろう。


『ジークおかわり!』


「クナッ!」


『メリッサ巻いてくれ!』


「クナッ!」


 聖獣たちが「さぁ、早く巻け」と言わんばかりにお皿を突き出してくる。そんな彼らに、ジークと目を合わせくすりと笑った。

 火にかけていた壷の蓋がカタカタと震える。浮いた隙間から水蒸気が漏れ出てきた。


「こっちも、そろそろできたわね」


「この中は何が入ってるんだ?」


「クゥナ?」


 シートの中心に鍋敷き代わりのゴモの葉を重ね、布巾で掴んだ熱い壷を置く。蓋を取ろうと手を伸ばすと、みんなが興味津々に覗き込んだ。


「ふふふ、いくわよ!」


 パカリと壷の蓋を外せば、もくりと白い湯気が美味しそうな香りとともに青空に登った。それぞれの皿に、真っ二つに開かれた彩光ザリガニを置いて行く。

 その上に、くたりと柔らかくなった玉ねぎとトマトをソースのようにかける。最後にリモールを絞りかけ、刻んだパセリを散らせば彩光ザリガニのトマト煮込みの完成だ。


「壷の中身は彩光ザリガニだったのか。美味そうだな!」


『美味いっ!』


 一足早く、誰よりも熱さに強いバルカンが彩光ザリガニのトマト煮込みを食べた。どうやら、瓜酒で酔わせなくても、そのまま一緒に煮込んでも臭みは残らないらしい。

 ペルーンが早く食べたそうに、小さな口でふぅふぅと息を吹きかけている。殻から身を取り出し食べやすいように冷ましてあげると、嬉しそうにかぶりついた。


「このソースにパンをつけて食べても美味いな」


『何!? これは、ほうほう……』


 しれっとソースの残った壷を抱え始めたバルカンに、ふふふと笑う。

 何となく思いつきで壷に入れて煮込んでみたが、みんなの様子を見る限りかなり好評だ。どれどれと、彩光ザリガニの白い身を殻から外す。半分に切ったお陰で、するんっと気持ち良く取り出せた。

 ソースをたっぷりつけて口に運べば、ぷりぷりの身と旨味の凝縮されたソースに思わず頬を緩めた。適当に作ったのに想像以上に美味しい。これはノートのレシピ入り決定だ。

 このソースにパスタを入れても絶対に合う。ペルンが収穫できたらパスタも作ってみたい。ミーティアコーンの粉だけではやはり限界があるし、ふかふかの柔らかいパンも恋しい。なにより、聖獣たちにも食べさせてあげたい。


「メリッサ、果実酒のおかわりはいるか?」


「ええ、ありがとう」


 初めて濃いお酒を飲んだが、意外にまだまだいけそうだ。ジークの空になったゴブレットにも注いで二度目の乾杯をカチンと鳴らす。

 屋敷や夜会で薄いグラス同士をぶつけるのはマナー違反だが、これは分厚いグラスだし、何よりここは魔物の森だ。美しい花畑を眺めながら美味しいお酒に舌鼓を打っていると、何やら騒がしい言い合いが始まった。


『早い者勝ちに決まっておろう。壷のソースは我のだ!』


「グムゥーーー!」


『アイタタタッ、こらチビ。我の三つ編みを引っ張るでない!』


 ソースだけが残った壷の中身を、独り占めするバルカンに、ペルーンが怒っている。どうやら、私が編んであげた三つ編みにペルーンが噛みついて離れないようだ。引っ張るように小さい体がぶらりとぶら下がっている。あれは確かに痛そうだ。


「もう、バルカン。ペルーンに分けてあげて」


『そんなこと言われても、もうない!』


「ナァッ!?」


「そう言えば、さっき綺麗に壷の中を舐めまわしてたもんな……」


 そんなにショックだったのだろうか。バルカンの三つ編みから口を離したペルーンが、よろよろと地面に伏せた。拗ねたように耳ごと頭を前脚で隠して、小さく丸まる。


「ペルーン。ほら、肉が焼けたぞ。元気出せ」


 ジークが鉱石猪の肉をペルーンの皿に乗せる。けれど、ペルーンはちらりと視線をよこしただけで、またしょんぼりと地面に伏せた。

 いつもは食いしん坊なのに、肉のおかわりに食いつかないのは意外だ。もしかすると、ペルーンは彩光ザリガニのミソが好きなので、それが溶けだしたソースをもっと食べたかったのかもしれない。


「ペルーン、また今度作ってあげるから」


「クゥ……」


 何を言っても可愛い顔を見せてくれない。眉を下げ、小さな頭を撫でていると、まだ出していないデザートを思い出した。


「ねぇ! ちょっと早いけどデザート食べない?」


「それが良い、そうしよう!」


 名案だとジークと頷く。新たに取り出した皿に、真っ白なクリームチーズをのせて、上から鮮やかな木苺のジャムをかける。隣には赤い果実のコンポートを添え、一皿ペルーンの側に置いた。


『この白いのはなんだ?』


「これはクリームチーズよ。首長羊のミルクで作ったの!」


『乳の塊か。バターと違うのか?』


「ええ、これはリモールで脂肪分と水分を分離させてるの。クリームチーズは甘さ控えめにしてあるから、ジャムやコンポートと一緒に食べて」


 ペルーンの反応がなくて眉を下げる。そんな私に、ジークが俺に任せろと頷き、たっぷりのジャムをつけてクリームチーズを食べた。


「へぇ、すごく濃厚で美味いな!」


『な、なんだこれは! バターも美味いが、クリームチーズとやらも美味い!』


「このコンポートも美味いよな」


 ジークとバルカンの掛け合いに、ピコンっと小さな耳が立つ。なんだか前もこんなことがあった気がするなと思いながら、私も自分のお皿に手を付けた。

 首長羊のミルクで作ったクリームチーズは濃厚でまったりとしている。

 木苺のジャムも良いが、リモールの皮で作ったマーマレードも合いそうだ。赤い果実のコンポートは、肉厚で熟れ過ぎていない実で作ったからか、少し歯ごたえがあって美味しい。

 冷たいバニラアイスを添えれば、ピーチメルバのような夏にピッタリなデザートができそうだ。氷があれば首長羊のミルクで作れるのに残念。


「美味しくてあっという間になくなっちゃいそうね」


『おかわりはないのか?』


「ええ、残念だけど」


『チビは要らぬようだな。我が食ってやろう!』


 そう言ってバルカンが皿に手を伸ばす。すると、先程まで伏せていたペルーンが起き上がり、ひしりと小さな前脚で皿を押さえた。そして、ぺろりとクリームチーズを舐め取ったのだ。

 その瞬間、金色のまん丸い瞳の中に星が輝く。とろけるような、うっとりとした表情で再び皿に顔を埋めたのだ。


『ちっ、もう少しで食べられるところだったのに』


「もう、そんなことばっかり言って……」


 バルカンに呆れていると、隣のジークが突然弓矢を手に取り茂みのほうを睨みつけた。


「バルカン、気づいているか?」


『ああ、我の縄張りに入ってきた不届き者がおるな』


 突然、不穏な空気が流れ、ごくりとジークたちが睨みつけている茂みを見つめた。きれいさっぱり皿の上を舐め取ったペルーンでさえも警戒している。ガサガサと葉を揺らすそれに、心臓が凍り付きそうだ。

 私を守るように自分の背に隠すジークの肩越し。そこから見えた魔物に驚く。


「あの時の氷狼だわ!」


『ふん、やはりあ奴だったか。この前からちょろちょろ辺りを付き纏いよって鬱陶しいやつだ』


「生きていたのか、メリッサ良かったな!」


「えぇ、本当に良かったわ!」


 安堵する私とは対照的に、グルルとバルカンが唸る。自分の縄張りに入ってくる魔物に腹を立て、そのうえ私に危害を加えるのではと警戒しているのだろう。

 耳を垂れ下げ、怯えたように茂みの中に隠れた氷狼が、見覚えのある籠を咥えてまた姿を現した。


「バルカン待って。あの子、籠を咥えているわ」


 氷狼が威嚇する聖獣に怯えながらも、恐る恐るこちらに近づこうとしている。あの籠はジークに岩塩の洞窟まで食料を届けてもらった時のものだ。

 あれを返そうとしているのだろうか。どう見てもこちらに危害を加えようとしている風には見えない。


「メリッサ、俺が行ってくるから。バルカンもこれ以上、威嚇してやるな」


「分かったわ。ありがとうジーク。気をつけてね」


『ふん、食われるなよ』


 ペルーンを肩に乗せたジークが氷狼に近づく。警戒を緩めたこちらに、安心したように。けれど、どこかまだ不安そうな顔をして、氷狼は私をチラチラと気にする素振りを見せている。

 ジークと氷狼が対峙した時、地面に籠がそっと置かれた。中身を確認した彼が、意外そうな顔をしてこちらを振り返る。氷狼はその間もお利口にお座りをしたままだ。

 小走りで戻ってきたジークの表情は柔らかい。


「メリッサ、見てくれ!」


「木苺にブルーベリー。あとは、ヤマモモかしら? 全部氷漬けにされてるわ」


 全て食べれられる木の実だ。お返しを持ってきてくれたのだろうか。それにしても、氷漬けにして持って来てくれるなんて。なんて粋な計らいだろうか。一粒ブルーベリーを手に取り口に入れる。

 シャリッとシャーベットのように凍ったそれに、もう一つ手を伸ばした。


「ふふ、美味しいわ。アイスを食べているみたい」


「本当だ。こんな暑い日にはピッタリだな」


「氷狼って熱さに弱い魔物よね? あんなところにいて大丈夫かしら」


 じっといい子でお座りをしたまま動かない氷狼。悪意もなさそうだし、木陰に入れてあげてはどうだろうか。バルカンを見れば嫌そうに眉をひそめた。


「ナウゥ!」


 そんな中、ペルーンが高い鳴き声を上げた。自分も食べたいと私に口を開けて強請っている。

 ふふふと笑って氷漬けにされた木苺を小さな口に放り込む。すると美味しそうにシャリシャリと涼やかな音を立てながら咀嚼する。そんなペルーンをバルカンがちらりと見つめた。

 こくんと小さく飲み込む音が聞こえ、初めて食べる氷漬けの果実に尻尾を振った。「もっとちょうだい」と言うように見上げてくる。

 先ほどのペルーンのように、興味がない振りをしながら、バルカンも氷漬けの果実が気になっている様子だ。

 ならばと、一番大きなヤマモモを摘まんで、ペルーンにあげようとした時、バルカンが咳払いをした。


『そんな大きなもの、チビにはまだ早い』


「そうかしら?」


『ああ、そうだ。口に入らないだろう』


「なら俺が食べようか?」


『何を馬鹿なことを。氷漬けにされているから硬いはずだ。人間の歯などたつわけがない! お前たちの歯が折れてはならんから、我が食べてやろう』


 仕方がないといった態で、バルカンが口を開けた。きっと氷漬けの果実を食べたら、バルカンは次も食べたくなるはずだ。

 大きな口の中にヤマモモの氷漬けを放り込むと、目を閉じて舌鼓を打っている。その隠しきれない表情に、今が絶好のチャンスとばかりに氷狼を呼び寄せた。

 私が「おいで」と言った瞬間、嬉しそうに駆けてくる。次にバルカンが目を開けた時には、私の隣でぴしりと氷狼が背筋を伸ばして座っていた。

 ムッとするバルカンに、氷狼がいれば氷漬けの果実よりもさらに美味しいアイスが食べられると説得する。


『アイスとはなんだ』


「アイスはね。冷たくて、甘くて、口の中に入れるとすーっと溶けてなくなっちゃうのよ」


『むむっ!? 冷たくて、甘くて、すーっと溶けるだと……?』


 なぞのアイスに、困惑しながら考え込んだバルカンが、また一つ咳払いをした。


『ま、まぁ。お前たちがどうしてもそれを食べたいのなら、こやつを縄張りに入れるのを許可してやってもいい』


「ええ、私とっても食べたいの。ねっ、ジークもそうでしょう?」


「ああ、夏にはアイスが欠かせないからな!」


『し、仕方がないな。我は寛大なる聖獣ぞ。お前たちの願いをかなえてやろう!』


 バルカンのお許しも出たので、しゃがんで氷狼に触れる。さらさらと冷たい毛並みが気持ちがいい。私の手に頬ずりをして、嬉しそうにパタパタと尻尾を振った。

 怪我も完治したようで、洞窟であった時よりも元気そうだ。


「氷漬けの果実を持ってきてくれてありがとう。あなたが元気でいてくれて、本当に嬉しいわ」


「アゥーン」


 暑いところが苦手な氷狼を木陰に招く。そして、水筒を取り出すと、皿に妖精の泉の水を注いだ。美味しそうに喉を潤す氷狼。その姿に、以前あった生きることを諦めているような印象は見受けられなかった。


「バフッ!」


 水を飲み終わった氷狼が、嬉しそうに私の顔を舐める。


「あははっ、くすぐったいわ」


 何だかやっぱり、初めて会った気がしない。じゃれついてくる氷狼を撫でていると、カランッと高い音が響いた。

 振り返ればジークがゴブレットに氷漬けの果実を入れて、果実酒を注いでいた。


「はい。せっかく凍ったままもらったから活用しないとな」


 手渡されたそれはとても華やかで、サマーパーティーにピッタリだ。

 冷たく冷えた果実酒を飲むと、先ほどよりもっと美味しく感じる。


「はぁ、美味しい。今日はとってもいいこと尽くめだわ」


 息を吐き、ゆったりと空に舞う花びらを眺めた。まさかこんなに素敵なサマーパーティーが、魔物の森で開けるなんで。


「メリッサ、踊ろう!」


 ジークに手を取られ、花畑の中心でくるりと回る。お酒に酔った熱い頬が、風に撫でられ心地よい。

 聖獣たちも氷狼を気に入ったのか、何だかんだ言いつつ受け入れているようだ。

 くるり、くるりとジークのエスコートに合わせて回るたび、氷狼の前に食材が積まれているのが目に入る。

 どうやら、聖獣たちがアレもコレもと凍らせて欲しいものをリクエストしているようだ。

 早速仲良くなったようで嬉しい。けれど、流石に焼いた肉は凍らせても美味しくないと思う。

 困り果てた顔をして、氷狼がこちらを見ている。そろそろ聖獣たちを止めに入ったほうがいいだろうか。

 花の香りに包まれたサマーパーティーが、謎の試食会に発展するまであと数分。

 きっと忘れられない夏の思い出になるだろう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 書籍の続きが読みたくてこちらに来ました。 森に入ってからの優しい生活と景色が好きです。 人物や情景の描写が丁寧で、甘さと辛さ両方を楽しめる素敵な作品だと思います。 [気になる点] 暫く休止…
[一言] 紙本、手に取り楽しく読了しました。二人の今後と周りのざまぁがとても気になります。続きお待ちしています。
[一言] バルカンが気にしていたのは、氷狼だったんですね。 よくなってよかったです。 氷狼と仲良くなったことで、氷を使った料理も作れるようになったので、料理のバリエーションも増えることでしょう。
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