魔物の森のサマーパーティー 一
今日は待ちに待ったサマーパーティー。
会場はこの時期、バルカン一押しの穴場スポットだ。まだどんな場所なのか教えてもらっていないので、昨夜からずっとワクワクして眠れなかった。
それほど遠い場所ではないらしいので、荷物が多くなっても大丈夫だろうか。籠の中にピクルスやジャムなどの瓶詰を詰める。そうだ、赤い果実のコンポートも持って行こう。保存食が並ぶ棚から、今日は無礼講だと手を伸ばした。
肝心の赤スグリの果実酒も入れて、戸棚の奥から分厚いガラスでできたゴブレットを二脚取り出す。年代物のそれは、ガジルさんがお酒を飲むときに使っていた取って置きのものらしい。壊れないように厚手の布で巻いて籠に入れよう。あとは生で食べられる朝摘みの新鮮野菜にリモールと調味料。
そうそう、聖獣たちに内緒で作ったクリームチーズも忘れず詰めなくては。果実のコンポートと木苺のジャムを添えれば立派なデザートだ。
温めた首長羊のミルクにリモールを加えると、乳脂肪分とホエイが分離する。それを回遊蚕の薄い布で水切りすれば簡単にクリームチーズができるのだ。今回はデザート用なので水切りしたそれに、岩塩ではなく樹液の粒を加えしっかりと練った。きっと甘くて口当たりの良いそれに聖獣たちも喜んでくれるだろう。
メインはジークが現地で、鉱石猪を焼いてくれるらしい。大きな肉の塊を昨日の夜からスパイスとハーブでマリネしている。赤スグリのチャツネも一応持って行こう。きっと脂の乗った肉に甘酸っぱいソースがよく合うだろう。
「メリッサ。ミーティアコーンの粉はこのくらいで良いか?」
「ええ、十分だわ。ありがとうジーク!」
先日、バルカンが大きな円形の石を二つ、転がしながら持って帰ってきた。苔にむされたそれは、ガジルさんが使っていた石臼だったのだ。
なぜそんなものが家から離れた所に打ち捨てられていたのか。納屋があるのだからそこに仕舞えばいいのに。そう怪訝に思っていると、視線の先にペルーンが毛糸玉を転がして遊んでいるのが目に入る。まさかとバルカンを見れば、何かやましいことがあるのか視線を逸らされた。
きっと、大きな聖獣もガジルさんが去った後、一人で過ごすのは暇で仕方がなかったのだろう。
バルカンの元遊び道具から苔を落とせば、見違えるほど綺麗になった。それぞれ石の断面に細かい筋が入っており、一つは中心に穴が開いている。きっとここからすり潰したいものを入れるのだろう。
二つ重ねて、側面に一か所だけある窪みに適当な木の棒を刺し込めば、石臼らしい形になった。試しに乾燥したミーティアコーンを入れてみる。棒を押すように、石臼の外周をグルグル回るだけで、ゴリゴリと細かい粉ができたのだ。
それからは、ミーティアコーンの粉でパンのようなものを作っている。パンと言ってもぺったんこの生地だが、ほんのり甘くて野菜やお肉を巻いて食べると美味しいのだ。
「じゃあ、そろそろ俺は先に会場に行ってセッティングしておくよ。肉を焼くのに時間がかかるからな。いま持って行ける荷物はこれだけか?」
「あ、ジーク。ちょっと待ってて!」
先ほど私が詰めた籠と何枚も大きなバナの葉で包んだ肉の塊をジークが担ぐ。外に出ようとする彼を慌てて引き留め、回遊蚕の風呂敷で作った包みを手渡した。
「シャツが完成したの。きっと火を使って汗をかくはずだから……あの、もしよかったら着替えとして持って行って?」
「できたのか! ありがとう大事に着させてもらうよ。中を見て良いか?」
「ええ」
荷物を降ろし、ジークが嬉しそうに風呂敷を広げる。
刺繡をどうするか本当に悩んだが、シンプルな蔦の模様を入れた。ジークが顔をほころばせ、大切そうに刺繍の絵柄を辿るように撫でた。
「メリッサは刺繍の腕前も良いんだな。本当に見事だ。ありがとう!」
「ふふ、刺繡にはちょっと自信があるの」
「こっちは、髪紐?」
「ええ、髪も伸びてきたし、最近は特に暑そうだったから。良かったら使って」
シャツやワンピースを作る際、使わなくなった切れ端を使って髪紐に加工したものだ。細くリボン状にした布に、ただシャツと同じ蔦の刺繍を刺した簡単な作りだ。
「ペルーン、ちょっとこっちにきて」
「ナゥン」
小さな聖獣の首には同じ柄のリボンが結ばれている。それを見せびらかすように、ピシッと背筋を伸ばして座るペルーンは、どこか誇らし気だ。
「ふふふ、バルカンと私のもあるわ。みんなでお揃いなの!」
『おい、そろそろジークたちは先に行って準備をしたほうがいいんじゃないか?』
のそりとキッチンからバルカンが顔を出す。生憎、バルカンは首にリボンをすると立派なたてがみに埋もれてしまうので、試行錯誤のうえ一か所だけ三つ編みを作って結んだ。
ちょっぴり可愛らしい装いのバルカンに、ジークが目を剥く。ぐっと何かを堪えるように、息を飲むと荷物を担いだ。
「そ、そうだなっ! じゃあ、ペルーンと先に行って準備しておくから、ゆっくり来てくれ!」
鼻をひくひくと膨らませながら、早口でしゃべるとそのまま足早に家を出て行ってしまった。私は似合うと思うのだが、気難しい聖獣が可愛らしく三つ編みをしている姿は、やはり面白いのかもしれない。
ちらりとバルカンを見れば、不思議そうに首を傾げられた。思いのほか、本人は気に入っているので良しとしよう。
それよりも、ジークはゆっくりでいいと言っていたが、私も早く行って準備を手伝わなければ。早く薄いパンを焼かなくては。
挽き立てのミーティアコーンの粉に水と岩塩、それから溶かしたバターを加え捏ねていく。耳たぶくらいまで柔らかくなったら、小さく丸めた生地を薄く伸ばしてフライパンで焼くのだ。
少しだけ生地が膨らんできたらひっくり返す。所々、美味しそうな焦げ目がついている、これを何度も繰り返し、皿の上にはこんもりと薄いパンが積みあがった。
粗熱を取っている間に、ワンピースに着替えよう。
「バルカン、摘まみ食いは駄目よ?」
皿の上をじっと見つめるバルカンに念を押してキッチンを離れた。
回遊蚕の布に花と蔓を刺繍したワンピース。それを着てくるりと回れば、裾がふわりと広がった。まるで花が風に靡いているようだ。
王都の人気デザイナーが作るワンピースと比べたら足元にも及ばないが、今までパーティーで着たどのドレスよりも気分があがる。
「バルカン、どぉ?」
『ふむ、悪くないだろう』
「ふふふ、ありがとう。私もリボンで三つ編みにしようかしら」
バルカンのたてがみを何度も結ったおかげで、三つ編みなんてお手のものだ。緩く一つに編み込み、最後にお揃いのリボンを結んだ。肩に垂らした三つ編みの先で、ゆらりと主張するそれにニコリと微笑む。
「さてと、そろそろ行きましょうか!」
『いや、待て。まだ、ゆっくりしておればいいだろう』
「何言ってるの。早く行ってジークたちを手伝わなくちゃ!」
『待て待て、我の腹はあれだけでは満足できん。他に何か持って行こう。そうだ! 彩光ザリガニの泥抜きがそろそろ終わる頃だ。捕ってくるから待っておれ』
何故だか早く行きたがらないバルカンを怪訝に思いながらも回遊蚕で作ったエプロンを身に着ける。瓜酒で寝かすのは時間がかかるので、思い切って一緒に調理してしまおう。
バルカンが帰ってくるまでトマトと玉ねぎを適当な大きさに切っていく。ニンニクと乾燥させたトウガラシ。それから岩塩とハーブ。バターを一匙。これらを壷の中に放り込む。
『持ってきたぞ! 酒に漬け込むから時間がかかるやもしれんな』
「大丈夫、一緒に煮込んでしまうから!」
『えっ?』
バルカンから受け取った彩光ザリガニを縦半分にガコン、ガコン、と切っていく。身がぎっしりと詰まって美味しそうだ。ミソもしっかり入っていて良い味がでるだろう。
野菜をいれた壷の中に押し込み、上から瓜酒をドバドバ流しいれた。最後に蓋をカポリと閉めて準備万端だ。ざっとまな板やナイフを洗ってエプロンを外した。
「さてと、あとは向こうでこの壷を火にかけるだけ。それじゃあ、行くわよバルカン!」
思いのほか早く準備が終わった私に、バルカンがため息をついて重い腰を上げた。
天気は快晴、清々しいほど青空が広がっている。何故だかいつもより足取りが遅く、のろのろと歩くバルカン。
壷を入れた籠を背に乗せているので、そのせいで慎重に歩いているのだろうか。
『メリッサ、止まれ。お前はここで少し待っておれ』
「ええ、分かったわ……?」
私の持っていた籠を取り上げると、バルカンが茂みの奥に姿を隠す。
『おい、準備終わったのか!?』
「思ったより早かったな。これ、どう思う?」
『うむ、良いだろう! ペルーン、メリッサを呼んで来い』
何やらコソコソと話し合いが聞こえる。話が纏まったのか、ペルーンが茂みから姿を現した。
「行って良いの?」
「ナゥーン」
リボンをつけて余所行きの顔をしたペルーンが私をエスコートする。目の前の壁のように塞がれた茂みを掻き分ければ、辺り一面に咲く鮮やかな花畑が目に入った。
「わぁ、素敵! こんな場所があったなんて」
夏の花が勢ぞろいしたかのように華やかだ。暑い日差しをものともせずに、元気よく咲いている。
魔物の森には薄暗く湿っぽい場所も多いが、ここはからりと気持ちがいい。流石、バルカン一押しスポットだ。
「メリッサ、よく似合っているよ」
余りの美しい景色に見惚れていると、ジークの声が聞こえ振り返った。
木陰にガジルさんが使っていた、魔物の皮で作られたシートが敷かれ、その上にお酒や瓶詰めが並べられている。
側には石窯の上でこんがり肉の塊が焼かれており、いつでもパーティーが始められそうだ。
ジークが木陰から出てくると、私の作ったシャツを着てくれていた。一緒にプレゼントしたリボンで髪が結われており何だか新鮮だ。
「あなたも、とってもよく似合うわ」
自分のシャツと対になった私のワンピースを見て、ジークが嬉しそうに破顔する。パッと向日葵が咲いたような、彼の爽やかな笑顔を間近で浴びて、何だか照れくさくなった。
もじもじと俯けば、私たちの間に花冠を咥えてお座りをするペルーンが目に入った。
「まぁ、これどうしたの……?」
「みんなでメリッサに作ったんだ。受け取ってくれないか?」
「~っ、勿論!」
まさか、みんなが私のために花冠を用意してくれているなんて思ってもみなかった。
今まで見てきたどの花冠よりも素朴で美しい。そこに自分の権力や価値観を見出すものではなく、ただ純粋な思いが込められたそれに尊さを感じた。
そっと花冠が頭に乗せられると、ふんわりと優しい花の香りが鼻先をくすぐる。
「とても可愛い花の精だな。羽が生えても飛んでいかないでくれよ?」
頭に感じる優しい重みに、嬉しさを噛み締めていると、コサージュをつけたジークが私の手をぎゅっと握った。
「ぷっ、ふふふ。きっと今日みたいなお空を飛んだら気持ちが良いわね。だけどジークが離してくれないから、諦めてご馳走を食べることにするわ」
ぎゅっとジークの手を握り返し、木陰のシートに腰を下ろしたのだった。






