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魔物の森の入り口

 ガタンッ!


「ゔっ」


 大きく馬車が揺れ急に停車したせいで、強く身体を打ち付け唸る。


 外でゴロゴロと大量に何かが転げ落ちる音と、男達の焦った声が聞こえた。打ち付けた身体をさすり、何があったのかと、そっと窓を覗くが、前の方が良く見えない。


 盗賊に襲われでもしたかと焦ったが、耳を澄ませても緊迫した雰囲気ではない事に、命の危険性は無さそうだと息を吐く。

 けれど、何があったのか分からないので、そっと馬車の扉を開き降りてみると、足にコツンと何かが当たった。


 拾い上げてみると、それは土がついたジャガイモだった。目を丸めて前を見ると、私が乗っている馬車の前に、横転した荷馬車が道を塞いでいたのだ。

 その荷馬車には、大量のジャガイモが積まれていた様で、ゴロゴロと転げ道に散らばっていた。

 足にまたコツンと当たるジャガイモを拾い、両手に持っていると、見張りの一人が私に気づいて慌てて馬車に戻る様に怒鳴る。


 素直に頷いて馬車に戻るふりをし、外の様子を伺っていると、初めて見張りの男達が焦りを出して、此方に向ける視線が弱まった。


「チッ! なんだってこんな時に! 早く道を開けねぇと、約束の時間に間に合わねぇぞ!」


「ああ、分かってる! おい、お前はそっち持て。早く荷馬車を起こすぞ!」


 荷馬車の持ち主と、御者と見張りの男達の四人で、横転した荷馬車を起こそうとしているのだ。



 今だ!チャンスよ!



 頭にスカーフを被り、トランクケースを持って音を立てない様に扉を開くと、足早に馬車の来た道を引き返す様に走る。


 男達の掛け声と大きな音が聞こえる。

 道には大量のジャガイモが転がっているので、それも拾い集めなくては、馬車が通れない。もう少し時間は稼げるだろう。


 今まで、全力疾走などした事がなく、はぁはぁと息が上がる。



 少しでもあの男達と距離を置かなくちゃ!

 街に行けば少しは人混みで紛れることが出来るはずだわっ!


 辺りはすっかり暗くなり、遠くの方で街の灯りがぼんやり見えていた。日頃、運動なんてしないひ弱な脚が、限界を訴えガクガクと震える。

 それでも走り続けると、脚がもつれて盛大に転んだ。


「キャッ!……っ」


 膝が擦りむけジクジクと痛んだ。それでも起き上がって、必死に足を動かす。

 後ろの方から馬の嘶く声が聞こえた。暗くて見えないが、私が逃げ出した事に見張りが気づいたのだろう。

 真っ暗なお陰で、男達も私の事がまだ見えていない様だ。急いで、背の高い茂みに逃げ込みトランクケースを抱えて蹲った。

 段々と大きくなる蹄が地面に叩きつけられる音に、心臓がどくどくと煩い。

 男達の話し声がすぐ近くで止まり、口を押さえて息を潜める。胸を大きく叩く心臓の音が、聞こえやしないかと冷や冷やする。

 男達の声と馬のかける音が街の方へ遠のき、耳を澄ませ聞こえなくなるまで息を潜めた。


 口から手を離し、大きく息を吐き出すと、緊張で固まっていた身体の力が抜ける。擦りむけ痛む膝から、血が滲むのをハンカチで止血して、すぐに立ち上がった。



 早く逃げなくちゃ。

 もっと遠くへ。



 いつ追っ手が引き返して来てもおかしくないのだ。だが、街の方には男達がいるし、馬車の向かっていた先は、ロズワーナ伯爵の屋敷がある。

 


 どっちに行っても捕まってしまうわ。



 茂みの奥に目を凝らすと、鬱蒼とした森が広がっている。たしか、ここの道沿いにある森は、あの魔物の森だ。

 八方塞がりな状況に、両親やロズワーナ伯爵の顔が浮かび、ギュッと唇を噛んだ。

 


 あの人達の言いなりなんて真っ平ごめんよ。

 生きるも死ぬも私の選択で決めるんだから!

 恐ろしい魔物に食べられても、自分の決めた道なら後悔なんてしないわ。



 半ばやけくそになりながら、茂みを掻き分け森の方へ、ズンズンと進んで行く。途中、背の高い茂みに隠れた、木製の柵が森の周りを張り巡らされているのに気づいた。

 森から魔物が出てきた事は無いと聞いているが、人間が森に迷い込まない為の柵なのか。それとも念のために、もし魔物が出てきた時の対策なのか。

 人間を襲う凶暴な魔物なら、こんな朽ちかけの柵など直ぐに壊せそうな気がする。ここまで警備が薄いのは、本当に森から魔物が出てこないのだろう。


 柵を超える前に、トランクケースから護身用にナイフを取り出しストラップで腰に固定する。

 真っ暗な中、トランクケースを片手に持ちながら森を移動するのは危険だと考え、何か良い案は無いかと考えた。



 何かで固定して、背おえたら良いのだけど……。

 ロープみたいな紐状の物があれば良いのに。


 何かで代用できないかと、トランクケースの中を目を凝らして見ていると、雲の隙間から月の明かりが差し込んだ。

 わずかな明かりが、目の前の柵を照らし、蔦状の植物が巻きついているのが見えた。



 これだわ!



 雲が月を隠す前に、急いで蔦をナイフで切ると、グルグル腕に巻き取った。

 グッと引っ張り強度を確かめると、しっかりとした強度と、伸縮性のある蔦に、これなら簡単にちぎれる事はなさそうだと頷く。

 暗くてよく見えないが、この蔦はもしかするとゴモの蔦かもしれない。生の状態だと、この蔦と同じような特徴があり、乾燥させると伸縮性がなくなって、更に強度が増すのだ。

 そのため、生の状態できつく縛り、そのまま数日乾燥させると、縛った物をしっかり固定する事が出来る。ゴモの蔦は見た目が無骨な為、貴族の間ではあまり見かけないが、平民の生活の中で様々な使われ方をしているのだ。


 この蔦は、他にも役に立ちそうなので、巻き取れるだけ巻き取とり、腰のストラップに結んだ。

 それにしても、もしこれが本当にゴモの蔦なら、私のひ弱な力でも簡単に切れたこのナイフの切れ味は相当な物だ。

 手を切らない様に、慎重に扱わないと、指の一本でも簡単に切り落としてしまいそうだ。

 最初に収穫した蔦を輪っかに結んで、8の字を作るとトランクケースを固定し、腕を通せる様に蔦を括り付けた。

 試しに背おってみると、思っていたよりも伸縮性のお陰で背おい易い。


 よし、と気合を入れて自分よりも背の高い柵に足を掛けた。

 一瞬、昼間の客達の会話が頭をよぎり、躊躇し止まりかける脚を、無理やり動かす。

 朽ちかけの柵がグラグラと揺れ、おっかなびっくり飛び降りた時、ワンピースが引っ張られビリリと嫌な音が鳴った。

 どうやら柵に、ワンピースの裾が引っかかり破れてしまった様だ。暗くて確認できないが、手で触ると裾の方が破けている。



 ワンピースの裾が破けたからって何よっ!

 こんな事で一々驚いていられないわ。



 フンスッと鼻を鳴らし、震えそうになる脚に喝を入れた。

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