果実酒作り
机には沢山の瓜酒と赤スグリ。
これらはすべて本日の戦利品。あの後、ジークの気分が落ち着くまでのんびり過ごしていると、ペルーンが口を真っ赤に染めてやってきた。
ぎょっと目を剥く私たちに構うことなく「こっち、こっち」と言うように、ワンピースの裾を引っ張られた。ペルーンに連れられた先には、背の低い赤スグリの木が何本も生えていたのだ。私たちに大きなお尻を向けていたバルカンがこちらを振りかえると、ペルーンと同様に口を真っ赤に染めていたのは言うまでもない。
一粒食べれば頬がぎゅと刺激されるほど酸っぱい赤スグリ。酸味に強くないはずの聖獣たちは、以前よりも酸っぱいものも食べるようになった。きっと、毎日お風呂上がりに飲むリモネードや、こんがり焼いた魔物の肉にリモールの果汁を絞って食べるので、酸味に慣れてきたのだろう。
みんなで赤スグリを収獲しながらこの果実をどう調理しようか話し合った。その結果、半分はジャムに、もう半分は瓜酒に漬けることになった。
丁度ジークが沢山の瓜酒を収穫してくれたので、彩光ザリガニの臭み取り以外に幾つか果実酒を漬けようと話していたのだ。
瓶の中に赤スグリと樹液の粒を入れる。ルビーのように光る艶々の果実と琥珀色の結晶が美しい。机に顎を乗せて眺めていると、瓶越しにペルーンと目が合った。
「ふふふ、これは食べちゃダメよ。今から瓜酒で漬け込むの」
「クナァーン」
ナイフでひょうたんのヘタを切り落とし、ゆっくりと透明な液体を注ぐ。すると、トクトクと注ぎ口から高い音が鳴なる。その軽快なリズムに合わせ、バルカンが上機嫌に尻尾を揺らした。鼻歌でも歌い出しそうだ。
きっと完成を一番心待ちにしているのはバルカンだろう。昔、ガジルさんが漬けた赤スグリの果実酒を飲んだことがあるらしい。瓶の中に注がれてゆく瓜酒を、懐かしむように目を細めて見つめている。
『あまり傾けすぎるなよ。滓まで一緒に入ってしまうぞ』
「ええ、わかったわ」
最後の一滴まで入れたいところだが、瓜酒の底には滓が溜まっているらしい。全て入れると折角美しい果実酒の色が濁ってしまう。なので慎重に慎重に傾ける。
瓶の中が瓜酒で満たされた頃、指についた雫をぺろりと舐めた。瓜酒の青々しくて爽やかな香りと、舌の上にキリッと辛いお酒の味がする。最後にじんわりと甘みが広がり、喉が熱くなった。
思っていたよりお酒の度数が高いのかもしれない。蒸留もされていない植物が自然に発酵してできたお酒なので、それほど強くないと思っていた。
よく考えれば、お伽噺に出てくる妖精の木だ。人間には到底理解できない何かがあるのだろう。
『まだ若いだろう? この青いひょうたんが飴色になるまで熟成させると、もっと味わい深い良い酒になるぞ』
「それじゃあ、余りはこのまま保管しておきましょうか。それより、若いのに果実酒にしても良かったの?」
『ああ、これはこれで美味いぞ。果実と樹液の粒が溶けだしてこの時期ならではの爽やかな味になる』
「へぇ、そういうものなのね」
お酒の世界は奥が深いようだ。興味深そうに瓜酒を眺める私に、バルカンが不思議そうな顔をした。
『なんだお前、酒を飲んだことないのか?』
「果汁で希釈されたものは飲んだことがあるけど、濃いお酒は飲んだことがないの」
夜会ではお酒に弱い者や慣れていない者のために、果汁や水で希釈したのもが提供される。貴族社会ではお酒を嗜むのもマナーの一つだ。そのため、デビュタントをしたばかりの人間も口にする。
若い子女や子息が慣れないお酒に失敗しているのを壁の花になりながら何度も見てきた。幸い私がこれまで飲んできたお酒は随分と薄めに作られていたようで、一度も足元がおぼつかないなどという失態を犯したことがない。
それでなくても無色だからと他の貴族たちから嗤われていたので、酔って醜態を晒すのなんてもってのほかだった。そんなことをしたら、お父様やお母様が大激怒するに違いない。
そういえば、ディラン様との婚約が決まってからは、顔に傷がつくことを恐れた両親は、頬を打つよりも怒鳴り物置小屋に私を閉じ込めることが多かった。よくお父様の許しが出るまで食事も抜きだと使用人に鍵を閉められたものだ。
真っ暗で寒くてお腹がすいて、唯一の明かりは窓から差し込む月明かりだけ。あの時は泣きながら膝を抱えて、扉が開かれるのを待つばかりだった。
しかし今の自分なら、木箱を踏み台にしてよじ登ってでも脱出していただろう。それか、窓から手を伸ばし、小屋のすぐ側に生えている林檎の木から果実を拝借していたかもしれない。そして空腹を満たしながら、のんびり扉が開かれるのを待つのだ。
あの頃と違い、随分と神経が図太くなった。きっと、ニタニタと嫌味な笑みを湛え扉を開けに来た使用人は、けろりとした顔で部屋から出てくる私に目を丸めたことだろう。
膨れ上がった想像に、思わず肩が揺れた。 一人で笑い出した私に、聖獣たちの視線が集まる。そんな中、ジークがキッチンから顔を覗かせた。
「メリッサ、お湯が沸いたぞ。……何か面白いことでもあったのか?」
『さぁ?』
「ナゥン?」
もしかすると、私の心臓に毛が生えだしているのかも。そんなことまで考えて、ぷっと小さく噴き出した。そんな私に、きょとりとジークたちが顔を見合わせている。どう説明すればよいのか。こんなに面白い話なのに、きっと人が聞けば悲しい過去に目が向いてしまうだろう。それは何だか勿体ないので、くふくふと口元を押さえて首を振った。
「っんふふ、いいえ。何でもないわ。それよりお湯も沸いたことだし、彩光ザリガニを茹でましょうか!」
『そうだな! 早く彩光ザリガニで一杯やろうではないか!』
私の言葉を聞くや否や、誰よりも早くキッチンに飛び込んだバルカンの後を追う。そして煮えたぎる大鍋を前に腕まくりをしたのだった。
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