瓜酒の収穫とアクシデント 二
※嘔吐シーンに近いものがあります。ご注意ください。
『ほぉ、あやつ中々やりおるな』
感心するバルカンの声に頷き、今朝がた「木登りは得意なほうだ」と白い歯を見せて笑っていたジークを思い出す。その言葉通り、彼は重力を感じさせないほど軽々と瓜酒の木に登って行った。
何の問題もなくお目当ての瓜酒を手に取ると、ジークが次々と籠の中に入れていく。これなら本当に解毒薬を使う必要はなさそうだ。知らぬ間に入っていた肩の力を抜いた。しかし、そろそろ籠もいっぱいになる頃。何故が一つの瓜酒を手にした瞬間、ジークがピタリと動きを止めた。
『ん? どうして動きを止めたのだ?』
「なんだか様子が変ね……」
バルカンと小声で話しながらジークの手元を凝視した。すると、彼の掴んでいるひょうたんに、小さな毒熱猿が貼りついているではないか。どうやら毒熱猿の子どもが一匹ひょうたんに抱き着いていたらしい。よく見れば母親らしき魔物は少し離れた枝の上でだらりと酔いつぶれている。
『むむっ!?』
「ど、どうしよう!? 鳴き声を上げられたら他の毒熱猿が起きちゃうわっ!」
ジークと小さな毒熱猿が至近距離で見つめ合っている。これは由々しき事態だ。
毒熱猿の子どもが鳴き声を上げようと大きな口を開いた瞬間――。
ジークがその口めがけて何かを放り込んだ。
毒熱猿の子どもは突然のことに動きを止めて、きょとんとしている。沈黙が続くなか、幼い魔物は次第にジークから興味がそれたのか、必死に何かを味わうようにもごもごと口を動かし始めた。
「あ、危なかった……」
『ジークは何を子猿の口に入れたんだ?』
胸を撫で下ろしバルカンと小声で訝しんでいると、腕の中のペルーンが異様に静かなのに気がついた。そう言えば、戻ってきてからずっとだ。先ほどまで遊ぶ気満々だったのに、寝ているのだろうか。大人しいペルーンを覗き込めば、綺麗な瞳はしっかりと瓜酒の木を見つめている。
いつもと違うところと言えば、何故か片側の頬がぽっこりと膨らんでいた。これは正しく、毒熱猿の子どもと同じような顔をしているではないか。
「あら、ペルーンあなた何食べてるの?」
「クナッ」
私の問いかけに、ぎくりと尻尾を跳ねさせたペルーンが、何かを隠すように小さな両脚で口を押えた。まるで、「やましいことがあります」と言わんばかりに金色の瞳が泳ぎ出す。
「ペルーン。それは、なぁに?」
「クナ~……」
観念したようにペルーンがそろりと口を開ける。小さな舌の上には、ころりと琥珀色の欠片が乗っていた。これは蜜の木から採れる樹液の粒だ。ペルーンの口の中にあるものは半分に割られたような形をしている。
もしかすると、ジークはこの残りの半分を毒熱猿の子どもにも食べさせたのかもしれない。そうだとしたら、持ってきた手持ちの樹液の粒はもうないはずだ。
『しおらしく戻ってきて怪しいと思ったら。さては、瓜酒の木に登らないかわりにジークに樹液の粒を貰ったな!? あれをほとんどお前が独り占めしたのにまだ足らぬか!』
「グナゥ~」
もしもの時のために用意したお口直しの樹液の粒。ジークが解毒薬を飲む羽目になった場合、必要になると思って持ってきていたのだ。
けれどここへ来る途中、荷物の中から目ざとく樹液の粒を発見したペルーンにほとんど食べられてしまった。
近頃ますます食いしん坊に拍車のかかっているペルーンを侮っていた。気づいた時には既に遅く、一粒しか残っていなかったのだ。
「しぃー! 二人とも静かにっ!」
こんなことなら最初から隠さず食べては駄目だと言い含めておけばよかった。けれど、もし話していれば、ペルーンの可愛いおねだり攻撃を受けることになるだろう。それでも、自分が堪えれば済む話。
あのうるうるとした瞳で訴えてくるのを断腸の思いで断るのだ……。
一つくらいなら、なんて包みを開いてしまいそうだ。そうすると、聖獣たちに群がられるのは目に見えている。現に日頃から同じようなことを繰り返しているのだから。
バルカン曰く、聖獣は人間と同じものをいくら食べても害はないらしい。なので彼らがいくら摘み食いをしようが健康上問題がないのは救いだ。
太りもしないなんて、美容に心血を注ぎコルセットで無理やり体を締め付けては美しく魅せる貴族の令嬢たちからすれば、羨ましくて仕方がないだろう。
はぁ、と深いため息を漏らす。すると、私が怒ったと勘違いしたのか、ペルーンが耳をしゅんと垂れ下げた。こんな姿も可愛いのだから参ってしまう。
しかし、反省よりも今はジークだ。顔を上げると、既に収穫を終えたのかジークが瓜酒の木から降りていた。足早にこちらに向かってくる彼に、ほっとしたのもつかぬ間。
毒熱猿の群れから出るあと一歩の所で、ジークの足元に転がっていた一匹の魔物がごろんと寝返り打った。
――ぷすり。
「っ!?」
ばっと脚を見て眉間に皺を寄せたジークの様子に、慌てて木の陰から身を乗り出す。
「えっ……今、刺さらなかった?」
『いや、いや、まさか。いくらなんでも、そんなことあるか……?』
誰もが予想だにしなかった出来事に目を剥いた。見間違いだと思いたい。そうであって欲しい。しかし、ジークの表情がどう見ても硬いのだ。
「やっぱり、刺さったんだわ! どうしよう!?」
幸い突き刺した魔物は気づかず大きな鼻提灯を膨らませている。それよりも問題なのは、木の上からあの子猿がじーっとジークを見つめていることだ。
『まずいな。地面に膝をついた瞬間、今度こそあの子猿が母猿を起こすぞ』
「大変! ジーク、早く解毒薬を飲んで!」
一歩、二歩と段々動きが鈍くなっていくジークが、観念したように懐から小瓶を取り出した。片手でコルクを弾き飛ばし、ぎゅっと目を瞑って禍々しいそれを一気に煽る。
解毒薬を進めたのは良いが、もし倒れたらどうしよう。毒熱猿の毒に打ち勝つ前に、あの恐ろしい液体に身体が拒絶反応を起こすのではないか心配だ。
固唾をのんでジークを見守っていると、突然、彼の瞳がカッと見開かれた。そして、鈍かった足取りが風を切るように動きだす。
そして驚くほど俊敏にジークが私たちのいる木の陰に身を潜ませた。解毒薬の効果は抜群だったらしい。しかし、彼の顔色は真っ青だ。
『ふむ、どうやらジークが子猿の死角に入ってことなきを終えたな』
バルカンの言う通り、あれほど視線を向けていた毒熱猿の子どもが、今では指をしゃぶりながらウトウトと眠りにつこうとしている。それを聞いて安心したのか、ジークが胃を押さえ両頬を膨らませた。
これはもしかしなくても、飲み込んだ解毒薬が口から飛び出そうになっているのではないだろうか。
「ジーク! 大丈夫!?」
背中を擦ろうと、彼の収穫籠を下ろさせる。顔を覗き込めば、真っ青を通り越して紙のように白い。
『おい、吐くな。効果が薄れる』
「んむぅ!?」
バルカンが大きな肉球で彼の顔をむぎゅりと押さえつけた。ジークがもがくように自分の顔の上に乗った大きな前脚を掴むが、一向に外れない。
『ほれ、ジーク。早く飲み込まんか』
「っう~!」
『ほ~れ、ほれほれ、また我が担いで帰るのは御免だぞ』
むぎゅり、むぎゅり、とジークを押さえつけるバルカンに慌てて止めに入った。これはもしかしなくても、ジークがペルーンに樹液の粒をあげたことを根に持っているのかもしれない。
あの場でペルーンにあげないと引き下がらないのをバルカンもわかっているはずだが、食いしん坊のプライドが許さないのだろう。
いくら持ち上げようとしても、バルカンの脚はびくともしない。すると、びくりと震えたジークから、ごくりと解毒薬を飲み下す音が聞こえたのだった。
素敵なご感想をありがとうございます。
100回目を投稿していたとは気づかずお祝いの言葉をいただけて凄く嬉しかったです。
これからも更新頑張ります!






