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瓜酒の収穫とアクシデント 一

『こらチビ、今日はそっちではない。チョロチョロするな置いて行くぞ!』


 バルカンを先頭に瓜酒の木を目指す。どうやら目的の場所は、いつも出歩く道から少しそれるようだ。歩きなれた獣道。そこから脇道に入るだけで、魔物の森の表情はガラリと変わる。

 真っすぐにそびえ立つ杉林。威圧感さえ漂うそれは、まるで何かを守る兵隊のようだ。

 家に帰ったらノートに道順を書き込まなくては。こうして新しい場所へ足を踏み入れるのは毎度のことながら緊張する。けれど、それと同じくらい胸が躍るのだ。気分はさながら物語に出てくる冒険者のよう。いつか魔物の森の地図を完成させることが、ここへ来てから新しくできた私の夢だ。

 これまで書き記したその場所すべてに様々な思い出がある。地図を見ればいつでも新鮮にその時の記憶を呼び起こすことができそうだ。なんて素敵な宝の地図だろうか。きっと今から起こる出来事も、色あせることなく思い出せるはず。まだ見ぬ瓜酒の木に思いを馳せた。


 緑の兵隊たちが立ち並ぶ厳しい雰囲気のなか。脚を進めると、ひときわ異彩を放つ奇妙な大木を見つけた。


『あれが瓜酒の木だ』


 少し離れた場所で脚を止めたバルカン。それに従い、周りを警戒しながら木の陰から目を凝らす。瓜酒の木は幾つもの太い蔦が複雑に絡み合い、一本の大木のようになっていた。

 太い幹からぐにゃりと枝分かれした蔦。まるで今にも動きだしそうだ。そこによく見知ったひょうたんがぶら下がっている。瓜酒の木自身が「一杯どうだ?」と自慢のそれを勧めているようだ。


「まぁ、なんて不思議な形をしているのかしら!」


「あのぶら下がっているひょうたん全部が酒なのか……」


 お酒好きには堪らない夢のような木だろう。しかし、誘われるままに近づけばお恐ろしい罠が潜んでいる。なんて言ったって、お酒をちらつかせる陽気な木の周りには、酔い潰れた毒熱猿らしき魔物たちが、そこかしこに転がっているのだから。


『やれやれ、瓜酒の魅力に取り憑かれた猿どもめ。今年もだらしなく酔いつぶれておるわ』


 確かにバルカンが言う通り、ある個体はひょうたんを抱え。これまたある個体は、それを枕にして気持ち良さそうに眠っている。

 こちらの緊張などお構いなしに、無防備な姿を晒している魔物たち。一匹でも目を覚ましてしまえば大変なことになってしまう。ここは気を引き締めて取り掛からなければならない。


『我らはここで待機だ。ジーク、しくじるなよ』


「気をつけてね……」


「ああ、任せてくれ。メリッサの作ってくれた解毒薬もあるしな。けど、これを飲まなくて済むくらい素早く採って戻ってくるさ」


 ジークが禍々しい色の小瓶を懐から取り出して、にこりと笑う。解毒薬なのに見た目は完全に毒にしか見えない。彼の言う通り、あれの出番がないことを願うばかりだ。

 収獲籠を背負いなおし、ジークが足音を立てずに杉の木の間をすり抜ける。その後ろ姿を見送っていると、ふとあることを思い出した。


「あら? ペルーンは……?」


 隣にいたはずのペルーンの姿が見当たらない。おかしい。確かに先ほどまでいたのだ。側の茂みを掻き分け探していると、バルカンが小さく悲鳴をあげた。


『あの馬鹿っ、あんなとこで何をしておる!』


 驚愕に見開かれたバルカンの視線の先。そこには、ジークの背負った収穫籠から、ひょっこりと顔を出しているペルーンの姿。どうやら、ジークについて行くために籠の中に隠れていたようだ。

 瓜酒の木に興味津々といった様子で、興奮して籠から顔を出ている。


「まぁ、いつの間に籠の中に入ったの!?」


『こらチビ、お前が行ったら余計な仕事を増やすだけだ! 戻ってこい!』


 小声で呼びかけるバルカンにペルーンが知らん顔をする。『あやつめぇ……』とバルカンが小さく唸った。その怒りの気配を察知したのか、ジークが怪訝そうな顔をして振り返った。首を傾げる彼に、すかさず「背中、背中!」と指を差す。

 私たちの必死な形相に何か思い至ったのか、ジークが収穫籠を地面に降ろした。そして籠の中に慌てて隠れようとするペルーンを摘まみだす。

 お騒がせな聖獣は、脚をジタバタとさせてついて行く気満々だ。あの様子からして、ちょっとやそっとのことでは諦めないだろう。案の定、地面に降ろそうとするジークの腕に、何が何でも離れないと必死にしがみついている。


『チビのやつ、どうせ瓜酒の木で遊ぶ魂胆だろう』


 バルカンの言う通り、ペルーンは瓜酒の木の上で飛び跳ねて遊ぶ気だ。リモールを収獲する時も、跳ね返る感覚が楽しいのか、枝がしなるほどはしゃぐのでおおかた見当がつく。

 弾力の良さそうな瓜酒の木で飛び跳ねるのはさぞ楽しいことだろう。けれど、そんなことをされたら毒熱猿が目を覚ましてしまう。

 瓜酒の木の見た目からして、ペルーンが興味を示すのは明白なのに。なぜ私はしっかり抱っこをしていなかったのか。

 ついついお伽噺に出てくる不思議な木に夢中で、好奇心旺盛なペルーンのことを失念していた。自分の過ちに頭を抱える。

 解毒薬を作っている時から嫌な予感がしていたではないか。もしや、ペルーンがきっかけであれの出番がくるかもしれない。

 どうしたものかとジークに目を向ける。すると、こちらに背を向けてペルーンと話しをしているようだった。何やら二人でコソコソしている。その様子に首を傾げて待っていると、バルカンが痺れを切らして腰を開けた。


『チビのやつ。どうしても行く気だな? こうなったら、我が首根っこ捕まえて連れ戻しに行ったほうが早そうだ』


「待って。それじゃあ瓜酒の木から離れていても毒熱猿が起きてしまいそうだわ。普段、聖獣を恐れて逃げだす魔物も、酔っぱらっていると危機回避能力が低下して挑んでくるから面倒くさいって言ってたじゃない」


『その時は焼き払えばいい』


「そんなことしたら瓜酒の木にも火が点いてしまうかもしれないでしょう? お酒に火が点いたら大変だわ。だから、もう少しだけ待ってみましょうよ。ね?」


 朝からペルーンにペースを崩されっぱなしのバルカンが苛々しだした。宥めるように、たてがみに埋もれた耳の裏を掻いてあげる。すると、心地良いのかその場に腰を下ろして伏せをした。

 反対側も催促をするように、バルカンが私に首を傾けてみせる。その可愛らし仕草に、ふふふと笑った。

 そうこうしていると、ジークと話がついたのかお騒がせな聖獣が大人しくこちらに戻ってきた。


「ほら、戻ってきた。もう、ペルーンったら。勝手について行ってはだめじゃない」


『ふんっ……人騒がせな奴め』


 私の腕の中にペルーンがおさまるまでしっかり見届けたジークが、籠を担ぎながら困ったように笑っている。あれほど嫌がっていたペルーンをどうやって説得したのだろうか。

 後でジークに聞いてみよう。それよりも今は彼が無事に帰って来れるかだ。何の躊躇もなく進む頼もしい背中に、安全を祈ることしかできない。

 木の陰から見守るなか、ジークがひょいひょいと器用に毒熱猿の間を縫って歩く。足元には酔い潰れた魔物と幾つもの瓜酒の殻が転がっている。それらを踏みつけてしまわないか、見ているこっちがハラハラする。

 そんな私の心配をよそに、彼はあっと言う間に瓜酒の木に辿り着いたのだ。

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