素敵な贈り物
足場の悪い獣道。
いつもはもっと苦労するのに、今日はとっても歩きやすい。ジークが作ってくれた背負いの収穫籠のおかげだ。
普段使っていた手提げの収穫籠は片手が塞がるし、正直歩きにくかった。やはり両手が自由だと動きやすく安全だ。
荷物を背負うことによって、片手で持つより軽く感じる。これなら、いつもよりたくさん収穫できそうだ。
収穫物は多いに越したことはない。何故ならうちには食いしん坊な聖獣が二匹もいるからだ。
彼らの食欲は留まることを知らない。保存食を作りたくても、いつの間にか摘み食いをされてなくなってしまうのだ。
冬の食卓が茶色一色にならないためにも、季節ごとに収穫できる恵みをできるだけ多く瓶の中に閉じ込めておきたい。
ジークはすごく紳士的で、とにかく重たいものを私に持たせたくないようだ。今まで気がつけば荷物を全部持たれていた。
しかし私は彼が思っているよりもか弱くない。無色だからと自身の可能性を諦め、人に頼ってばかりいたあの頃のような自分は卒業したのだ。
それに私の分まで持っていたらジークの両手が塞がってしまう。そうなると、何かあった時の対応が遅れて危険だ。ここは可愛らしい動物だけが生息する森ではない。危険な魔物が潜む恐ろしい森なのだから。
彼の私を心配してくれる気持ちはすごく嬉しいし、親切を無下にしたいわけでもない。なので、たまに甘えることもあるかもしれないが、自分で持てる範囲のものは持たせて欲しいと伝えた。
ただ、手提げの籠は乾燥した蔦だけで編んでいるため、持ち手が硬く長時間持っていると、どうしても手が赤くなってしまう。重いものはジークが持ってくれるため別に我慢できないほどでもない。
私自身あまり気にならないのだが、ジークはそうもいかなかったようだ。私の肌は少し赤くなっただけでも大袈裟に見えてしまうらしい。そのせいですごく心配される。
こんなのは怪我でも何でもない。さすればすぐに治る程度のもの。そう伝えると、まるで壊れ物を扱うように、彼が優しく私の手をさするのだ。何だかそれが心地良くて、ちょっぴりくすぐったかった。魔物の森に来る前は、打たれた頬が腫れようが両親は体裁を気にするだけで私を心配しなかったし、学園で顔色が悪かろうが誰も気にも留めなかったのに。まさか、こんな些細なことまで気にしてくれる人がいるなんて。
聖獣たちもジークもみんな優しくて、たまに胸がいっぱいで溺れそうになる。言葉が詰まって何も言えなくなるのだ。私も彼らに同じくらいの。いや、それよりも、もっと大きな愛を返したい。彼らの優しさに触れる度、心が幸せで満たされていくのだ。
今回ジークが作ってくれた背負いの収穫籠も彼の優しさが詰まっている。肩紐の部分に鞣した魔物の革が使われており、肌に触れても痛くない。革の吸いつくような滑らかな手触りが心地良く、それを楽しむように両手できゅっと握った。これなら手が赤くなることもない。
この籠をプレゼントされた日のことを思い出すと、心がぽかぽかと温かくなる。
あの日は生憎、曇天だったーー。
太陽を隠す分厚い雲のせいで、朝の訪れを知らせる魔物も、どうやら寝過ごしてしまったらしい。
魔物の森の住人達がみんなで少し遅い朝を迎えたその日。目を覚ますと、すぐ側に見覚えのない籠が置いてあった。それには葉っぱのメッセージカードがついている。
"親愛なるメリッサへ
愛を込めてジークより"
何て素敵な朝だろうか。枕元にプレゼントがあるなんて!
まるで、ゴレムの祝日のようだ。カッチェス王国や近隣の国にはゴレムの祝日の朝、寝ている子どもの枕もとに人形のプレゼントを用意する習慣がある。
朝食には、歯が溶けそうなほど甘いアイシングがたっぷりとかかったパウンドケーキが用意される、子どもが主役の夢のような日だ。
平民も貴族も関係なく、たくさんの子どもたちの喜ぶ声で賑わうゴレムの祝日。それには元とされるお伽噺がある。
あるところに、祖父と二人で暮らす少年がいた。贅沢な暮らしではなかったが、両親がおらずとも不自由なく幸せに過ごしていたある日。木こりの祖父が病に伏せてしまった。
心優しく勤勉な少年は木こりの仕事を受け継ぎ、その小さな手で斧を振るう。肉刺だらけの手が沁みようと、泣き言一つ漏らさずに笑顔で祖父の体を拭いてあげる毎日。
しかし、如何せんまだ子ども。大きな樹を一人で切り倒す力はない。祖父が切り貯めていた薪を割り、街で売っては小銭を稼ぐしかできないでいた。高い薬が買えないかわりに、少しでも祖父に栄養のあるものを食べさせてあげたい。
少年はそんな一心で、まだ夜も明けきっていないうちから牛舎の手伝いをした。ミルクを分けてもらうためだ。そして店に並ぶ美味しそうなケーキに生唾を飲み込みながらも、硬いパンを一つ買ってはミルクがゆを作って祖父に食べさせた。どんなに腹が減ろうとも、自分はもう食べたからと笑いながら……。
朝は早くそして夜は遅くに床に就く少年。自分の孫に苦労を強いていることに、祖父は嘆き、申し訳ないと謝った。しかし、少年は疲れた表情一つ見せず陽気に振舞ってみせたのだ。
そんな二人のやり取りを密かに見守っていた妖精がいた。幼い子どもがあくせくと朝から晩まで働く姿に、ただ何となく目を止めたのだ。
妖精は不思議でならなかった。腹を鳴らしているのにお腹がいっぱいだと言う人間を初めて見たから。人間の子どもとは、単純で自分の欲望を正直に主張する無邪気な生きものだと思っていた。
ある日、妖精は小さく寝息を立てる少年の頬に涙の痕を見つけた。なんて健気な子どもだろうか。人間の気持ちに疎い妖精は、漸くそこで少年がついた嘘は祖父を想う優しさだと気づいたのだ。やせ細った頬が哀れで愛おしい。ただ暇つぶしで観察していた日々を思い返すだけで胸が痛んだ。
まだ幼くあどけない少年には、声を押し殺し涙を流す姿は似合わない。この頬が子どもらしくふっくらとするように、少し手助けをしてやろう。そんな思いで妖精は泥人形を作り少年の枕もとに置いた。
翌朝目を覚ました少年は見覚えのない泥人形に首を傾げ、そして目を剥いた。ただの人形かと思っていたそれは、なんと動き出したのだ。
泥人形は言葉こそ喋らないが、少年のように働き者で、太い樹木を切り落としあっという間に祖父の薬代を稼いでくれた。お陰で祖父は元気を取り戻し、食卓には硬いパンではなく甘いケーキまで買えるほどになったのだ。
以前よりも少し贅沢ができるようになっても、少年は驕ることなく泥人形とそれを授けてくれた妖精に感謝した。そして今まで以上に勤勉に働き、祖父と泥人形の三人で仲良く幸せに暮らしたのだった――。
このお伽噺は私にとって憧れでもあり、苦い思い出でもあった。
子どもの頃、枕もとにプレゼントが置かれているのをどれだけ夢見たことか。人間の友達がいなくても、泥人形がいればかくれんぼができる。雷が鳴り響く恐ろしい夜だって、一緒に眠れば怖くない。
もし妖精が泥人形を連れてきてくれたなら、友人や兄妹のように過ごすのだ。ゴレムの祝日の前夜、ベッドに入る時はいつもソワソワと落ち着かず、期待に胸を膨らませていた。しかし結局、私には人形が贈られることはなかった。
お伽噺には教訓として別の結末がもう一つある。それは少年が驕り高ぶり、妖精が怒って泥人形を土に還してしまう噺だ。
そのため、ゴレムの祝日に人形が私のもとに来てくれないのは、自分が悪い子だから。無色のせいで家族を苦しめているから。だから来てくれないのだと悲しくなったのを覚えている。
成長をするとともに、妖精はおらず人形は子どもの親が用意するものだと知った時はショックを受けた。しかしそれよりも、両親からの愛情が自分にこれっぽっちも向いていないことを再認識したのが何よりも辛かった。
けれど、そんな幼い頃の悲しかった思い出が、ジークのお陰で塗り替えられたのだ。人形でなくとも、子どもの頃に夢見たサプライズに胸が高鳴なった。
指先で籠を撫で、隅々まで目を通すと、一つ一つ丁寧に編み込まれた美しい編み目。そこから、私のことを思いながら大切に作ってくれたことが伝わってくる。誰かが手間と時間をかけて、私に手作りの物を贈ってくれる日がくるなんて……。
美しい包装紙も可愛らしいリボンもついていない剥き出しのプレゼント。けれどそれが世界で一番輝いて見えた。
収獲籠を背負ってみると、まだ使い慣れていないからか少し違和感がある。何度も使っていくにつれ、私の背中に馴染んでいくのだと思うと、これから楽しみで仕方がない。
まだ眠っている聖獣たちを起こさぬよう、静かに喜びを噛み締めていると、カタンと物音が聞こえた。
顔を上げれば、ジークが寝室から顔を出し、こちらの様子を窺っていた。「ばれたか……」と彼が照れくさそうに部屋から出てくる。
「ジーク! ありがとう。とっても素敵だわ!」
「気に入ってもらえてよかったよ。あー、えっと。実は俺も……」
こちらを窺うように、カサリと二回りほど大きな籠を取り出したジークに目を見開く。なんてことだ……。
「ジーク……」
「あっ、いや。違うんだ! ただの籠だし。うん、ちょっとペアっぽい感じになっただけでさ。別に他意はないと言うか。いや、ないわけじゃないけど――」
ゆらりと立ち上がりジークに近寄ると彼が焦ったように手を振った。目の前で忙しなく揺れるそれをガシリと掴むと、驚く彼を見上げる。
「嬉しいっ! 初めてお友達とお揃いのものが持てるなんて!」
「と、ともだち……」
『ふん、意気地なしめ。堂々と開き直れば良いものを。肝心な時に怯んで言い訳をしよったな』
ジークでも私でもない、誰かが何かをぼやくような声が聞こえた。後ろを振り返ると、バルカンが大きな欠伸をして伸びをしている。どうやら興奮のあまり声を張り上げていたようだ。
「あら、バルカンごめんなさい。起こしちゃった?」
『まったく、朝から騒がしい』
「ふふふ、おはよう。今日はなんて清々しい朝かしら!」
『……どこがだ? 雨が降りそうではないか』
バルカンが窓の外を眺め怪訝な顔をしているがお構いなしに、うふふと微笑んだ。空は分厚い雲に覆われていても、私の心は晴れやかなのだ。
「あら、ジーク。二度寝するの?」
バルカンに気を取られていると、いつの間にかジークが仰向けに寝転ぶペルーンのお腹に顔を埋めて倒れ込んでいた。さっきまでしっかり目が覚めているようだったのに。
「うん、ちょっと……」
ジークがぽつりと力なく返事を返す。まだ眠たいのだろうか。ペルーンのお腹の上で二度寝をするのは最高の夢心地なので、そっとしてあげよう。きっと彼も、もふもふの誘惑に取り憑かれてしまったのだろう。ぴくりとも動かないジークを見ながら納得顔をする私に、バルカンがやれやれと首を振って瞳を閉じたのだった――。
あの日は嬉しくて嬉しくて、ずっと籠を眺めていた。そういえば、以前ジークに小さな籠をプレゼントされたペルーンは片時もそれを手放さなかった。どこに行くにも持ち歩き、一緒に寝ようとしていたのが今なら理解できる。それほど嬉しいのだ。
きっと私は、あの日の朝を忘れることはないだろう。大切な思い出がまた一つ増えた。背中に当たる籠の感触に笑みを深め、今日は思う存分収穫しようと意気込む。
帰る頃には空っぽの籠が心地良い重みに変わると思うと更に足取りも軽くなったのだった。
お久しぶりです。
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