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無色の令嬢

 はぁ、はぁ、はぁ。


 真っ暗な夜道を、メリッサはひたすら走る。

 走って走って、足がもつれて倒れても、膝から血が滲み出てヒリヒリと痛んでも。


 馬の嘶く声が遠くで聞こえ、これでは見つかってしまうと、背の高い茂みに身を隠し、乱れる息を漏らさぬ様に、手で口を押さえた。


「どこへ行った!?」


「この夜道だ。女の足ではそう遠くへは行っていないだろう」


「もう少し先に、宿屋があったな。そこへ行ってみるか?先回りしよう」


 男達の話し声と、馬が駆ける音が通り過ぎるまで、じっと身を潜める。


「っ、はぁ〜」


 耳を澄ませて誰もいなくなった事を確認して、溜めていた息を一気に吐いた。


 どうやら、街の方へはもう行けそうもないわね。


 血が痛々しく流れる膝に、ハンカチをそっと当て、傷口から血が流れ出ない様にキュッと縛り付けた。

 血の跡を道に作ってしまえば、それを辿り追って来られるかもしれない。


 頭に被せたスカーフがずり落ち、真っ白な髪が月夜に照らされ、慌てて被り直した。




 この世界には魔法が存在する。特に貴族は魔力量が多い。 魔力が強いものはそれだけ、髪や瞳にその者が得意とする属性が、色濃く現れるのだが、バトレイ伯爵家に産まれた私は、魔力をまったく保持していなかった。

 魔力を持たずして産まれるなど事例がなく、成長するにつれ後から魔力量が増えるかもしれないと期待されたが、16歳になってもその予兆すら現れなかった。


 両親は、私が大きくなるにつれて喧嘩が増え、平民よりも魔力が使えず劣る私を恥じた。

 うっすらと残る一番古い記憶は、多分最初は愛されていた。だけど、誕生日が一歳二歳とくるにつれ、優しかった眼差しは冷たくなり、頭を撫でてくれた手は、頬を叩く様になった。

 4つ上に兄がいるが、私にはもともと興味がないのか、それとも嫌いなのか、まともに話した記憶さえない。

 その兄は、王都で仕事を始めてからは、一度も屋敷へ帰って来ていない。


 そんな辛く、何処にも居場所のなかった私に、唯一優しくしてくれる婚約者ができたのだ。名は、ディラン・マルバリー、マルバリー公爵家の子息だ。

 少し癖のある栗色の髪に、まるで新緑の様な綺麗な瞳の穏やかな人だった。


 彼は学園でも華やかなグループの中におり、皇太子殿下とは親類にあたりよく一緒に過ごされている。それに比べ、友達もいない影でひっそりと過ごす私とは、一生関わる事のない相手だと思っていた。


 麗しくお優しい方が、どうして私なんかの婚約者になったのだろうと疑問に思ったが、新事業を起こすにあたり、領地で採れる特産物に両家の間で何かと都合が良かった様だ。

 それでも、魔力のない自分には勿体ないほどのお方だと今でも信じられない。

 両親は王家の血を引く公爵家と繋がりができ領地での事業も盛んになる事を大層喜んだ。


 ずっと、自分のせいで両親を苦しませていると思っていたので、生まれて初めて喜ばせる事ができて私自身とても嬉しかったし、何より優しいディラン様に夢中になった。


 土魔法が得意なディラン様は、植物にお詳しく彼の屋敷ではいつも、お庭でお茶を飲みながらお喋りをした。少しでも彼に近づきたくて、植物図鑑を読み込んで勉強したお陰で、植物にはとても詳しくなった。

 そうやって、お互いの事を知りながら仲良くなっていったのだが、そんな幸せな時間は1人の少女が学園に入学してきた事によって陰りを見せた。


 少女の名前は、サラ・ミゼラ。

 ミゼラ男爵が外で作った愛人の子供らしく、少し前まで平民として暮らしていたそうだ。だがある時、簡単な土魔法しか使えなかった彼女が、何かのきっかけで珍しい光魔法を使えるようになったそうだ。

 その話を聞きつけたミゼラ男爵家が、迎え入れた事により、この学園に今年から通う事になったのだとか。

 お昼休みに、人目に付きにくいベンチで読書をしていると、噂話が大好きなご令嬢達が楽しげにお話している内容が嫌でも耳に入ってくる。

 彼女達の噂話に、度々私の名前も出てきてしまうので、辛い事もあるが、ご学友のいない私にとっては大切な情報源だったりするので、ついついはしたないと分かってはいても、席を立つことができなかった。


 魔法が使えない私からすると、希少な光魔法を使える人間と言うのは雲の上の存在だ。


 すごいと感心していると、聞き捨てならない事が耳に入ってきた。


「殿下達と仲良くランチしていたそうよ」


「まぁ! いくら光魔法が使えるからと言って、食事を共にするなんて! それに、殿下達は既に婚約者の方々がいらっしゃるではないの」


「ええ、はしたないわよね! それで、特に仲が良さそうにお話していたのは、ディラン様ですって!」


「まぁ……メリッサ様はお気の毒ね。魔法が全く使えないご令嬢より、光魔法が使えるご令嬢の方が誰でも惹かれますもの」


 見目麗しい方々に近づくサラの事を怒りながらも、メリッサが気の毒と言いながら、面白おかしく笑う彼女達が、木陰で隠れたベンチに座る私に、気づかず目の前を通り過ぎた。


 彼女達の言葉が頭の中をグルグルと回り、胸が苦しくて息がしにくい。植物図鑑を抱きしめ、浅い息を大きく吸いながら、優しく誠実なディラン様が他の女性に眼を向けることなんて、有り得ないと信じて目を閉じた。


 ディラン様と定期的にしていたお茶会の回数が一回また一回と減っていくに連れて、学園で囁かれるディラン様とサラ嬢は恋仲だと言う噂が真実味を増した頃、いつものベンチで植物図鑑を見ていると、ディラン様が歩いているのを見かけて、声をかけようと立ち上がった。

 その時、別の方向から可愛らしい声でディラン様を呼びかける声が聞こえて、咄嗟に身を隠す様にベンチに座り込んでしまった。


 呼びかけた女子生徒に振り返るディラン様の、優しげで愛おしそうな顔を見た時、やはりディラン様は彼女を愛しているのだと、知ってしまった日はどうやって屋敷に帰ったのか覚えていない。


 近頃、ディラン様との定期的なお茶会がされていない事に両親が感づき、どう言う事かと私に問い詰める。言い訳が出来ずに学園の事を話すと、役立たずがと何度も頬を打たれた。


「相手はいくら光魔法が使えるからと言っても、平民上がりの男爵家だ。このまま向こうが婚約破棄を言ってこないなら、その娘は愛人にでもするのだろう。お前はそのまま結婚できるように繋ぎ止めておけ!」


 父親にそう怒鳴りつけられるが、どうやって繋ぎとめれば良いのか、私には見当がつかなかった。

 それに、ディラン様のあの愛おしそうな顔を見れば、サラ様を愛人にする気はないだろうと、腫れた頬と痛む胸を抱えて1人部屋で蹲った。


 案の定、公爵家から婚約破棄を言い渡された。両家の間で交わされた契約も破棄されるため、一方的な婚約破棄に公爵家から伯爵家へ賠償金が支払われたが、ディラン様ご本人からは私に謝罪の一言もなかった。

 学園で私が笑い者にされている時に、気まずげに目を逸らされた時は、彼の不誠実さに心底幻滅し悲しかった。

 ディラン様が私を愛してくれていなくても、彼の事は誠実な人だと思っていたのだ。いや、思いたかったのだろう。

 そうでなければ、耐えられなかったのだ。


 両親はそれはもう怒り狂って、何度も私を罵倒し張り倒したが、いつもは痛む身体も心も何も感じなかった。


 見える場所に殴られた傷跡が、やっと治って学園に通うと、良く来れたものだと驚かれた。


 私もそう思う。


 だが、屋敷に居ても母からの冷たい視線と言葉があるし、学園に来て笑い者にされても、授業を聞いて勉強をした方が、まだ有意義だと思ったのだ。


 いつものベンチで読書をしていると、口々にメリッサ嬢は面の皮が厚いと、笑いながら噂をする声が聞こえてきた。


 今まで散々、魔法の使えない無色の令嬢だと笑われてきたので、こんな事も慣れているはずなのに……。


 ギュッと握りしめた本が、無意識に選んでしまった植物図鑑だった事に気付いて本を閉じた。

 溜息をついていると、上から影が差し顔を上げると、ディラン様が眉を下げ申し訳なさそうな顔をして目の前に立っていた。


 驚いて見上げる私の手の中に、植物図鑑がある事に気付いた彼が、少し目を見開き口を開きかけたその時、後ろからサラ様がディランと彼を呼び捨てにして此方へ駆け寄ってくる。

 ディラン様は何か話そうとしていた口を閉じ、私に声をかける事なく、彼女の方へ歩いて行くと、腕に抱きついてくる彼女を受け止めた。


 何を言いかけたの?

 婚約破棄をした事を謝るつもりだった?


 遠のく彼の背中をぼんやり眺めていると、突然振り返ったサラ様と目が合った。彼女は私に笑いかけ、幸せそうに彼に擦り寄ったのだ。



 彼女の、どこか勝ち誇った様な笑顔に、自分が惨めで寄り添う2人の背中が、涙で滲み見えなくなった。

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