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丑三つ時に逢いましょう。  作者: シュレディンガーの羊
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午前二時、蠢く闇に蝋燭が消える。




頼りなく部屋の片隅で蝋燭の炎がゆらゆらと揺れています。

ぼうとした薄暗い部屋の中に、いつの間にか墨で染め抜かれたような黒衣を纏った男が立っていました。



――――昔、誰かに聞いたことのあるお話をしましょうか。

――――あなたは聞いたことがあるでしょうか。

――――あなたが生んだ者たちの行く末を。


蝋燭の炎が揺れ、男の影が化け物のように不気味に踊りました。



あなたが生み出した者は、皆、あなたの頭からその文字の中に吐き出されたもの。

本来は形もなく、その存在すらこの世界にはなかったもの。

けれど、あなたはそれを文字としてこの世界に産み落としてしまいました。

不安定なそれは文字の上で確かに産声を上げたのです。

けれど、それは不確かなもの。

あなた以外はそれを知らないのだから当然です。

あなたがいなくなってしまえば、そこにある蝋燭の火のように容易く掻き消えてしまう。



そこで男は一度言葉を切りました。

男が言葉を溢すたびに、闇が濃くなっていくように感じられました。



なら、どうすればいいと思います?

なにがって、それをこの世界に定着させるためにですよ。

あなたも人が悪い。もうわかっておいでになるのでしょう?


――――多くの方の目に触れさせるんですよ。


だって、そうでしょう?

誰かが文字に触れ、それを頭の中に思い描くことで不確かなそれは実態を持っていくのだから。

けれど、それはあくまでその物語に触れた人にとってしか存在しない。

そして、不確かなそれはより自分の存在を確定しようとうごめき始めるわけです。

何を言いたいかって?

だから、もうわかっていらっしゃるんじゃないですか?



風など吹いていないのに、蝋燭の炎が大きく揺らめき、男の影がゆらゆらとゆらゆらと不安定に変化する。




そうですよ。


男の口元が三日月のように弧を描く。



―――――それは、あなたの中に、あなたの物語に触れた人たちの中に、還ろうとする。

あなたが物語に触れるたび、その文字を目で追うたび、それはあなたの背後に形作られていく。



ほら、わかるでしょう?

背後で何かの気配が蠢いているのが。

その恐怖が、またそれを濃密な存在へと変化させていくのですよ。


今宵はたくさんの恐怖が生み出され、あなたはそれに一つずつ触れていった。

この意味は、理解できるでしょうか?

私に言えることは、そうですね。

後ろを振り返って安心しても意味がないということでしょうか。

視界の隅に、無防備な足首に、部屋の明かりを落とすその瞬間に、どうぞご用心くださいねというそれだけでございます。



あぁ、それから、昔の方のお言葉はぜひとも大切にすべきですよ。

黄昏時に、逢魔時。

あぁ……それから、丑三つ時、なんて言葉もありましたね。

それを呼び寄せてしまったら、それは影のようにあなたの後ろをついて回ることでしょう。

はっきり言ってほしい?

そうですね、逃げられない、ということですよ。



それでは、そろそろこんな与太話もお開きにいたしましょう。

随分と話し込んでしまいました。

それでは―――――さようなら。



古びた柱時計が丑三つ時を厳かに告げたとき、すっと空気が変わりました。

ふっと蝋燭の炎が消え、たったいま生まれた暗闇の中を幽かに白い煙が昇っていきます。

蠢く闇の中で、今宵眠るあなたに「おやすみなさい」。






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