隠密メイドの身勝手な忠誠と愛情と婚約破棄
婚約破棄もの第二弾です。
未熟な部分が多々あるかもしれませんが、
少しでも楽しんでもらえると幸いです。
私の名前はシズク。このベルバルト公爵の長男であるカノン坊ちゃま付きのメイド兼隠密部隊の一員です。
わが主カノン様はとても慈悲深いお方。私が過労で倒れた時は使用人相手にもお見舞いしてくれ、記念日にはつたないながらも手料理と鮮やかな花を用意し、労わってくれ、誕生日にはプレゼントまでくれるのです。
そんな素晴らしきカノン様にスラム育ちで荒みきった野良犬のような私を拾っていただき、屋敷に住まわせてもらい、有能なメイドにまで育ててくれた恩は一生かかっても返せないでしょう。
それが気まぐれであったとしても、地獄から救いだし人の幸せを与えてくれたカノン様は私にとって神のそれであり、もはや、この身体いえ一生はカノン様のためにあるといっても過言ではありません。故に私は公私、表裏両面でカノン様を支えるべく、ベルバルト公爵お抱えの隠密部隊に入隊、幸運にも才覚があったのか私は最年少で副隊長に上り詰めました。
ただ、そんなお優しいカノン様ですが、逆に人が良すぎるところが欠点でもあります。ともすれば悪意の的になりかねないほどに。そしてそれが原因か一つの大きな事件が起きました。それは・・・
「聞け!カノン=ベルバルト!この国の王家の一人として、貴様の罪をここに告発する」
「え?」
ここは王国主催の大舞踏会。大貴族から下級貴族まで様々な貴族も集まるその会の宴もたけなわの時に突然この王国の第三王子であるアッシュ王子が声も高らかに宣言しました。
この声に周囲の喧騒は止まり、一様にこちらに集中します。その視点の先はアッシュ王子にカノン様。そしてアッシュ王子に寄り添うカノン様の婚約者エスメラ公爵令嬢です。
エスメラ様は宝石のように輝く銀色の髪ととても愛らしい美貌をもった“白銀の妖精姫”と謳われる国きっての美少女です。そのアッシュ様はいつになく冷たい目でカノン様をにらんでいました。
「アッシュ王子にエスメラ何事だい?僕に罪?一体何の?」
カノン様が呆然とつぶやきました。
「とぼけるな!貴様・・・エスメラ殿という婚約者がいる身でありながら、他の貴族令嬢と逢引をしていたそうだな・・・しかも公爵の身分を利用して乱暴まで!卑劣漢が!」
アッシュ王子の言葉に一同ざわめき始めました
「な、なんのことですか?そんなことは知りません!」
カノン様は呆然しながら、なんとか反論。
「とぼけるな!俺の友人が。貴様がとある令嬢と何度か会っているのをみているのだぞ」
「マリアさんのことですか?た、確かに私は彼女と会ったことがあります。しかし、それは彼女からの誘いで」
「女性のせいにするのか・・・つくづく最低だな!何度もあって、しかも一度は抱き合っていたそうだな。エスメラもその場面を見ているのだぞ」
エスメラ様は何も答えません。しかし、その視線がカノン様を責めたてているものであることは言うまでもありません。
「そして、あろうことか脅して乱暴しようとしたそうだな!幸いなことに未遂で済んだそうだが。証人がいるぞ」
「な、なんですかそれは!僕はそんなことをしていません!」
「言っただろう。証人がいると。この場ではその証人の安全も考え、名を伏せるが、もし必要とあらばその者を呼び、証言させよう」
「な・・・」
言葉を失ったカノン様。そんなカノン様にエスメラ様が冷たい視線で冷たく声をかけます。
「カノン様・・・失望しました」
「え、エスメラ?」
「乱暴などよくもそんなことを。しかもその件だけじゃありません。私とはなかなかお会いせず、しかも私が送った手紙も全て無視して・・・ひどいじゃないですか。私がお嫌いならば何故早く言わないんですか?」
「て、手紙、何のこと?」
もはやエスメラ様は何も言いませんでした。代わりに声高らかに宣言したのです。
「私エスメラ=ラインバルトはカノン=ベルバルト殿の不義を持って婚約破棄をすることを宣言します」
「ああ、我、第三王子アッシュが立会人として王族の名においてそれを認める。異論ある者は前に出よ!」
エメリア様の声とアッシュ王子の宣言に今日一番の周囲にどよめきがはしります。カノン様は顔を真っ青にしています。
「ま、待ってくれエスメラ。これは何かの間違いだ。きちんと調べ・・・」
「黙れ!女の敵!そして貴族の恥さらしめ!せめて罪くらい堂々と認めたらどうだ。もういい、失せろ!貴様の罪は追って王室から正式に沙汰が下るであろう」
自信あふれる言動、そして自然と引き込ませる語り方をするアッシュ王子と反論できず身を震わせるカノン様。事の真偽はともかくその場の勝利者と敗者は決定していました。
何か言いたげな顔をしたカノン様でしたが、アッシュ王子に身を寄せ、肩を抱かれるエスメラ様から侮蔑の眼で見られたことで心が折れたのでしょう。
振り向くととぼとぼと会場を出ていきました。周囲の皆は憐憫・非難・同情・侮蔑様々な負の視線を浴びせています。
「カノン様」
「シ、シズク。違う僕ははめられたんだ・・・!」
「もちろんですとも、このシズク信じておりますわ」
力強く答える私でしたが、カノン様は涙目で顔を悔しそうに歪めています。申し訳ありませんカノン様。あと少しの辛抱ですからね。
数日後
国内の貴族の間でとある噂が電撃のように駆け巡りました。それはアッシュ第三王子が廃嫡になり、郊外の領地に追放されたというものです。その内容というのが公爵子息カノン=ベルバルトに対する偽証罪および脅迫・名誉棄損罪などです。アッシュ・・・もう馬鹿王子でいいですね。馬鹿王子は国きっての美少女であるエスメラ様を自分の物にするために今回の茶番を行ったのです。
まず、カノン様が不義を行った令嬢は金と権力で脅して用意されたもので、暴行の証人とやらも自前で用意した偽物。要するに全てでっち上げの証拠だったのです。
しかもエスメラ様の使用人を金で買収して、カノン様と会える機会を減らす工作をして、エスメラ様の手紙を内々に処分したりしていたそうです。元々悪知恵と女を口説くことだけに定評のある馬鹿王子はエスメラ様を甘言を用いて籠絡し、まんまとカノン様に不信感を抱かせ、その心の隙間にまんまと入り込んだのです。マジでクズですね。
そのあまりに王族としてあるまじきふるまいは到底看過できるものでなく、廃嫡という処刑、投獄に次ぐ不名誉な極みである処分に至ったそうです。ざまぁ見ろですわ。
とにもかくにもこれでカノン様の疑惑は晴れたのです。
ちなみにエスメラ様とその一家は被害者扱いで無罪となりました。当家ベルバルト公爵夫妻としては生温いと憤慨していましたが愛するカノン様の口添えもあって、謝罪だけ受け取り、賠償や処罰はなしで解決となりました。
しかし、馬鹿王子にまんまと騙された間抜けな一族として貴族から嘲笑されて、家の名誉に傷がついたのは確かでしょう。
さて、ここでネタ晴らし。馬鹿王子の失脚の原因は我らベルバルトの隠密部隊です。カノン様から最近いやに親しくする女性がいると世間話で聞き、何かピンときました。
そこで旦那様の許可を得て、隠密部隊の一人として単身、学園に侵入、観察して、この不穏な動きがすぐに馬鹿王子の仕組んだ裏工作であると判明して旦那様に報告しました。
当然旦那様は王様に進言。水面下で片付けようとしたところ、あの婚約破棄があったのです。それで王様は集められた証拠を確認すると馬鹿王子に見切りをつけ、王家の名誉と天秤にかけた結果、馬鹿王子を廃嫡にしたという流れでございます。
まぁ、本当は婚約破棄の話も気づいていており、その前に馬鹿王子の茶番を潰すこともできました。そうすればカノン様が苦しむことはなかったでしょう。
しかし、それでは馬鹿王子の罪は軽微で終わりますし、エスメラ様もカノン様の信用を裏切ったのに何のお咎めなしで結婚することになります。
ですから、あの馬鹿王子とエスメラ様が最も罰せられるタイミングで告発したのです。馬鹿王子は言わずもがな。もし、それでエスメラ様がカノン様から離れても、カノン様を信じられない様な相手ならいなくても問題ないってもんです。カノン様を傷つける相手にはふさわしい結末と言えるでしょうね。
さらにしばらくたって
ある客がカノン様を訪ねてきました。なんとあのエスメラ様です。カノン様の愛情を信じ切れずに馬鹿に騙されたお花畑お嬢様など・・・おっと、言葉が過ぎました。とっとと追い返したいところですが、一応カノン様に報告しました。
「カノン様。“あの”エスメラ様がいらっしゃいました。追い返しますか?いえ追い返しましょう。ご命令を」
「ま、待って!シズク!お通しして!」
慌てて中に招くよう命じるカノン様。なんと、お優しいのでしょう。
「わかりました」
ふん、お花畑お嬢様がさていったい何を見せてくれるのでしょう。
と、門を開いたら、目は虚ろ、真っ青な顔で肌もカサカサ、ぶつぶつ何かつぶやいている幽鬼のようなエスメラ様がお待ちに。
この状態は危ないと内心、流血沙汰の可能性も視野に入れた警戒態勢のまま、カノン様の部屋までエスメラ様をお通ししました。
「エスメラ!久しぶりだね!」
そうしたらカノン様がいつもの笑顔でご対応。いや、ここはちょっと怒ってもいいんですよ。
「ちょっと顔色悪いけど、大丈夫?シズクお茶を・・・」
「・・・カノン様・・・申し訳ありません!!」
突然エスメラ様が床に頭突きせんばかりの勢いでいきなりその場で土下座しました。カノン様が唖然としています。
「申し訳ありません!申し訳ありません!」
エスメラ様は泣きながらカノン様に謝罪と土下座を続けています。
「わ。私・・・カノン様になんて仕打ちを・・・騙されたとはいえ、罪が消えるわけではありません!お願いします!なにとぞこの愚かな私に罰を、罰をお与えください!」
ぶるぶると身を震わせ必死の謝罪をするエスメラ様。けっ、いまさら何を。カノン様、情にほだされないでガツンと言ってやって下さい!
「罰と言っても、そちらの家との話し合いはついたしね」
「で、でも・・・罰を受けておりません!」
「うーん。公式的にはね。でも、聞いているよ。最近エスメラの家は他の貴族からの中傷がひどいみたいじゃないか。これはすでに罰のようなものだよ」
「ですが、ですが、これだけでは罰に足りません!もっと罰を・・・」
「それって、ただ、カノン様のためじゃなくて自分が満足したいだけじゃないですかねー。おっと、失礼」
あらやだ、独り言が。
それが聞こえたのかカノン様が「シズク?」とむーと眉を潜め、じーっと睨んで、エスメラ様はガタガタと震えています。私悪くないですよーだ。
泣き、震え、惨めに這いつくばり許しを乞う元婚約者を前に、しばらく長考したカノン様は驚く発言をしました。
「・・・えーっと、じゃぁ、改めて僕と婚約してくれないかな」
「「え!?」」
私も思わす声を出してしまいました。
エスメラ様も涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔でぽかんとカノン様を見つめています。
カノン様はいつものようにほわわんとした顔でエスメラ様に笑いかけています。
「僕はエスメラを恨んでいないよ。ううん、それどころか気持ちは変わらない。あれはちょっとしたすれ違いみたいなもんだよ。状況が進み過ぎて機会がなかったから言い出せなかったけど・・・だからよければ婚約しなおしたいんだ。きっとそれは大変で難しいかもしれないけど、それを2人で何とかするのが罰ってことでいいかな?」
はぅぅぅ!?カノン様お人よし過ぎ!こんな浮気者のお花畑お嬢様なんてもっと傷つけばいいんですよ!まったくもう!
「ほ、本当ですか?・・・こんな私を妻にしてくれるのですか?」
「もちろん」
「あ・・・ああ・・・ありがとうございまず!ありがとうございまず!ありがどうございます!」
ぐちゃぐちゃな顔のまま満面の笑顔でカノン様を見つめながら、壊れたようにお礼を言うエスメラ様。それをもうういいからと見て慌てるカノン様。まったく甘すぎです。カノン様。
でも、それがお望みならばこのシズク全力でサポートする所存でございます。
数年後
カノン様とエスメラ様は正式に結婚いたしました。
一度あんな騒ぎを起こして、婚約しなおすことに問題は多々ありましたが、2人は協力して乗り越えて、ようやく結婚に漕ぎ着けました。
その試練があってか2人の絆はより強くなったようです。
ただ・・・その容赦ないラブラブっぷりは未婚の使用人たちの心を日々抉っています。
ちなみに結婚までの間、廃嫡された馬鹿王子がエスメラ様に近づくという珍事が発生しました。
なんでも、俺はカノンの家にはめられたとかなんとか。どうか俺とともにもう一度やり直さないかと懇願し、今は遠方だが、きっと王家に返り咲き君を王族の一員にする笑顔で口説いたそうです。
それを対応したのはエスメラ様とこの私。もはやカノン様以外見向きもしないエスメラ様は笑顔で「ねぇ、シズクさん。このクズどうしたら苦しめられるかしら?」と相談し・・まあ、これはまた別の機会に。
ただ、それ以降あの馬鹿王子はのうら若いのにあらゆる尊厳を失い、惨めな余生を過ごすこととなりました。
それ以来、エスメラ様はガチ切れさせたらやばい、とシズクメモに一文が乗ることになりました。
さて、その後私は引き続きメイド兼隠密としてカノン様のお側にい続けました。あの婚約破棄事件でカノン様を甘く見た小悪党が何人かすり寄ってきましたが、それは内々に処理しました。
ああ、カノン様。決して結ばれることはありませんが、このシズク。貴方様に仇なす存在はあらゆる手段を持って全て処理します。もし苦しめる者がいればそれ相応の報いを与えます。これこそがエスメラ様にも負けない、いやそれだけが私が貴方様にできる唯一の忠誠と愛情表現なのですから。