番外編 君と暮らし合うデスゲーム
ユニーク10万人突破記念に島に来たばかりの頃のお話をば
これはニートたちが島に来たばかりの頃のお話である。
係長「うっ…ここは…」
目が覚めた僕の目に飛び込んで来たのは…どこまでも続く壮大な海の景色であった。
係長「…なんで僕はこんなところに?」
かすかに残る記憶を呼び起こし、ここまでの経緯を思い出そうとしていた。
係長「…ダメだ…思い出せない…」
その時、傍に落ちていた黒い携帯から着信音が流れて来た。
自分がこうなった経緯も理由もわからない僕は縋るようにその携帯を手に取り、通話に応じた。
Mr.X「クックック、御機嫌よう、小坂慎太郎」
係長「あなたは…一体…」
ヘリウムガスでも使っているのか、不自然にハスキーになっている音声にもしかしたら小学生のいたずらなのではないのだろうか、という疑念を拭えないでいた。
Mr.X「私の名はたなk……Mr.Xと呼んでくれ」
係長「Mr.X…だと?」
電話越しに一瞬『田中』という幻聴が聞こえたような気がしたが、そんなことよりもMr.Xというあまりにもお粗末なネーミングセンスに僕は思わず戦慄してしまった。
Mr.X「いま、自分がどういう状況に置かれているかわかるかな?」
係長「いま僕は…身一つで見知らぬ海辺に倒れていて…どうしてこうなったのかもなにも覚えてなくて…」
こうなった経緯を必死で思い出そうとするが、なぜだか思い出そうとするたびに激しい頭痛に見舞われるのだ。まるで、脳が思い出すことを拒否しているかのように…。
Mr.X「クックック、ではこの絶望的な状況をより克明に理解してもらうためにもどうしてこうなったのかを少しずつ思い出してみようじゃないか。いま思い出せる限りで一番新しい記憶はなんだ?」
係長「思い出せる限りで一番新しい記憶は……確かあれは、8ヶ月ぶりくらいに仕事の休みが取れた日のことだ…」
Mr.X「ほうほう、それで?。…っていうか8ヶ月ぶりの休みって…」
係長「せっかくのオフだから家に持ち込んだ仕事の残りをさっさと片付けて今日はゆっくり休もうとしたんだ」
Mr.X「ほ、ほう…8ヶ月ぶりの休日にも仕事とは熱心なことだ」
係長「いや、べつに大した量でもなかったからすぐ終わったんだ。確か朝の8時から始めて12時くらいには終わってたはずだ」
Mr.X「そうか、それなら昼間からゆっくり休めるな」
係長「え?昼間?」
Mr.X「え?なにか?」
係長「ごめんごめん、仕事が終わったのは深夜の12時だよ」
Mr.X「それもう休日終わってんじゃねえか!!」
係長「それで、明日は4時起きだからそのままゆっくり寝て休むことにしたんだよ」
Mr.X「8ヶ月ぶりの休日が4時間ってなんなの!?」
係長「そうだね、4時間も休めるのは贅沢だよね」
Mr.X「あれ?同じ時間を生きているはずなのに時間の感覚が共有できないのはなんで?」
係長「でも4時間も寝るのはさすがに罪悪感があってね…なかなか眠れなかったよ」
Mr.X「寝ることに対する罪悪感とは一体…」
係長「僕は仕事してないと不安で眠れない体質なんだよ」
Mr.X「その仕事のせいで睡眠時間がなくなってるんだが…」
係長「結局眠れなくて3時まで仕事してたんだ」
Mr.X「休日の残りがあと1時間…さすがに寝たのか?」
係長「いや、会社から『いますぐ来て』って緊急の連絡入ったからそのまま出社したよ」
Mr.X「とうとう8ヶ月ぶりの休日の10割が仕事で埋まった!」
係長「で、急ぎの案件で1週間以内にやらなきゃいけない仕事が入ったんだけど、べつにそれは168時間くらい作業していれば終わる仕事だから大したことなかったんだけど…」
Mr.X「そうだな、1週間は168時間だから1週間休まずやれば終わるな」
係長「で、早速その仕事に取り掛かったんだけど…おかしいな、ここから先が思い出せない。思い出そうとするたびに酷い頭痛に見舞われる」
Mr.X「それは多分、脳が思い出すのを拒否してるからだな」
係長「ちょっと待ってて…いま思い出すから。…うぐぐ…痛い、頭が割れるように痛い」
Mr.X「い、いや、べつにそこは無理して思い出そうとしなくても…」
係長「ぐあああああ!!!!痛い!!痛い痛い痛い!!頭が痛い!!思い出せない!!どうして思い出せないんだああああ!!!!!ぐあああああああ!!!!!!」
Mr.X「もうやめろぉ!!自分の命を大切にしろぉ!!」
係長「はぁ…はぁ…仕事の過程は思い出せないけど、無事にその仕事を終えて家に帰ろうとして…そうだ!僕はそこで誰かに襲われたんだ!」
Mr.X「そうだ、貴様はその時に捕まってここに連れてこられたのだ」
係長「連れてこられた?一体なんのために…」
Mr.X「クックック、決まっているだろ?。命をかけたデスゲームをしてもらうためだ」
係長「命をかけた…デスゲーム?」
Mr.X「そうだ、貴様が今いるところは無人島でな、波も激しく自力での脱出は無可能だ。脱出する方法はただ一つ、その島には貴様と同じプレイヤーが他に8人いて、そいつらを全員殺して生き残ることだ」
係長「そ、そんな…」
最後の一人になるまで、この島からは出られない。
つまりそれは誰かを殺さない限り元の生活には戻れないということだ。
愛する妻や娘、そしてたくさんの仕事達。
それらを残してしまうことに対する罪悪感が僕の心を満たした。
殺さなければいけないのか?
僕はそんな自問自答を繰り返した。
僕を待ってくれているもののためなら…この手を汚す覚悟は…。
そう思って拳を強く握りしめたその時、ある一つの疑問が僕の脳裏をよぎった。
『僕を待ってくれているものって…だれ?』
妻や娘?
いや、妻は出来る人だから僕がいなくても暮らしていけるだろうし、もはや僕に対する愛情なんて残っていないだろう。
娘には先日、『お父さんの下着を一緒に洗わないで』と拒絶されたばかりだ。
そんな我が家に僕を待ってくれている人なんているのだろうか?。
きっと…この家は僕がいなくても…。
だったら会社にはどうだろうか?。
今まで身を粉にして働いてきた会社なら、僕を待ってくれている人がきっと…。
…いや、彼らが待っているのはきっと『僕』じゃない。
彼らが待っているのは仕事を忠実にやってくれる小さな歯車…『僕』ではない。『僕』じゃなくてもいい。
そうか、僕を待ってくれているのは…仕事だけだったんだ。
その答えにたどり着いた時、僕の瞳から涙がポロポロと流れて来た。
Mr.X「お、おい?どうした?大丈夫か?。し、心配するな、残された家族は我々がしっかりサポートするし…そ、それに…」
電話越しにMr.Xの心配そうな声が聞こえてきたのと同時に、なにか余計なことを喋ったことが不味かったのか、若い男の『このポンコツがぁ!!』という怒鳴り声が響き、通話が切れてしまった。
残された僕は一人寂しく広大な海を目の前に座り込んだ。
話によれば僕の他にはこの島には8人の人がいるらしい。
そして彼らには待ってくれる人がいるのだろう。
そんな人たちを血に染めてまで、僕が社会に戻る意味などあるのだろうか?。
待ってくれる人がいる人のためなら…別にここで僕が朽ち果てたってなにも問題はないだろう。
命を賭けたデスゲームが始まったばかりにも関わらず、僕の戦意はすでに喪失していた。
せめて殺されるなら…この綺麗な海の中で朽ち果てたいな。
目の前に広がる自由な海へ憧憬の眼差しを向けながら僕はそんなことを願った。
するとその時、背後にあった茂みからガサゴソを音が聞こえてきた。
すでに戦意も生き残る気力もなかったため、警戒をしていたわけではないが、ふと後ろ振り返ると、茂みから出てきた若い女性と目があった。
無人島には不釣り合いなオシャレなファッションに身を包んだ彼女はデスゲームにも関わらず、海を目の前にぼんやりと座り込んでいた僕に驚いたのか、しばらくその場から動かなかった。
殺し合いを強いられた仲、だけどそんな気は毛頭にない僕はとりあえず『どうも』という声と共に軽く会釈をして見せた。
相手も相手でどう対応すればいいのかわからないためか、同じように会釈を返した。
係長「…お一人ですか?」
とりあえずなにか話さないと気まずいと思った僕はそんなことを尋ねてみた。
アパレル「え、えぇ…いえ!連れも近くにいます!」
係長「…そうですか」
確証はないけれど、僕は彼女が嘘をついたことがわかった。
彼女が一人でないと言ったのはきっと味方が近くにいるというハッタリなのだろう。
非力で、おそらく武器も持っていない彼女なりの護身術みたいなものなのだろう。
そしておそらく確証はないけど彼女も僕のように元の生活のために人を殺すことを迷っている。…まぁ、いきなり人を殺せというのも無理な話だが。
とりあえず彼女が『こんにちは、初めまして、死ね』と言っていきなり襲いかかるような野蛮な人ではなく、話せば分かりそうな人であることを理解した僕はわずかに残っていた警戒心を解いた。
係長「なんか…大変なことに巻き込まれましたね」
アパレル「え、えぇ、そうですね…」
なるべく友好的に話しかけたつもりだが、彼女が相変わらず僕へ警戒の眼差しを向けていることが見て取れた。
まぁ、僕みたいなおっさんを疑いの目で見るのも無理はない。
だけど疑われるのも癪なのでどうにかしてこちらに戦意がないことを伝えたいが、それを口に出しても信じてはもらえないだろう。
もしかしたら何か武器を隠し持っているかもとか、隙を見て殺されるかも、などという疑念を払うのは難しい。
いっそのこと全裸になって両手を挙げて見せれば少しは彼女の警戒も薄れるかもしれない。
…いや、むしろ軽快されるね。いきなり全裸で万歳とか警戒しないわけないね。
それに全裸になったところで僕のマグナムは標準装備…ゲフンゲフン、どちらにせよ得策ではない。
それともいっそのこと身動きが取れないように縛ってもらおうか。
それなら彼女も警戒を解いてくれるだろう。
よし、そうしよう。
係長「すみません、僕のこと縛ってもらっていいですか?」
アパレル「はい?」
係長「縛ってくれた方が落ち着いて話し合いができますし、ぜひ縛って欲しいんですけど…」
アパレル「そ、そうなんですか…そ、そっちの方が落ち着いて話せる方なんですね…」
僕の発言を聞いた彼女は先ほどと比べて明らかに警戒度が増していることが見て取れた。
なぜだ?。
なぜ彼女の警戒度が増しているんだ?。
僕は何かおかしな発言をしたのだろうか?。
やっぱり全裸で万歳した方がいいのだろうか?。
しかし、その時は彼女が僕のマグナムに警戒しそうだし…。
そうだ、ここはいっそのこと服を脱ぐかどうかは彼女に決めてもらおう。
それなら文句は言われまい。
係長「あの…なんなら僕、服を脱ぎますけど、どうしましょうか?」
アパレル「…え?どうしてですか?」
係長「だって、そっち方が安心しませんか?」
アパレル「………」
僕の発言を聞いた彼女の目が明らかに不審者を見るそれであった。
理由はわからないけど、今にも警察に通報されかねないほどの警戒心を感じる。…ここが無人島でよかった。
うーん…話せばわかると思っていたけど…難しい。一体どうすれば彼女の警戒心を解くことが出来るだろうか…。
もしかしたら彼女は僕に下心があると思ってドン引きしているのではないだろうか?。
下心がないわけではないけど、別にそんな邪な考えのもと僕は服を脱ぐわけではない。
そもそも僕は服は脱ぐより脱がせたい派だし、脱ぐことに興奮など覚えない。
これは誤解を解く必要があるようだ。
係長「語弊がないように言っておくけど、別に僕は変なことを考えて服を脱ぐわけじゃないんだ」
アパレル「それじゃあ、一体なんのために?」
係長「僕が服を脱ぐ理由は…」
そう、僕はただ証明したいだけなんだ、何が起きようとも誰かを傷つけないという堅い決意を、芯のある決断を。
僕は頭の中できちんと言葉を選び、真意が伝わるように大きな声でこう叫んだ。
係長「君に見て欲しいんだ!!僕の『汚れなき明決』を!!」
アパレル「汚れなき名ケツ!?」
僕の発言を聞いた彼女はズルズルと後ずさり、距離を取りながら僕にこんなことを言った。
アパレル「あなたがお尻にどれだけ自信があるかは知りませんが…どうか他を当たってください!!」
そして彼女は一目散に僕のもとから逃げ出した。
係長「…お尻?一体どういう…」
彼女の言葉から突然飛び出してきた『ケツ』の話が気になり、少し考えた結果…相当な語弊があったことに気がついた。
その誤解を解くためにも僕はすぐさま彼女を追いかけ始めた。
係長「待ってくれ!!誤解だ!!落ち着いて話し合えば誤解は解ける!!」
アパレル「でも落ち着くためには縛られなきゃダメなんでしょう!?」
係長「君だってそっちの方が都合がいいだろう!?」
アパレル「私にそんな趣味はありません!!」
彼女が逃げながらそんな会話をしていると、何かに躓き、彼女は転んでしまった。
係長「だ、大丈夫!?」
アパレル「来ないで!変態!」
彼女の元へ駆け寄ろうとしたが、彼女がそれを大きな声を出して拒絶した。
係長「違うんだ!!僕は服を脱いで興奮を覚えるような変態なんかじゃない!!どっちかっていうと脱がせる時の方が興奮するし!!」
アパレル「どちらにせよ変態じゃない!!」
係長「とにかく、一旦落ち着こうよ!」
アパレル「変態!!来ないで!!。誰か助けて!!」
彼女の叫び声が島にこだました。
するとどこからか人が近づいてくる音が聞こえ、二人の人物が姿を現した。
ニート「おっ!第2第3島人発見〜」
JK「こんにちは〜」
その二人は僕らを見るや否やデスゲームらしからぬ呑気な声で挨拶をしてきた。
アパレル「助けて!変態に襲われそうなの!」
係長「誤解だ!!僕はただ縛って欲しかっただけで…」
JK「うわぁ…確かに変態だねぇ…」
ニート「おっさん…美人に縛られたいっていう気持ちはわかるけど…それを押し付けちゃいけないよ」
係長「違うんだ!そういうつもりじゃなくて…」
アパレル「それだけじゃなくて、全裸になって私にケツを見せようとしたのよ!」
係長「あああああ!それも誤解なんだヨォ!!」
ニート「まぁまぁ、おっさん、気持ちは分かるよ。俺でよかったら代わりに見てやるからさ、ここは我慢してくれ」
係長「君に見せて一体誰が得するの!?」
ニート「そうだよなぁ…俺じゃあ役不足だよなぁ…」
彼はそう言ってチラチラと一緒にいた女の子の方に視線を送った。
JK「えぇ?私が代わりに見るの?。…うーん…まぁ、見るだけならいいけど…」
係長「だから僕はケツなんか見せたくないって」
アパレル「嘘つき!!僕の汚れなき名ケツを見て欲しいって叫んでたじゃない!!」
ニート「げ、汚れなき名ケツだと?」
JK「そこまで言うのなら逆に見てみたいかも…」
係長「だから誤解なんだって!!」
結局、誤解を解くのに小一時間かかったとさ。
アパレル「ごめんなさい、あなたの好意を変態扱いしてしまって…」
係長「いや、僕も言い方が悪かったよ」
アパレル「でもよかった。こんなわけのわからないところに連れて来られて一人で不安になっていたところに最初にあった人がど変態でトラウマになりかけたわ」
JK「何にしても誤解が解けてよかったね」
ニート「これにて一件落着だな」
アパレル「ところで…あなたたち二人もこのデスゲームのプレイヤーなのよね?」
JK「そうだよ」
アパレル「その割にはなんていうか…緊張感がないというか…。とてもじゃないけど命を賭けたデスゲームをしているようには見えないわ」
ニート「デスゲーム?なにそれ?美味しいの?」
係長「君はこの状況がわかっているのかい?これは殺すか殺されるか、命懸けのゲームなんだよ?」
正直、この時の僕は適当な返答をするこの少年に嫌悪感を抱いていた。
まるで遊び感覚、むしろこの状況を楽しんでいるかのようにも見える彼の意図が見えなかったからだ。
ニート「もちろん、分かっているさ。だから手を組まないか?」
アパレル「手を組むって…私達で協力して他のプレイヤーを殺そうってこと?。仮に殺せたとしてもそのあとはどうするの?」
係長「それに…人を殺すなんて簡単に出来ないよ」
そう、人を殺すなんて僕には出来ない。
殺さなければ殺されるデスゲーム…人を殺せない僕はただ殺されるのを待つことしか出来ない。
究極の二者択一の現実を前に生きることを諦めかけていた僕に、彼は笑ってこんなことを口にした。
ニート「殺す?いやいや、暮らすんだよ」
係長「は?」
ニート「よく考えてみろよ。ここにいれば生きるのには困らないくらいの食料は送ってくれるんだぜ?。つまりここにいれば働かなくても生きていけるんだよ」
係長「ごめん、言ってる意味がよくわからなくて…」
ニート「つまりはさ…養ってくれるってことですよ」
係長「………」
このデスゲームを食い物にしようとしている最悪の穀潰しの思いもよらぬ言葉に僕は絶句した。
殺すか殺されるかという究極の二択を目の前にして、彼は暮らすという新たな道を示したのだ。
この生死を、命を、人生を賭けたデスゲームに地球上で最も阿呆らしい解決策を持ち込んだのだ。
果たして…そんなことができるのか?。
僕の脳裏にそんな疑問が浮かんだその時、隣にいた彼女が声を荒げて笑い始めた。
アパレル「あははははは!!まさかこのデスゲームに寄生しようとするとか…ないわぁ!マジでないわぁ!!」
ニート「いやいや、ニート舐めるなよ、俺に寄生できないものとかこの世に存在しないし」
アパレル「ごめんごめん、否定してるわけじゃないの。私は好きだよ、その寄生作戦」
ニート「っていうことは賛成なんだな」
アパレル「うん、そもそも気に食わなかったのよ、殺すのも殺されるのも。誰がこのデスゲームを仕組んだかは分からないけど、そいつの狙い通りに人を殺したり、誰かに殺されたりっていうのが嫌だったの。だって嫌じゃない?誰かの掌の上で踊らされるのって。だから私はどうにかしてその掌に噛み付いてやろうと思ってたのよ。それを齧り付くだけじゃ飽き足らず、食い物しようとか…最高じゃん」
ニート「話が早くて助かるわ。…おっさんはどうするんだ?」
少年は今度は僕にそう尋ねて来た。
殺し始めるのではなく暮らし始める。
今まで殺すか殺されるかの二択しか考えていなかった僕にはなかった発想だった。
確かにもういっそのこと一緒に暮らしてしまえば丸く収まるのかもしれない。
だけど、他人と一緒に暮らすというのは簡単なことじゃない。
例え好きな人と暮らしていたとしても価値観の違いや考え方の違いで亀裂というものは生じるのだ。
ましてや赤の他人となると…その亀裂は計り知れない。
どれだけ話し合っても、どれだけ理解しようとしても、分かり合えない人というのは存在する。だからいつの時代も争いが絶えないのだ。
人類が築き上げて来た何千、何万年という歴史がそれを証明している。
だから、ここで共に暮らすという選択はもしかしたら殺し合うことよりも難しい茨の道なのかもしれない。
途方も無いほど遥か遠く、一瞬の揺らぎで台無しになる程脆い橋の上を9人で足を揃えて渡る…それに比べたらいっそのこと、殺し合うことの方がずっと早く終わる簡単な道のりだ。
JK「…どうかしました?」
最も険しい道のりに向かおうとする一向に返事をしない僕に少女が心配そうに話しかけて来た。
係長「いや、そのさ…人が一緒に暮らすのって簡単なことじゃないんだよ。ましてや赤の他人9人ともなれば…」
アパレル「わかり合うことはできないってこと?」
係長「そういうことだね。人類が長い間積み重ねて来た戦争の歴史がそう物語ってる」
JK「…確かに、人類はたくさん殺しあって来た。でもさ、結局は支え合うことを選んだじゃん」
係長「…それもそうか」
一人で生きる…もはやそんなことが不可能とも言える現代社会はきっと僕たちが支え合うことを選んだ結果なのだろう。
まぁ、だからと言って僕たち9人がずっと支え合っていけるかっていうと別の話だ。
そして、それを言うなら争って来たという人類の歴史も僕たちとは別の話。
どちらにせよ、結局誰かを殺す覚悟もない僕は殺されるくらいなら暮らす選択を取るしかないのだ。
係長「仕方ないか…僕も一緒に暮らしてみるよ」
ニート「よーし!じゃあこれから一緒に暮らしていくのに当たって自己紹介でもしますか!。まずは俺からな。俺の名前は萩山レンジ、少し前に通っていた高校も中退して若干16歳にしてニートの道を極めた究極の穀潰しだ」
アパレル「うわぁ…ニートがこんなにも頼もしく感じるのはなぜだろうか?。…次は私ね、私の名前は西谷マキ、アパレルショップで働いていたわ」
係長「僕は小坂慎太郎。会社で係長をやっていた」
JK「私はただの高校生の…カグヤ。月宮カグヤ…だよ?」
ただの自己紹介であるはずなのに、その少女の言葉は誰かに語りかけているかのように聞こえた。
だが、この時の僕にはその言葉の真意は分からなかったので、ただの気のせいだと思い深く追求はしなかった。
自己紹介が終わると、萩山レンジと名乗った少年は腕を組んでウンウンと頷き、そして一言こんなことを口にした。
ニート「なるほど、覚えられん」
自分を除いてたった3人しかいないのにも関わらず、少年は早々に匙を投げた。
係長「いや、3人分の名前くらい覚えようよ」
アパレル「カラスだって3つの物まで覚えられるって言われているんだから、人間なら黙って覚えなさいよ」
ニート「いやぁ、無理無理。ニートを人間扱いしちゃいけねえよ。そんなのニートにはハードルが高い」
係長「それはさすがに自分で言ってて悲しくならない?」
ニート「ならない、清々しいほどならない」
アパレル「なんて図々しいメンタルをしているのかしら…」
ニート「まぁ、そういうわけで…あだ名で呼びあおうじゃないか。それぞれアパレル、係長、JKでいいでしょ?」
係長「まぁ、呼び方くらい好きにしなよ」
アパレル「係長とかならまだ呼び慣れてるだろうけど…アパレルとか呼ばれるの見たこともないわよ」
ニート「JKもそれでいいか?」
JK「…うん、いいよ。…どうせ忘れちゃうもんね」
さすがにこの時の僕はまだ、そう言う彼女の笑顔に見え隠れする陰りの正体に気付けずにいた。
アパレル「それで、あなたはなんて呼べばいいの?」
ニート「ん?俺か?。俺はもちろん…」
あだ名を聞かれた彼は親指で自分を指差し、胸を張ってこう言った。
ニート「ニートに決まってるだろ?」
そして、ニヤリと笑ってみせた。
こうして、僕らの暮らし合うデスゲームは幕を開けた。
命を、人生を、全てを賭け、絶望と、そして茶番で満ちたデスゲーム。
そしてそのデスゲームはありふれたひと時の夏を少し…ほんのちょっぴり…素敵な季節にしてくれた。




