追憶の少女
先生「今日は、この1年2組の新しい仲間を紹介します」
小学校一年生だった頃のある日の朝、教壇に立った先生は転校生が来たことを知らせてくれた。
何の前触れもなく、突然話を聞かされた転校先は教室にやって来た。
先生の指示に従って、教室に入って来たその少女の横顔に、クラスの一員である少年は釘付けになった。
透き通るような肌と可愛らしい大きな瞳、そして愛くるしい笑顔と鈴を鳴らすような明るい声で、その美少女は自己紹介を始めた。
美少女「私には父親がいません。なんでも昔、母の体に私を孕んでその後散々母に暴行を行った挙句、逃げちゃって、さらには覚せい剤を使っていたことがバレて警察に捕まったそうです。母には親や頼れる親戚などはすでにいなかったので、私の家庭は母子家庭です。おまけに母には学も能もおまけに丈夫な体も無かったので、まともな職に就くこともできず、生活補助を貰ってなんとかやっていけている貧乏生活を送っていました。しかし、最近、母の病状が悪化し、床に伏せてしまい、とうとう収入源がほとんど無くなってしまいました。政府からもらっているわずかな生活補助もほぼ全て母の治療費のために消えてしまうので、私もあれやこれやと生活をやりくりするために頑張ってます。短い間ですが、こんな私をどうぞ宜しくお願いします」
ハキハキと陽気な明るい声で丁寧に自己紹介を済まし、深々とお辞儀をする彼女を見て、クラスの少年は一言叫んだ。
少年「こんなの受け止めきれるかあああああああ!!!!!!!!!!!!」
突然現れた美少女転校生の重すぎる自己紹介に叫ばずにはいられなかった。
先生「え、えっと…先生はそういうお話よりも、お名前の方が知りたいかなぁ」
話題をすり替えるためにも、先生は美少女転校生に名前を名乗るように誘導した。
しかし…。
美少女「名前は…名乗る必要も、覚える必要もありません。…どうせすぐに私はいなくなるんですから」
その愛くるしい笑顔とは裏腹に重たくグサグサと突き刺さる言葉の数々にただただ黙るしかできないクラスであった。
普通なら嬉しいはずの転校生が美少女という出来事がクラスを凍らす悲惨なイベントに変わってしまったのだ。
そんな彼女は当然のようにクラスで浮いた存在となった。
友達も作ろうとせず、いつも一人で窓の外を眺めていた。休み時間中も、授業中も、ただただじっと、外を観察するかのように…。
あの自己紹介も相まってか、一人でいる彼女を黙って見ていられなくなった少年は勇気を持って話しかけた。
少年「一緒に遊ぼうぜ!!」
ボール片手に少年は美少女を遊びに誘った。
美少女「ごめんなさい。私はそれどころじゃ無いの」
だが美少女は窓の外を見つめながら遊びの誘いを断った。
少年「お前…毎日毎日窓の外ばっかり見てて楽しいか?」
美少女「…楽しい、楽しく無いの問題じゃ無いの。これは必要なことだから、やらなきゃいけないことなの」
彼女は小学一年生とは思えないほど大人びた声と雰囲気でそんなことを口にした。
少年「…なんのために?」
美少女「生きるためよ」
結局、その日は遊びに誘うことは出来なかった。だが、少年はめげてなかった。その翌日も、翌々日も、毎日彼女を遊びに誘った。
しかし、彼女が誘いに乗ることは無かった。
どう誘っても全く話に乗って来ない彼女に、ある日とうとう少年はこの質問をぶつけた。
少年「なぁ、お前…生きてて楽しいか?」
美少女「…楽しい、楽しく無いの問題じゃ無いの。私は母が残したたった一つの命で…母が生きていた証なの。だから…生きなきゃいけないだけ…何に変えても、生きなきゃいけないだけ」
少年「………」
この言葉の意味を少年は理解することが出来なかった。…いや、大人になったいまでも理解出来ないままだった。
ある日、いつも窓の外を見ているだけだった彼女の様子が少し違った。
なにか大きなことをやりきり、消耗しきったかのような顔で机に突っ伏していたのだ。
何があったかは分からないが、いつもと様子が違ったのだ。
少年「遊ぼうぜ」
だが、そんなことを気にすることなく、少年はこの日も遊びに誘った。
正直、すでに半端諦めていたが、彼女の答えは意外なものだった。
美少女「…いいよ」
小学生の遊びと言えばドッチボールだ。
この日少年は、初めて彼女を誘ってドッチボールをやった。
彼女は意外にも強く、クラスの誰も彼女には敵わなかった。
そして、日が沈みかけるまで遊び続けた。
クタクタになるまで彼女と遊んだドッチボールは最高だった。
みんなの笑顔に紛れて、彼女も笑っていた。
たぶん、この時の笑顔は心の底からのものだったと思う。
時間も時間なので、次々とクラスメートが家に帰って行く中、少年は彼女に声をかけた。
少年「明日も、遊んでくれるよな?」
美少女「うん。…誘ってくれたらね」
明日もまた遊べる、そう思うとワクワクが止まらなくて、その日はよく眠れなかった。
そして翌日、意気揚々と学校に訪れた少年に、先生は驚きの言葉をかけた。
先生「あの子…転校しちゃったんだ」
突然現れた転校生は、なんの前触れも、別れの言葉もなく転校してしまったのだ。
先生は理由を聞いても家庭の都合としか教えてもらえず、転校先を聞いてもわからないと答えた。
たった3週間しか一緒にいなかったあの少女はまるで最初からそこにいなかったように消えてしまったのだ。
それ以来、あの子とは会うことは無かったが、いまでも彼女のことは覚えている。
名前は忘れてしまったが、彼女の言葉の一つ一つを…あの笑顔をいつまでも忘れない。
あの、記憶の中だけの追憶の少女の物語を…。
とりあえずこれでようやく番外編でやらなきゃいけないことは終わったかな。