これでも一応、タケシの物語
前回のタケシのあらすじ
いろいろあった…以上。
人物紹介
タケシ 黒崎サナエ(ビッチ)の彼氏と思われる人物。頑張れ、タケシ。
兄貴 タケシが襲ったヤクザの舎弟頭的な存在のインテリヤクザ。鬼塚ケイを探し出し、殺すことを目的としている。
『ファミチキ買ってくる』
8年前にそう言って家を出て行った妹が帰って来ることは無かった。
いくら待っても何の連絡もなく、帰って来ない妹を心配して、警察にも届けを出したが…結局、妹が見つかることは無かった。
俺も大切な家族を見つけるため、あちこちに手を回したが…報われることは無かった。
そして妹が行方不明になってから5年後…正直妹のことはもう諦めかけていたが、心のどこかでまだ妹が生きていることを期待していた俺は、インターネットを介してとある人物に出会った。
誰も使っていないようなマイナーな掲示板サイトで出会ったその人物は妹のことを詳しく知っていた。
彼女の性格、見た目、年齢などの簡単な情報から家族にしか知らないような細かい情報に至るまで、そいつは知っていた。
そして俺はそいつからデスゲームの存在と妹がそのデスゲームに巻き込まれ、殺されたことを知らされた。
正直、100%信用したわけでは無かったが、聞けば聞くほど話しに信憑性が増して来たのだ。
次第に俺はデスゲームの存在を信じるようになり、そいつの話に乗ることにした。
顔もなにも見えないネットを介したやりとりであったが、他にアテも無い俺はそいつを信じるしか無かった。
そしてそいつは…名をエンジェルと名乗った。
亡き妹のため…そして、二度とこんな悲劇を繰り返さないため、エンジェルの指示によって本格的に動き出した俺は、デスゲームの黒幕を探し始めた。
地道な努力を積み重ねていき、3年の月日をかけて、俺は妹を連れ去った組織を割り出すことに成功した。
妹を連れ去った組織…それは勢力を日本全国に展開している巨大な指定暴力団、朝比奈組であった。
それと同時に、あの妹を巻き込んだ悲惨なデスゲームがもう一度行われることを突き止めた。
そこまで割り出すことは出来たが、相手が巨大過ぎてこの状況を一人で打開するのは難しく、かといって協力者を仰ごうにも、デスゲームの存在など誰も信じてはくれなかった。
斯くなる上は…腹をくくった俺は、せめて一矢報いるべく朝比奈組の組長を殺害することを企てた。
指定暴力団の組長なだけあって、常にガードは堅かったが、隙をついて懐に潜り込み、この手でその心臓を貫いた。
必死過ぎて余裕なんてどこにもなかった俺に躊躇いなど感じる猶予はなかった。
想像よりもアッサリと殺人を成し遂げてしまった俺は、今度は警察…それと朝比奈組に狙われることになった。
逃げ場など無い…それを察して諦めかけた俺にエンジェルが解決策を教えてくれた。
この逃げ場の無い絶体絶命の状況で生き延びるたった一つの解決策…それは…自らデスゲームのプレイヤーになることだった。
プレイヤーとなれば少なくとも警察や朝比奈組から追われることはなくなる。
幸いなことに、調査の過程でデスゲームのプレイヤーの選出方法は『ランダムに決められた市町村で見つけた最初の人物』であることと、『その人物が何者であろうと必ずその人物をプレイヤーとする』ことを突き止めていたので、プレイヤーとなれば生存の可能性が見えていた。
さらには、プレイヤーを連れ去る車が来る方向、日時、時間も割れていたため、プレイヤーに選出される可能性は高かった。
なにより、デスゲームの本当の黒幕までまだ辿り着けていないこんな道半ばで死ぬわけにもいかなかった俺は、エンジェルの言った提案に乗ること決意し、それをエンジェルに伝えた。
そして…エンジェルは最後に俺にあるメッセージを残した。
『では、デスゲームでお会いしましょう、鬼塚ケイさん』と…。
ところ変わってここは指定暴力団、朝比奈組の本家の20畳ほどの和室に数十人ものヤクザが集められ、それに囲まれるようにタケシは正座をしていた。
タケシ「あ、アニキ…なぜ私のような卑しいものがこんなところに?」
タケシはヤクザに囲まれ、恐怖で震えながら隣にいたアニキに尋ねた。
アニキ「特に意味はありません。ただ、せっかくお客人として立ち寄っていただいたのになんのおもてなしも無いと失礼かと思いまして…」
15,6話でビルに侵入し、脱出をした直後、アニキが本部から呼び出しをくらい、タケシを途中で下ろすのも面倒くさかったのでここまで連れてきたのがアニキの本音だ。
タケシ「お、おもてなしって…熱々のコンクリート風呂とかそういうのですか?」
アニキ「取って食おうってわけじゃないんですから落ち着いてください」
タケシは状況が状況なだけに恐怖でパニックになっていた。
タケシ「こ、ここって土足厳禁ですね!?」
アニキ「そりゃあそうですよ」
タケシ「じゃ、じゃあ失禁も厳禁ですよね!?」
アニキ「なにをわけのわからないことを言っているんですか?」
アニキとタケシがそんな会話をしていると、襖が勢いよく開かれ、そこから全身傷だらけで身体中を彫りもので覆い強面のいかにもヤクザな男が現れた。
その瞬間、タケシを取り囲んでいた数十人のヤクザが一斉に立ち上がり、深々とお辞儀をして大きな声でその人物に向かって挨拶をした。
アニキ「随分とカシラが板に付いてきたじゃないか」
組長「からかうなや、兄弟」
アニキが親しげに話しかけたその相手こそ、朝比奈組現組長であった。
組長「…そっちのは?」
組長は睨むようにタケシを見てアニキに尋ねた。
全身を傷と彫りもので覆われたその屈強な男の睨みに、さらなる恐怖で頭がとうとうおかしくなってしまったタケシは、なにを思ったか、組長に歯向い、戦うべく拳を振り上げ立ち上がったが、正座で痺れた足が思うように動かず、途中で躓き、床に頭を強打して失神し、おまけに失禁もした。
組長「…なんだ?こいつ」
アニキ「おもちゃ兼弾除け兼お守りみたいなもんです。誰か片付けておいてくれませんか?」
アニキがそういうと取り囲んでいた数名のヤクザがそそくさと動き出し、タケシは撤去された。
アニキ「それで、急に呼び出して何のご用ですか?」
組長「お前のその無駄に上辺だけを取り繕った言葉も相変わらずだな。…まぁ、とりあえず呑めや、兄弟」
組長はそういうとアニキに盃を手渡し、酒を注いだ。
アニキ「いいでしょう。とりあえずいただきましょうか」
アニキは盃に口を付けた。
組長「話っていうのはな…別に難しいことではないんだ。ただな、いろんな事情が絡んで厄介なことになってな…」
アニキ「回りくどいのはらしくありませんね。ハッキリ言ったらどうですか?」
組長「兄弟…鬼塚ケイから手を引け」
アニキ「…冗談にして面白くありませんね」
組長「お前がそういうのも無理はねえ。鬼塚ケイは全組長のオヤジの仇だ。オヤジのためにも、メンツのためにも、地の果てまで追い詰めて殺して見せしめにするのが道理だ。…だがな、ここにお上が一枚噛んでんだよ」
アニキ「…とりあえず、話を聞きましょう」
組長「そもそも、兄弟はなんで鬼塚ケイがオヤジを殺したのか知らないよな?」
アニキ「ええ、知りませんね」
組長「俺もオヤジが死んで、組長になって初めて知ったんだがよ…鬼塚ケイがオヤジを殺したのは復讐のためだったんだ」
アニキ「復讐?。ですが、鬼塚ケイと朝比奈組の関係は今までなにもなかったはずでは?」
組長「それがそうじゃねえんだ。オヤジは俺たちにも秘密裏にお上の依頼で人を攫っていたんだ」
アニキ「お上の依頼で?。攫ってどうするんですか?」
組長「俺も詳しくは分からねえが、殺し合いをさせる実験台にさせるらしい。もちろん、秘密裏の実験だ。そして、その攫った人物の中に鬼塚ケイの妹がいたんだよ」
アニキ「なるほど、鬼塚ケイは攫われた妹の復讐のためにオヤジを殺したと…。それで、それがなんだと言うんですか?」
組長「問題はここからだ。オヤジを殺した鬼塚ケイは俺たちから身を隠すために、わざと誘拐され、自らその実験台となった」
アニキ「…つまり、鬼塚ケイの身柄はいまお上の手に渡っていると?」
組長「そうだ、そしてそうなってしまった以上、俺たちが手を出すことは出来ない」
アニキ「だから…手を引け、と?」
組長「オヤジには悪いが、そういうことだ。さすがにお上相手じゃ分が悪すぎる」
アニキ「なるほど…よく分かりました」
組長「話が早くて助かるよ、兄弟。それで、今後のことなんだが…」
アニキ「お断りします」
組長「…あ?」
アニキ「ですから、鬼塚ケイから手を引くのはお断りします、と言ったのです」
組長「…兄弟、冗談はよそうや。お上に逆らってまで敵討ちなんざ、流石に割に合わねえ」
アニキ「あなたこそ冗談はそこまでにしてください。お上が怖いから手を引く?それこそメンツに関わります。それに生まれてからずっとお世話になったオヤジへの恩返しがまだでしょう?」
組長「いい加減にせえよ!!!!!。お前だってわかってるだろ!?。鬼塚ケイはすでにお上に守られてるんだよ!!」
アニキ「それでも、私はオヤジの復讐を諦めません」
組長「ふざけるんや!!。お上に逆らうことがどれだけ大変なことか、お前だって知っとるやろ!?。復讐のために組を巻き込むわけにはいかんやろ!?」
アニキ「ええ、もちろんその通りです。…ですから、私は組を抜けて一人でお上に逆らいます」
組長「アホぬかせ!!。お前とワシは昔から盃を交わした兄弟やぞ!?。そんなの認められるわけないやろ!!」
アニキ「ええ、そうですね。ですから…」
アニキはスッと立ち上がり、そして…持っていた盃を手放した。
放された盃は重力に従い、加速しながら自由落下し、地面に衝突して四散した。
アニキ「その盃、無かったことにしましょう」
組長「お前…本気なんやな…」
アニキ「ええ、もちろん」
組長「そこまでして…オヤジのことを…。理想のために全部投げ出すなんて、アホのやることなのに…」
アニキ「ええ。でも…ヤクザが理屈に屈してどうするんですか?」
組長「…分かったわ。オヤジを…頼むで」
アニキ「あなたこそ、組を頼みます」
それだけ言い残し、アニキは組を去って行った。
残された組長は仕方なく一人で酒を注ぎ、そして、静かに呟く。
組長「あばよ、兄弟」
そして、一人で盃に口付ける。
おそらくは、長い間対等な立場の仲間としてここまで切磋琢磨に競い合い、信頼し合った仲なのだろう。
そんな仲間の無謀な旅立ちを引き止めることが出来なかった自分の不甲斐なさのせいなのか、それとも組長という重役を背負ったがために、オヤジの仇を断念してしまった自分を悔いているせいなのかは定かではないが、その日、組長は一人で構わず飲み続けた。
そこに一人のヤクザが近づき、申し訳なさそうに尋ねた。
ヤクザ「ところで組長、さっき失神して失禁したやつどうしましょう?」
組長「…適当に捨てとけ」
タケシの旅はまだまだ続く。




