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「うっす、豚丸さん」
名前とは裏腹に、痩躯の長身イケメン青年の姿をしている豚丸さん。黒いローブがやたらとよく似合う。
一応説明しておくと、本当の名前は【ピッグサークル】というのだが。別にどうでも良いことだ。
「相変わらず早いな。ちゃんと働いてんのか?」
「失敬な。俺は夜勤なんだって」
昼前には仕事を終えていると、いつも言ってるのにこれだ。
夜勤という言葉は、無職の人間が言い訳に使うことが多いらしいから、ひょっとしてそういう風に思われてるのか……?
豚丸さんこそ、なんでいつもこの時間にいるんだと聞きたいところだが、前に聞いたとき上手くはぐらかされてしまった。
あまりしつこく聞くのはマナー違反だし、よそう。
「で、お前。今日はどうする?狩り行くか?」
「今日はちょっと用事あるんで」
少々申し訳なく思ったが、致し方ない。後で埋め合わせしよう。
「そうか、じゃあまたな」
豚丸さんはひらひらと手を振りながら、立ち去った。
俺は町のど真ん中、時計塔の付近に座り込む。
ちなみにそれは、現実に存在した昔のアナログ時計のように、12時間表示ではない。
そもそもゲーム内では現実のように24時間で1日というわけではないし――詳しい法則は忘れてしまったが、とにかく現実時間を示している訳じゃないのは確かだ。
メニューを開いて……ガチャを回すを選択、と。
ガチャというのは、ゲーム内アイテムをランダムで入手できるシステムのことだ。
多くの場合は有料で、最近は1回1000円で1アイテム、というものが多い。
さて、3億円分回そう。そうしよう。
……という訳にはいかないんだなこれが。
3億円分……30万回。一気に回したら流石に怪しまれるだろう。
運営もそうだし、他のプレイヤーにもだ。
確か、最高ランクであるAランクアイテムが出る確率は、5000分の1だとか。単純に、60回出る計算か。
Aランクアイテムは、全プレイヤーの中で一人持っているか持っていないかという位の超レア物だ。
本来は、超難関クエストの報酬アイテムなのだが……そんなものを60個も持っていたら最上級プレイヤー間違いなしだが、本当の意味でチートだと疑われそうだ。
とりあえず、Aランクがひとつ出るまで回せば充分だな。
回しました。
結果、1万8508回目でAランク出ました。
「あっれー……?」
5000回で1個出るんじゃなかったのか。
あれか。俺の運が悪すぎるのが原因か。でも宝くじ当たってる時点で幸運どころの騒ぎじゃないな。ふむう……?
何はともあれ、既に1850万8000円分つぎ込んでしまったのは事実だ。
後悔?そんなもんいつだってしてる。人生なんざ後悔ばっかりだよ!
だが、俺は前言の撤回は決してしない男だ。……基本的に。
うおお、こうなったら回してやんよ!3億円分を!
……今日は、もうやめとくけど。
「ヘロ、あれからずっとここにいたのか?いったい何してたんだよ」
「いえ、ちょっと人生の厳しさを味わっていたところです」
「は?」
豚丸さんが怪訝そうな表情を浮かべている。
「つーかお前、何もしないんじゃログインしてる意味ないぜ?暇なら一緒に狩り行こうや」
「え、あー、うーんと」
あんまり狩りに行きたいって気分じゃないんだよなー……。
1850万8000円か。冷静に考えると俺、とんでもないことをしてしまったんじゃないか?
慎ましく暮らせば、5年は働かずにいられる金額だぞ。
あー、でも、別に働きたくないって思ってる訳じゃないし。いくら金があると言っても、無職ってのはやっぱり世間体が……
「はっきりしねぇ奴だな。……ま、まさかおめえ」
「ん? 何ですか?」
「ギルメンの桃ちゃんに告ってフラれたな!? そうなんだろ!」
ぶっっ。
桃ちゃんって、ネカマ疑惑のあるあの子じゃないっすか。
なんたって、一度もインターネット電話に出てくれないんだから。
いや、正確には声だけの通話は何度か交わしたんだけど、声なんていくらでも加工できるからな……。
今時顔出しは嫌なんて子、そうそういないし。男じゃないんだったらババァだな、きっと。
……ってそんなことより、早く否定しないと!?
「それは、ちが……!」
そのときだった。頭の中でビービーと警告音が響く。
なんだこれ? 初めて聞くぞ、こんなの。
「豚丸さん、これって……」
「お前もか? いったいどうしたってんだ」
いや、俺たちだけじゃない。
「うるせーな! 何だよこの音!?」
「何かの異常? 今までこんなことなかったのに……」
辺りを見回すと、同様にうろたえているプレイヤーが沢山いる。
まさか、これって。
「豚丸さん、これってあれじゃないっすか? これからゲームマスターが突然出てきて、『ふはは、お前たちの命は預かった。脱出したければ最終ボスを倒してみせよ』みたいな……」
「やっぱり、お前もそう思ったか!? だよな、これってやっぱアレだよな。やべえちょっとワクワクしてきた」
ネトゲプレイヤーなら、誰しもが聞いたことあるシチュエーションだ。
きっと、これからデスゲームが始まるんだ。俺もなんだかちょっとワクワクしてきたぞ!
さあ、早く、早く現われろ……!
謎の男? それともマスコット? まさかの声のみの出演!? ああ、どうせだったら美少女がいいな。
『プレイヤーの皆さん、こんにちは。ヒーローオンライン運営です』
おお、なんて無機質な声。そっか、声のみの出演か。
美少女が良かったのになー。
『……先ほど、有料ガチャにおいて異常な数値を確認しました。不正行為の疑いがありますので、一旦お客様には強制ログアウトしていただき、調査を進め……』
げげっ!
異常な数値って……もしかしなくても俺だよな?
ちくしょう、せめて1万回でAランクを出していれば、怪しまれずに済んだかもしれないのに……!
「強制ログアウトだってよ。よっぽどのことがあったんだな」
「そ、そそそ、そうっすね……」
「それじゃあ、狩りはお預けだな。今日中にログインできたらそのとき行こうぜ」
ひらひらと手を振る豚丸さん。
うう、ごめんなさい豚丸さん。こうなったのは俺のせいなんです、多分……。
……どうなるんだ俺、BANされんのかな。
そうしたら、もう豚丸さんに会うこともできないのか。
ミヤちゃんやレモンさん。それに、クウちゃんにも……。クウちゃん、俺の本命だったのにな……。
……。
……いや、BANされてもネット電話でいくらでも話せるけどなっ!
「何うなだれてんだ、お前」
「あれ。豚丸さんまだいたんですか」
「まあな。……」
「…………」
「…………」
あれれ?
「おかしいな。いったいいつになったらログアウトされ――」
そのときだった。頭の中でビービーと警告音が響く。
またかいっ!?
「ちくしょう、何だってんだ! おいヘロ! この音、俺だけじゃねぇよな!?」
「はい、俺の頭ん中でも鳴ってます!」
ホントに何だってんだ。そろそろリアクションするのにも疲れてきたぞ!?
『……フフ、フハハハハ……』
……ッ!?
ぞくりとした。
おぞましい、笑い声が聞こえる。
「な、なんなの? この声……」
「おい、さっさと正体を現せよ!」
やっぱり、他のプレイヤーにも聞こえてるみたいだ。
『フハッ、ハハハハハッ……! ……お前たちノ命ハ、我々ガ預かった」
……え。
『お前ガこの世界デ死んダ場合、現実世界ノお前モ死ぬことニなる。この世界から脱出したければ、常闇ノ塔ニ眠りし、最後ノ悪魔ヲ倒して見せよ』
……。
俺が想像したまんまかよ!?
「そんな……嫌よ! だれか、助けて! ここから出してぇ!」
「どうせアレだろ……? ドッキリだろ!? さっき強制ログアウトするって言ってたじゃねえか!」
「嫌ぁ! こんな安直なタイトルで古臭すぎる勇者像を前面に出したゲームの中に閉じ込められるなんて耐えられないぃ!!」
何か変なのが混じってるが、とにかくみんな動揺しているのは事実だ。
「ぶ、豚丸さん、どうします? とりあえず、俺たちも悲鳴を上げてみます?」
「そ、そうだな。それがいい。…………キャー! 怖い! こんなのあんまりよぉ!!」
「いや、無理して女子声出さなくてもいいですよ」
大変なことになった。
確かに最初はこんな展開を期待してたが、本当にデスゲームになってはシャレにならん。
「キャー! イヤー! ヘロちゃん、なんとかしてえ!」
「もういいですから、これからどうするか考えましょうよ」
斯くして。
俺たちの長い長い戦いが、始まったのだった。