16
私は逃げるしかなかった。
もう、何がなんだか分からない。
ゲームの世界に閉じ込められた。デスゲームが始まった。今後のことを考えて、危険を承知でレベル上げをしなければいけなかった。
「きゃ……!」
草原の真っ只中で転んだ。顔に草が当たって、少し痛痒い。
追いかけてきた彼女が、ついに私の目の前に現われた。
どうして。友達だと思ってたのに。
「ごめんね、バニラ」
彼女が【サイレント】と呟く。まずい。
「……ッ!」
私は慌てて【リフレクション】を使った。
魔法ダメージを軽減してくれるだけではなく、一部の状態異常に掛かる確率を、低減させる効果のあるスキルだ。
……よし、大丈夫。【沈黙】状態にはならなかった。
もし【沈黙】に掛かっていたら、【ヒール】がしばらく使えなくなる。そうなったらもう、私は終わりだ。
「ねえ、待ってよ! 二人とも助かる方法が、きっとあるはずだわ。だから一緒に……」
「本当に、ごめん。……【メガファイア】」
「……きゃあッ!!」
大きな炎の球の直撃を受け、私は吹っ飛んだ。
全身の痛みを堪え、【ヒール】を唱える。よし、HPは満タンだ。
「ストロベリー、お願い。私の話を聞いて……!」
「もう、無理だよ。あまりにも時間がなさ過ぎる。だったら、決着をつけなきゃいけない。 ……勝ったほうが、生き残る。もう、それで良いじゃない」
「そんな……」
そのときだ。
ストロベリーの後ろの方から、ドドドド、と何かが突進してくる。
猪型モンスターだ。
「ストロベリー、危な……!」
ドカッ、という鈍い音。ゴロゴロと倒れ、意識がもうろうとしているのは……
……私だ。
「ちょっと! バニラ。どうして……!」
慌てて駆け寄ってくるのは、ストロベリー。私の手を取り、こう叫び続けた。
「どうして! どうして、あたしなんかをかばったの!?」
「……と、」
そんなの決まっている。声に出してそれを伝えたいのに、声が出ない。そんな。
「ねえ、バニラ! しっかりして!」
「と……もだ……ち……」
口が回らない。体も動かない。
「……ろ、して」
仕方ない。戦ったところで、私に勝ち目はなかった。
ううん。戦って勝てるとしても……彼女を倒すことなんて、臆病な私にできるとは思えない。
「ころ、して」
モンスターに殺されるくらいなら、せめて、貴方に。
「お、ねが……」
「バニラ、バニラ!…………うあぁああああああ!!」
ストロベリーが右手を高々と掲げる。その手のひらの上には、大きな火の球。
ストロベリー、ごめんね、ごめんね。
せめて貴方だけは、生き残って。こんなふざけたゲームは終わらせて、早く現実世界へと返りましょう。
それじゃ。わたしは、先に行ってるからね。
俺、ヘロはようやっと茶色い兎を仕留めた。
知っている者は少ないが、実は茶色い兎を倒すと稀に、莫大な経験値を得られることがある。
それは数百分の1という低い確率だが、今日中にレベル90になる方法があるとしたら、もうこれしかない。
大丈夫、強運には自信がある。
俺は宝くじを当てた男だぞ?
……でも、ガチャ運は悪かったな。昔から、当たるときは当たるし、ハズレるときはとことんハズレなんだよな、俺。
今は当たるほうだと、そう信じるしかないな……。
それよりも、もっと安定して兎を狩れるようにしなければ。
レベルが上がり、【弓】や【遠目】スキルの熟練度が上がれば、更に仕留めやすくなるのだろう。とにかく数をこなすしかない。
クウに比べれば、この程度は容易いことだ。
空腹も眠気も無視する。ひたすら狩れ、狩り続けろ。
――危害の指輪、という装備がある。
その効果は、一撃で敵のHPをゼロにした場合、敵をHP1残して復活させるか選択することができるというものだ。
これと対になる装備が存在すると聞いた。まあ、それの効果は大体想像がつく。
「それにしてもっス」
あまり使いどころのないアイテムだと思う。
ぎりぎりまで弱らせたモンスターをテイムし、ペットやお供にさせたいときに重宝するアイテムといったところか。
俺には初心者のころテイムしたカワズくんがいるし、これ以上ペットやお供を増やすつもりもない。
昔、未だ攻略者が自分以外現れていないという、超難関クエストをクリアしたとき手に入れた物なのだが……。
「正直、もっと使いやすいアイテムが欲しかったって思ってたっス」
「……だが、そのアイテムがあったおかげで俺は生き残ることができたんだ」
魔法都市の道具屋に寄っていた我が恩人、ピッグサークル……通称豚丸が、いつの間にか姿を現していた。
「感謝してるぜ、ハヤブサ」
「礼には及ばないっスよ」
俺、ハヤブサはこの指輪を使用するために、今日中に90までレベルを上げる必要があったので、相当疲労が溜まっている。
だがプレイヤーを……しかも自分の恩人の命を助けるためなら、安いものだ。
それに、俺の情報網を舐めてもらっちゃいけない。高速でレベルを上げる方法くらい、簡単に知ることができる。
「ほんと、お前が決闘相手で良かったぜ」
「俺も、貴方が決闘相手でよかったって思うっスよ。もし俺が嫌いな奴が相手だったら、復活させないほうを選択していたかもしれないっス」
ははは、とピッグサークルは豪快に笑う。
「……だが、他の連中を助けられないってのが辛いな。……よし。残りの時間、何としてもその方法を探すぞ」
「了解っス」
俺と黒の魔法使いは、魔境と化した都市に目もくれずに、歩を進めた。




