時間旅行ができたらどうなるの?(ショートストーリー)
「うわっ! 最悪だ」
俺の目の先には茶色の染み、
最悪なことにその染みは俺の真っ白なシャツについていた。
「気に入ってたシャツなのに、やっぱり脱いでおくべきだったかぁ」
今日の朝食は昨晩の残りのカレーなのだが、
気を付けて食べれば大丈夫だろうと高を括っていたのが間違いだった、
面倒がらずに脱いでおけばこんなことにはならなかったのに。
「あーメンドくさ、まあ少し付いただけだしいいか」
俺はズボラなところがあり、多少シャツが汚れていても気にせずに着ていくタイプである。
その性格のせいでこの前彼女に見切りをつけられた程だ。
「行ってきまーす」
俺は染み付きシャツを着たまま家を出た。
特に当てはなかったので、繁華街をぶらつくことにした。
俺が今歩いているアーケード街には人がごった返していて、学生のグループや、
子連れの家族などで賑わっている。
「新しいシャツ入ってるかな、見に行ってみよ」
俺は行きつけのショップに向けて歩き出したとき、人ごみの中にかわいらしい少女が
ぺたぺたと歩くのが目に入った。体の大きさから言って小学生であろうか、
髪は金のツインテールで、瞳は綺麗な緑色をしている。
ぺたぺたと不自然な歩き方をしているのは、彼女の体の半分位の大きさの
アタッシュケースを抱えているからである。
人々は彼女を避けるように歩き、その不釣合いな格好に微笑している。
俺は何だか不憫に思って、彼女の手助けをすることにした。
「君、重そうな荷物持ってるね、よかったら持ってあげるけど…」
「私、未来から来たの。 ちょっとこの時代の旅行にね、この時代の服って結構好きよ。
ミニスカートとか、未来には無いもの。肌の露出は控えるのが義務なの。
そういう法律ができたのもね、ロリコ…」
「あ、あのさちょっといい? 何が何だかさっぱり分からないよ。未来ってあの未来? 」
「ええ、未来。2113年」
俺はひどく混乱した、100年後から時間を越えて現在に来るなんて。いや、ある訳無い。
「もしかしてからかってる? 」
「からかってないわよ! 本当に未来から来たんだから」
彼女はバンッ!と机を叩いた。他の客がこちらに目を向ける。
俺は荷物を持ってあげたあの後、疲れている彼女を見て喫茶店で休憩することにしたのだ。
無言でジュースをゴクゴクと飲み干して口を開いたと思ったらご覧の有様である。
「しょうがないわね。じゃあこのケースの中身ちょっとだけ見せてあげる」
「何が入ってるの? 」
「ちょっと待って、今出すから」
彼女はアタッシュケースの中から見たことも無い機械を取り出した。
「これが私を過去に飛ばしてくれた機械。未来にも飛べるわよ」
彼女が差し出した機械には年号と月日、時間が表示されている。
排熱用のファンであろうか、しきりに回り結構な音を立てていた。
「ごめんなさい。私のやつ排熱効率悪いのよ」
すごい。本当に未来や過去に行けるのか?
実際、この機械は今までの彼女の発言を裏付けるものとして何の訳にも立たないが、
この機械のそれっぽさが俺の心を揺り動かしている。
「よかったら使ってみる? 」
「えっ? 」
「あんまり遠くの時間に飛ばすと帰れなくなるから近い時間だけね。
昨日とか一昨日とか、明日とか」
「本当に飛べるのか? 何か害とかないの? 」
「ええ、ちょっと注意しないといけない事はあるけど、
それさえ気を付けていれば心配無いわ」
「注意って? 」
「そうね、まずこの世界の事を話そうかしら。この世界は無数にあるパラレルワールドの
一つなの。そのパラレルワールドってのはあなたが何か選択を迫られた時にできるのよ。
例えば、朝起きて顔を洗うか洗わないか、たったそれだけのことでもでも発生するものなの」
「じゃあ今の俺は分岐を繰り返した先の一人ってこと? 」
「ええ、あなた位の歳ならその分岐は数え切れないほどの数になっているはずよ」
同じ時間の俺でもどこかの平行世界で成功している俺がいるのだろうか
「で、注意なんだけど、この装置は実は古いモデルで世界軸を設定する機能がないの。
つまり過去に戻ったとして、同じ世界の過去とは限らないのよ」
「う~ん、別の世界はいいとして、過去に戻ったら別の世界の俺がいるんだろ?
過去に行った後の生活はどうすりゃいいんだよ、そのままそこに居座るなんてできないだろ」
「そのことなんだけど過去に戻って納得したら、また私に会いにくればいいの。
そうしたらこの機械で同じ世界の同じ時間軸に戻してあげる」
「世界軸は設定できないんじゃなかったのか? 」
「ええ、でも履歴は残るの。誰がどの世界軸、時間軸からどこへ飛んだかって。
その履歴情報はすべての世界軸、時間軸のこの機械に転送されるのよ。
その履歴を使ってここに戻ってくることができるわ」
それなら話は早い、今日の朝に戻ってどこかの世界の俺に忠告してやらないと。
もちろんカレーの事だ。
「今朝に飛ばしてくれ。ちょっと用事があるんだ」
「いいけど、必ずその後に私に会いなさいよ。履歴の事を話せば伝わると思うから」
「分かってる」
彼女が機械をいじりだす、その途端俺の意識は朦朧とし、視界がぼんやりと見える。
彼女の声が聞こえた気がしたが俺はそこで意識を失った。
「まぶしいっ……」
だんだん視界がはっきりしてくる。そして俺は自分の部屋にいることに気づいた。
そしてベッドにもう一人の俺が横たわっていることも。
「ぐ~~~ぐごぉっ! 」
もう一人の俺はまだ眠っている。
「鉢合わせになっても面倒だし…」
俺は過去の自分にメモを書く事にした。シャツ脱いでカレー食えよっと。
「これでよし、あの子を探しに行こう」
用事を早々に終えた俺は部屋を出る。
まさに部屋を出でたその時である。
ズドーーーーーン!!!
「な、何だ!? 」
けたたましい音が背後から聞こえ慌てて振り返る。
振り向いた時にはそこにあるはずの俺の部屋が無かった。
いや、無いんじゃない。下に落ちている。
どうしてこうなった?
俺は慌てて一階に降りる、リビングがあった場所には砂埃が舞っている。
砂埃がおさまって初めて俺は驚愕の事実を知る。
俺。俺。俺。俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺!
そこにはざっと100名を超える俺がいた。
「ここはどこだ」
「カレーは? 」
「あいつ転送失敗したな? 」
「何か騒がしいな」
100名程の俺はそれぞれ何か口にしていたが、しばらくして状況に気づいたのか
一気に静まり返った。
「何で俺がこんなに大勢いるんだ? 」
「お前らも彼女に飛されたのか? 」
「これって、別の世界の俺達がこの世界に集まってしまったてことか? 」
「それ以外ありえない、無数の俺が存在するならば、過去に行こうとする俺も
無数にいるはずだ。」
「それだけの俺がいれば、その中の何人かが同じ世界にたどり着くこともあるだろう」
「確かに。この世界の俺には悪いけど、早くあの女の子を探さないか?
早めに元の世界に戻った方が良さそうだぞ」
「賛成。皆、行こう」
100人を超える俺たちは一斉に家を飛び出し女の子の搜索に当たった。
しかし、女の子を見つけることはできなかった。あたりは夕日に染まっている。
「何でどこにもいないんだよ、おかしいじゃないか」
俺たちは公園に集まって捜査報告をし合っていた、皆疲れきった表情をしている。
どうして…どうしてどこにもいないんだ。
「おかしくないじゃないか」
どこかの世界の俺が呟いた。その俺は顔が真っ青になっている。
そこでやっと俺も気が付いた、最悪の可能性に。
どうやら他の俺もその事に気付いたようだ、頭を抱える俺や、膝から崩れる俺もちらほら見える。
そうだ、この世界は俺たちだけのものでは無い。あの少女も世界の一部なのだ。
俺の選択肢だけでは無い、彼女の選択肢も……
俺たちは少女が過去に来なかった世界に飛んで来てしまったらしい。
これから100人を超える俺はどう生活していくのだろうか。
「カレーをこぼさなければ…彼女に会っていなければ…」
後悔をしてももう遅い、時間旅行なんてものは軽々しくするものではなかったのだ。
100名を超える俺たちは呆然と立っている。
同じズボンに同じシャツ。染みはどうやらそれぞれ別のところに付いているらしい。
その光景を傍から見ればどんなに滑稽なものであろうか。
しかし、そんなことは今の俺たちにとってはどうでもいいことなのだ。
是非、感想などいただけたらなと思っております。
もちろん、時間旅行についての苦情でも構いません。
拙い文章でしたが、お読みくださってありがとうございました。