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「きゃー」

 悲鳴を聞きつけた俺が、声のした方に駆けていくと、そこには色素の薄い、栗色の髪と瞳をした女の子の姿があった。歳は、今の俺の見た目より少し下かも同じくらい。一一、二歳と言ったところだろう。

 ソバカスのある女の子で、ごくごく普通顔立ちの女の子。背もごくごく平凡的だ。平凡な女の子、もしくは地味な印象の女の子だ。

 そんな女の子が恐怖に怯え、震えながら大木に背を預けていた。

 女の子の目の前には、大の大人の二倍近くはある巨大な魔物がいた。

 分厚い皮に、脂肪を蓄えて丸々と太った体。腕に巨大な丸太を持ち、それを握る魔物はムフムフと声を上げていた。オークだ。

 オークの姿を前にして恐怖にひきつる女の子は、背後にある大木に背中を預け、その場に座り込んでいる。恐怖で腰が抜けているのかもしれない。

「ムフフ、お前人間、食べてやる」

「いやああっ!」

 人語を話したオークに、女の子の絶叫が続く。

 ――これは見ていられない!

 オークはまだ俺に気づいていない。俺はオークの背後から駆け出し、相棒の剣を抜い……

「うおっ!」

 ……抜こうとしたのだが、今の俺は中身は二十歳でも、体は一三歳の子供でしかなかった。本来の俺は、長身痩躯で手にする相棒の剣を簡単に抜くことができる。

 ――そう、本来の俺なら……

 残念なことに、成長の途上にある体はあまりにも小さく、相棒の剣を抜き放つ前に腕の長さが足りなくなった。剣を抜くことができず、バランスを崩して、俺は派手にずっこけてしまう。

「イデデ」

 顔面から地面にスライディングしてしまった。情けない、受け身さえ取れずにずっこけるなんて。

 と、思っている俺の目の前で、ズシンと音がした。

「なんだ?お前?」

「よ、ようっ」

 少女に向いていたオークが、俺の方を見ていた。間の抜けた返事を返す俺に、オークが頭をかしげる。しばし無言で考える様子のオークを俺は黙って見ていたが、オークが考えた果てに口にした言葉は最悪だった。

「お前、食ってやる」

「きっと腹を壊すからやめとけ」

「いただきます」

「人の話を聞けー!」

 オークが巨大な拳をズンと打ち降ろしてきた。俺は慌てて体を飛ばして回避する

「危ない、逃げて!」

 と、オークの背後にいる少女の声がした。

「逃げろって言われても、今俺が逃げたら、あんたが無事じゃすまないだろう」

 俺はオークの背後にいる女の子に向けて叫んだ。

 ――ブンッ

 と、そこでオークが握る丸太を振るった。姿勢を低くしてその一撃を回避。

「危ない奴だな。今髪の毛が何本か抜けたぞ」

「お前、すばしっこい。うまそう」

「速いのと、すばしっこいのにどういう関係があるんだ?」

「ウマソウ」

「ダー、この訳の分からん奴め!」

 もともとオークの知能水準は低いのだ。そんな奴とこれ以上しゃべっても無駄だ。

 今頃になってそのことに気付いた俺は、しかしさてどうしたものかと困った。相棒の剣が抜けないのだから、こんな雑魚のオーク相手にも苦戦中だ。ああ、せめてもっと手が長ければ、などと益体のないことを考える。

「このっ、このうっ」

 ――ブンブン。

 だが、俺が考えている間にも、オークは手にした丸太をブンブンと振いまくっている。それを俺はちょこまかと動きながら回避する。一撃くらえば俺の体なんて簡単に吹き飛ばされて、そのままノックアウト確実だ。いや、下手をすれば一撃であの世行きだってあり得る。

 しかし、俺はその攻撃の全てを見切り、かつ回避し続けた。

「コノッ、コノッ、お前」

「は、早く逃げて!」

 力を絞り振り続けるオークの背後から、また女の子の声がした。

 とはいえ俺がここで逃げれば、女の子は無事でいられないだろう。このオークは食べると言っていたのだから、ここで俺が逃げ出すわけにはいかない。もっとも俺にしても回避し続けるだけなら、今の体が小さくなった状態でも簡単だが、攻撃となるとやはり武器が必要だ。

 俺は少し落ちついて考え、腰に吊るしている剣をベルトから外した。まだ剣は鞘に入ったままだが、左手で剣の柄を掴み、右手で剣の鞘を持った。そのまま右手を振って鞘を投げ捨てる。

 鞘が空中を回転しながら飛んでいく中、黒光りする相棒の魔剣が姿を現した。

「よう、相棒」

 俺は、魔剣に語りかけ、そしてニヤッと笑って剣を一振りした。

 ――ブンッ

 こぎみのいい音をたてて魔剣を一閃……すればよかったのだが、俺は自分の体が小さくなっていることを、またしても失念していた。今の俺の体では魔剣はあまりにも長すぎて、重い。振るった剣の重さに体が引っ張られてしまい、そのまま無様にこけそうになる。

 踏ん張って、なんとかこけるのはさけたが、それが俺に大きな隙を作ってしまった。

 ――ブワン

 ひときわ強烈に風を薙ぐ音がした。俺はオークの握る丸太が、自分の体に向かって迫ってくるのを見た。

 ――ヤバイ!

 そう思ったが、回避する余裕がなかった。

「ガッ」

 丸太は俺の体に命中した。俺は剣を握っていた手を離してしまい、派手に空中に吹き飛ばされた。全身に受けた衝撃で、肺から息が漏れて声にならない悲鳴が上がる。その後俺は地面に落下したが、勢いがあるため地面の上を何度も回転して転がる。

 転がる体が止まったのは、俺の体が木の根元に激突してからだった。

「いやあああっ!」

 また少女の悲鳴が聞こえた。

 俺は、全身に強烈な衝撃を受けて意識が暗転しそうになった。

「俺としたことが、とんでもなく無様だな」

 それでも、なんとか失いそうになる意識を引っ張り戻す。不思議と痛みはなかった。それでも、意識がひどく鈍い。

「グフフ、いただきます」

 と、俺がふらついている間にオークが近くにまで来た。腕を伸ばして、オークが俺の体を掴もうとする。

「そう簡単に食われるか!」

 だが、俺はオークに掴まれるより早く、その場からオークがいる前へと飛んだ。オークの広げていた足の間を飛び抜け、そのまま背後へ回る。

 気分は最悪で、体の中から何かがこみ上げてくる気配がする。

 ――ううっ、何か吐きそう。これは血か?

 俺は自分の口から温かなものが流れているのに気づいた。だが、それを深く考えてはいられない。それより、さっきまで感じなかった激痛が、今頃になって襲ってきた。走るたびに体の中から悲鳴が上がり、俺は顔をしかめる。

 だが、その痛みも無視して、俺はオークに吹き飛ばされた際に手放してしまった相棒の剣の元へ駆け付けた。剣を再び握る。

 今度は体のことを考え、両手で握りしめた。

「大丈夫か?」

 気分は最悪だったが、オークに襲われていた女のこの方をちらりと見て尋ねる。

 女の子は顔面を蒼白にさせて震えていたが、コクコクと首を縦に振った。

「ならいい、危ないから動くなよ」

 そう言い、俺は改めてオークへ対峙した。その頃には、オークも振り向いて、俺へと体を向けていた。

「グフッ、死にかけ、早く死ね!」

「生憎、お前なんかにやられるつもりはないね!」

 オークが丸太を振り降ろしてきた。

 ズシンと重たい音をたてて、丸太は地面を抉った。だが、俺はその一撃も回避し、オークへ向けて走った。

「相棒、頼むぜ」

 俺は手にする魔剣に語りかけ、オークの前で上にジャンプした。俺の目の前に、オークの巨大な胸が視界いっぱいに広がる。

 ≪九幻・突≫。

 俺はオークの心臓がある場所に向けて、黒い剣身を突きいれた。

 剣は恐ろしいほど軽い手ごたえでオークの皮膚を貫き、そのまま体の中へと進入していった。突き刺さった剣を、俺は落下する力に任せて引き抜く。地面に着地すると、大慌てで後ろに逃げた。

「危ないから、こっちに来い!」

 俺は今まで怯えていた少女の手を掴んで、彼女と共に走った。直後、心臓を一撃されたオークが、ズズンと音をたてて前のめりに倒れた。

 オークの体は、さっきまで俺と少女がいた背後にある、大木に向かってぶっ倒れた。

 オークの体に激突された大木は枝を激しく揺らして、ガサガサと音をたてる。やがて、その音が止んだが、オークももうピクリとも動かなかった。

「ふうっ、結構ヤバかったな」

 俺はオークが死んだことを確認して、安堵した。

 抜き放った魔剣を鞘に納める。……のだが、小さな俺の体では両手を使っても魔剣を鞘に収めることができない。仕方がないので、悪戦苦闘しまくって鞘を地面に押し付けたりして、無理やり魔剣を鞘に戻した。

 ――ああ、早く大きくなってくれ、俺の体。

 と、内心ではもうオークのことも、危機一髪の場面も忘れ去って俺は願う。

「あ、あの助かりました」

 と、魔剣を納めた俺に、少女が語りかけてきた。

「まあ、いいってことよ。これぐらい」

「本当に、本当にありがとうございました。≪お姉さん≫」

「違う!俺は…」

 ――≪俺は男≫だ!

 そう言い返そうとした俺の意識が、そこで突然暗転した。

 ――いけねぇ、そう言えばさっきのダメージが。

 今頃になってオークに受けた丸太の一撃が響いてきた。俺はそこで地面にぶっ倒れ、そのまま意識を失ってしまった。


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