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俺は横たわったまま空を見上げて、ため息をついた。両手を頭の後ろで組む。
「うっ」
たんこぶに再び痛みが走る。そこを避けて、手を組み直した。
――世の中なにが起こるか分かったものじゃない。
空は真っ青に澄んだ青だ。見つめていれば、そのまま吸い込まれてしまいそうなほどの深さ。白い入道雲が視界の端にあり、青と白のコントラストの違いが目に眩しい。
「たく、どうしてこうなったんだ?」
俺はそう口にして、あの時のことを思い出した。
あの時。それは、ここではない別の世界でのことだ。
アースガルツ帝国と呼ばれる、全世界を支配した帝国の帝都ブールジュ。
その玉座の間で、俺は≪血色の魔女≫と対峙した。
流れる血のように赤い髪をした女だった。髪と同じ色をした血色の瞳に、常に穏やかな光を宿し続けていた。年齢は確か四十を過ぎていたはずだが、年齢による老いをまったく感じさせることがなく、それどころか年齢不詳の恐るべき魔性の美貌を持っていた。魔女というには、まことに相応しい外見だろう。
その魔女が、俺に語ったのだ。
「あなたは、私が長い時の中で出会った三人目の同族」
「私の願いはただひとつ……誰かに≪触れること≫」
魔女が口にした言葉が断片的に思い出される。
圧倒的な存在感と、そして強さだった。
俺は、あの魔女と対峙して、なんとか勝つことができた。しかし、多くのものを犠牲にしてしまった。
――かつての仲間たちを、実の妹も、そして世界さえも……
だが、魔女は最後に言ったのだ。
「クロウ強くなりなさい。そしていつか再び会いましょう」
その言葉の意味するところを考えれば、魔女はまだ生きている。俺が魔女に浴びせた魔剣の一太刀によって、魔女との勝負に決着はついたはずだ。だが、それであの魔女を確実に倒せた自信はない。それだけ、圧倒的な存在だった。
その後、俺は死にゆく魔女によって、別の世界へと飛ばされた。
気がつくと、俺は無言で、自分の右手を眺めていた。
「この力のせいで、俺はいろいろなものを失ったな……」
ポツリと零す。
俺の過去にまつわる様々な思い出が、暗く沸き起こってくる。だが、俺は目を閉じて、強く思い直した。胸の中で沸き起こる、過去の光景を振り払う。
そして一つのことを思い出した。
魔女はこんなことも言っていた。
「私たちの種族には外見というものは意味がない。望むならば若き姿も、年老いた姿にも転じることができる」
≪自分の姿を自由に変えることができる≫。
それは、まさに今の俺の状態を説明できる言葉ではないか。
認めるのは嫌だが、俺はあの魔女と同じ力を持っている。ならば、今俺が望むならば、この昔の姿から、二十歳としての俺の姿に戻れるはずだ。
俺は両目を閉じて、強く念じた。
「今の俺になれ。俺の姿になれ。ガキの頃の姿じゃなく、二十歳の俺になれ」
念じているとなんだか体の表面がポカポカと温かくなって、何かが変わった気がした。俺は目を開けて、川辺に向かって走った。そして水面に映る俺の姿を見る。
「フ、フハハ」
笑うしかなかった。
「全然変わってねぇー!」
水面には、悪態をつく一三歳の俺の姿が映っていた。
「何が望むなら外見を変えられるだ!俺はこんなガキの頃の姿なんて、まっぴらだ!」
マジで、元の俺――二十歳の姿――に戻してくれ!
そう叫んで、念じてみるものの、俺の見た目は相変わらず一三歳の美少女然とした姿から変わらない。
「もうだめだ。やめた。面倒くせぇ」
ついにあきらめて、俺はこれ以上無駄な努力をすることを放棄した。
こんな見た目は嫌だが、もうこれで我慢するしかないんだと半ばやけになって諦める。
そうだ、あと三年我慢すればいいんだ。そうすれば成長して、この美少女顔からも脱却できる。
「きゃー」
そんな時、俺の耳に悲鳴が聞こえた。俺は考えるより早く、悲鳴のした方向に向かって駆け出した。