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まえがき
この物語は≪魔剣の勇者≫の続編として執筆されています。
前作の主役であるクラウの性格がかなり変わってますが、その辺はご容赦ください。
何しろ、前編の彼の性格があまりにも根暗すぎたもので。
なお、本作の執筆に当たっては前作≪魔剣の勇者≫を読んでいなくても(多分)読み進めるように書かれてます。そのため今作から初めて読まれる場合でも大丈夫です。
ただ、前作が未だ完結していないため、前作のネタバレがありますのでご注意ください。
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俺の名はクラウ。
俺の目の前には一二、三歳ぐらいの少女がいる。
少女は女の子らしくなく、黒のロングコートを纏っている。裾が足にまで届くほど長く、まるで黒いマントを羽織っているかのよう。太陽の光を受けると独特な黒の光沢を放ち、なんとも印象的だ。
ちなみに、このロングコートはクロム鋼と呼ばれる貴重な鉱物から作られている。世の中には≪ミスリル≫と呼ばれる鉱物がある。ミスリルは鉱物でありながら加工すると糸のように細くなり、それを編むことでとてつもなく強固な防具となる。クロム鋼もミスリルと同じ性質を持ち、加工すれば糸状になり、それを編むことで強固な防具になった。
ただしクロム鋼の場合は決してミスリルほど軽くはない。とはいえ、耐久面ではミスリルに並ぶほどの性能があるので、防具としては最高ランクの存在と言ってよかった。
そんなクロムのロングコートの下には黒いシャツと長ズボンを少女はきている。何とも地味な格好だが、全身黒ずくめなので派手さはなくても目立ってしまう。
ついでに、この少女は単なる少女ではなかった。美少女だ。それも≪稀に見る≫という形容詞をつけても問題がないほどの。
長い黒髪は腰にまで届くほどの長さがあり、クロム鋼とはまた違う、黒絹のような光沢と滑らかさを持った奇麗な髪だった。黒い瞳は深い色を湛え、そこには計り知れない悲しみと絶望をのぞくことができる。しかし、それら全て包むような強い光を瞳に宿している。何とも印象的な瞳だが、一〇歳ちょっとの少女が見せるにはあまりにも大人びている。
高めの整った鼻梁に、深紅の色をした赤い唇。
そして黒い髪と瞳とは対照的に、肌は色素が薄く、透き通るような白皙の肌だった。
体は年齢のせいでまだ身長はそれほどではない。だが、均整のとれた体付きで、特に胴に比べて、足がとても長い。たたし胸はまっ平らで、間違っても膨らみは存在しなかった。
ここまでの美少女を見かけることは、本当に稀なことだった。
ただ稀な美少女であるが、俺にとってこの顔は見慣れた――とまではいかないが――よく知っている顔だった。そう、俺が一二、三歳のころ――つまり今から八年ぐらい前はよく見ていた顔だった。
ところで、今俺の目の前には美少女が映っているわけだが、実はそこは川だ。
奇麗なせせらぎで、透明な水は俺の姿も、周りの風景も奇麗に反射している。まるで磨かれた鏡のように、映るものすべてを反射している。
つまり、俺の目の前にいる美少女は、俺の姿を反射していた。
――ただし、今から≪八年ぐらい前≫の…
少女――川に映る俺――は、両手を頬に当てて、引っ張りつねり、まるで睨めっこをする子供のように、ひとしきり顔を引っ張った。
――間違いない。間違いなく、俺だ!
そこで嫌な思い出が蘇る。昔はこの顔のせいで、散々からかわれまくったし、大人たちからは可愛いともてはやされたものだ。そして妹からは「どうしたらお兄ちゃんみたいに奇麗になれるの?」などと質問されたことがある。
――妹よ、俺は好きでこんな顔になったんじゃない。いいか、俺は絶対かっこいい男の大人になってやる!
――ええー、すごい美人なのに、もったいないよー!
なにが悲しくて、可愛いだの、奇麗だの、美人と呼ばれなきゃならん。
俺にとってこの顔は、黒歴史として葬ってしまいたい思い出だ。ちなみに、一五歳ごろには線が細いながらも少女顔から脱却しだし、二十歳になれば凛々しい男に俺はなってたぞ。
二十歳、それが今の俺の年齢だ。
今水面に映る俺の見た目だけを見ればその年齢が甚だ怪しく見えるが、それでも中身は間違いなく二十歳だ!
それが、なぜ、どうして、二十歳でなく、子供の頃の俺の顔になっている!
――よしわかった。これは夢だ。
俺は全てを悟り、そのままパタンと後ろに倒れた。
――ゴンッ
「いつっ」
後ろを確認せずに倒れた俺の頭に石が命中した。その後、しばらくお星様が頭の上を舞い、頭を抱えて悶絶する。
頭に手を当てると、大きなこぶができていて痛い。こりゃ数日は引かないなと思いつつ、この強烈な痛さで夢から覚めないことを呪った。
――というか、これだけ痛けりゃ夢じゃないな……
俺の思考は再びそこで停止した。
――夢じゃないならこれはなんだ……≪現実≫か?
そんな時、俺の脳内でなんら脈絡もない言葉が二つ浮かんだ。
――見た目は子供、中身は二十歳。
――見た目は美少女、中身は男。
年齢の方はさておくとして、別に女装しているわけじゃないぞ。これが俺の子供の頃の顔だったんだから仕方がない。例え、俺の中で黒歴史であるとしても、間違いなく俺の昔の姿なんだから仕方ない。
――だが、髪が長いのはどうしてだ?
俺の記憶では、この前まで髪はさっぱり切っていたはずだ。それが伸びに伸びまくっているのはどういうことだろう?
これでは余計に女に見えてしまうではないか!
だが、この際そんなことはどうでもいい。年錬が若返ってしまったことの方が、遥かに重大問題なのだから。
とはいえ、このままではマジで女になってしまう。
髪が長いのはいけすかないので、切ろう、すぐに切ろう、刃物があればすぐに切ってしまおう。
そこで、俺の左手が腰にあるそれに気付いた。
「よう、相棒」
俺は腰に吊るした剣の柄に手を駆けて、にっと笑った。
その笑いは、間違っても少女の浮かべる笑みではなく、もっと獰猛な笑いだっただろう――と、信じたい。もしも、これも美人顔だったら、俺は泣く。絶対に涙が出る。
いや、そんなことはどうでもいいのだ。
剣があることに気付いた俺は、その柄を握り、引き抜くために力を入れた。黒い色の刀身が現れる。
見た目はただの黒い色をした剣に過ぎないが、これは魔族が作った≪魔王殺しの魔剣≫と呼ばれる物騒な魔剣だ。その名の通り、過去に異界の魔王を刺殺した曰くつきの剣で、魔族にとっては≪禁忌の剣≫とも呼ばれる伝説の剣だ。この剣に宿る能力は、あらゆる魔法を斬り、無力化することができる。強大な魔力を扱う上位魔族、特にその頂点に立つ魔王にとって、この剣が持つ能力は致命的だった。とはいえ、その能力の反動として、この魔剣は所有者の命と魂を食らう呪いが存在する。魔族用に作られた剣であるため、そもそも人が握ればすぐに命を食らい尽くしてしまい、死に至る。上位魔族でさえ、そうやたらと振りまわせる代物ではない。
ただし、俺の場合は特別なので、命を食われることはない。
俺はそんな物騒この上ない魔剣を引き抜き、女みたいに長く伸びきった髪を斬り落そうとした。
――やめろ、俺は散髪用の剣じゃない!
と、魔剣が抗議したのかどうかは分からない。
だが、剣を引き抜こうとした俺の動作は、途中で止めざるを得なかった。
「おい、マジかよ…」
子供化していたのは顔だけでなく、体もだった。
途中まで剣を引き抜いたものの、今の子供と化した俺の体では、剣を完全に抜く前に、腕の長さが足りなくなってしまった。
「クー、この野郎!抜けろ!」
俺は叫び声をあげて、相棒の魔剣を引き抜こうとするが、どうしても腕の長さが足りなくて抜けない。
「ク、クソウ。お、俺はこんなところで負けるのか…」
ちょっと、涙が出てきた。
俺は、相棒の魔剣を引き抜くことがかなわず、ガクリとその場に力尽きた。
こんなどうでもいいことで、もちろん死にはしないぞ。
ただな、ただ…
「一体、どうなってるんだ」
俺は自分が幼くなってしまったことにため息を付いた。
世の中なにが起こるか分かったものじゃない。