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宇津木を殺してるんです


 長くあきました。



 僕は人を殺した。



 そのことが漠然とだけどわかってきて、僕は屋上にしゃがみ込んだ。


 自然と目の端から涙がこぼれ落ちる。


 そして、渇いた喉から嗚咽が漏れるも、人を殺したことをどこか遠くの出来事のように感じた。


「桜ちゃん? どうしたんですか?」


 不意に、ユウの声が聞こえ、気づけば僕は泣きじゃくりながらユウに抱きつき、頭を撫でられていた。


          ☆☆☆


「…ん。落ち着いた…」


 ユウは、僕が泣き止むまで、じっと待ってくれた。


 声をかけてこなかったのはユウなりの配慮だと思う。


「一体、どうしたんですか?」


 宇津木に襲われかけたところから、ユウに話す。


 途中でまた人を殺したことの不思議な感覚が蘇ってきてまた涙が出てきた。


 そして最後まで話し終えて―――


「………桜ちゃん、よく聞いてください。私も―――」


 ユウが僕の目を真正面から見つめて来た。


 なぜか目をそらせなかった。



「―――私も、宇津木を殺してるんです」

「…………………………………………」


 最初、ユウが何を言っているのか理解できなかった。


「………………え?」


 かろうじてそれだけ言葉にすることができた。


「桜ちゃん、よく聞いてください。宇津木は―――――」


 なぜだろう。見つめ合うユウの瞳に吸い込まれそうだ。


「宇津木は―――吸血鬼、一般にヴァンパイアと呼ばれる存在です。

 そして、彼も当選者。願い事は日の光の下を歩けるようになりたい―――だそうです。

 彦星側なので一応は味方です。そして与えられた能力は『幻惑ミラージュ』。

 宇津木は味方ですが、私は、宇津木が嫌いです。嫌悪しています……!」


 言葉の最後の方、宇津木が嫌いだといったときのユウの瞳の奥に、闇が見えた、気がした。


「おやおや、鹿河サン。もう新人ルーキーにワタシのことを話してしまったのデスか?」


 ユウの背後、(ちなみに僕の背後は屋上のフェンス)僕の正面から声が聞こえた。


 若い男の声だ。


 そしてそこにどこからともなく蝙蝠が集まってきて、男が現れた。


 血の気の感じられない青白い頬。


 唇からのぞく鋭い犬歯。


 毛先が肩甲骨くらいまである黒髪オールバック。


 身を包むのは西洋風の漆黒の燕尾服。


「……………えーっと、ドチラサマ?」


 僕の純粋な疑問。心の中で思っただけのつもりだったんだけど、どうやら口にしていたようだ。


「やつが宇津木……ですッ!」

「ええぇぇぇぇええええ~っ!?」


 とてもそうは見えない。


 さっき僕が殺した(と思っていた)宇津木とはまるで別人じゃないか!


「というか、君たちはいつまで抱き合ってるのデス?」


 言われ、ユウに抱きついたままだったのを思い出した。


 今更すぎるけどさすが女の子の体って柔らかい。


 バッガシッ


 体を離そうとしたらユウに抱きしめられた。


「えーっと、ユウ?」


 ユウに密着することで心臓の鼓動が聞こえる。


 それが僕のものなのかユウのものなのかはわからない。


 そして。


 そして――――僕を抱きしめるユウの手が、震えていた。


 ジタバタするのをやめる。今だけはユウに好きなようにさせてやろうと思ったのだ。


「まあ、別にワタシは構わないんデスけどね?」


 いうなりそいつは格好つけた、貴族がするようなお辞儀。


「はじめまして、彦根桜サン。私の名前はフィリップ=D=アシュタロト。宇津木は仮の名前デス。母はヴァンパイア デスが、父は悪魔デス。以後お見知りおき―――――ゴフッォ」


 自己紹介の途中で宇津木は倒れた。


「え? 何が? どういうこと?」


 本当に唐突に、なんの前触れもなく崩折くずおれたのだ。


「…ぜ……ひゅぅ……ぜ……ひゅぅぅぅ……血……血が…足り……ない…!」

「ヒィィッィイィィィイイィ!」


 ユウが悲鳴を上げている。


 僕なんか悲鳴すら出ない。


 呼吸することも忘れていた。


 なぜなら、顔面が紙のように白いヴァンパイア(自称)が匍匐ほふく前進でもするかのように這いずってきたから。


「……血…血を……よこ……せ……血…」


 今更ながら呼吸が再開された。


 何か自分で呼吸を制御できない。


 そして宇津木――――改めフィリップは、こちらに近づいてくる。


 僕の生存本能が恐怖を上回った。


 動かなかった足が動く。


 僕に抱きついたままだったユウも一緒に助けおこし、半ば抱きつくようにして手を引き、フィリップを屋上に残して階段を降りた。


 そういえば、僕が燃やしたと思っていた屋上は、何事もなかったかのように元通りになってた。凄いな『幻惑ミラージュ』とかどこか違うところで置いてけぼりにされた僕の思考が思った。


          ☆☆☆


「……ぐす…怖かった…ぐす……怖かったですよぅ……」


 ここは中庭。


 フィリップから逃げて中庭まで来た。


 今度はさっきの屋上の時と立場が逆だ。


 ユウが泣いていて僕があやしている。


 ちょっと疑問を感じたけれど、僕って女嫌いだったような……。女になってその辺が薄れたのだろうか?


 僕も正直言って怖かった。


 だって本物だもの。


 ユウが宇津木――フィリップを嫌いだといった理由もわかった。


 そしてユウに怖いものがあることも判明。お化けとか妖怪とか苦手なんだね。


 僕も大嫌いだけど。


「………ん……ぐす……落ち着きました……」


 ユウが落ち着いたみたいだ。


 よかったよかった。


「そういえば、フィリップを屋上に放置したままでよかったの?」

「…ぐす…いいんです…知りません!」


 



 その日は、そのままユウと一緒に帰った。


 部活とか、いいのかな? 無断欠席で。






 次は…いつになることやら……。

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