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「……え、今なんて言った?」
放課後、千秋に呼び出された俺は、誰も居ない、なんとも不気味な教室にて話を聞いていたのだが。
あまりにも唐突で、というか予想の斜め上なことを言ってきたので、もう一度と聞き返してしまった。
「だから、今日ウチに梓美ちゃんと虎杖君を招いて親睦会をやろうと思っ−−−」
分かった。千秋はきっとアホなんだ。
「……ねぇ一輝。ちぃの話聞いてる?」
「聞いてない。聞かない。聞きたくない」
「何? 梓美ちゃんが来るのが恥ずかしいのぉ?」
よく分からないが、多分アホの千秋なりに俺をからかおうとしているんだろう。
しかし残念。俺は少しでもムカつく台詞を言われると徹底的にそいつを虐めたくなっちゃう性格なのだ。
……嘘である。しかし千秋の場合は、それは真実になる。
「まあ恥ずかしいな。わざわざ家に来てもらってお前の裸ワイシャツ姿を見て帰ってもらうのは。いくら義兄でも恥ずかしい」
「いや、あれはそのえぇと……っていうか見たんでしょ! ちぃのその……朝の姿!」
「見た見ないはこのさい関係無い」
「関係ある!」
「重要なのは、お前がはしたない姿で寝ていた事だ」
「ぅう…………」
「お兄ちゃんは驚きだ……まさか妹が……血が繋がってはいないとはいえ、俺の妹がそんな変態趣味に目覚めたなんて……」
「変態趣味って何!? 一体、ちぃが何に目覚めたっていうの!?」
「露出だろ?」
「目覚めてない!」
「いいよ、もう。自分に嘘を吐かなくたって。お兄ちゃんは驚かないよ、妹が露出狂でも」
「そこはむしろ驚くべきでしょ!? っていうかちぃは自分に嘘なんて吐いてない!」
「もういい……お兄ちゃんは妹が露出狂でも見捨てたりしないから。むしろ喜ぶから」
「喜ぶって何!? 一輝の方が変態じゃない!」
「バカ野郎! 男は皆、変態なんだよ! おっぱいに至福を感じるんだよ!」
「~~~~~ッ!! 変態! 最低! 一輝なんか死んでしまえぇ!」
「さて、千秋を一通り弄り終わったところで」
「今までの全部冗談だったの!?」
「あぁ冗談だ。男は皆、変態なんかじゃない。男は皆、狼なんだぞ。覚えとけ」
「まあ確かに一輝は狼っぽいけど……」
俺が狼? つまりそれって…………。
カッコいいって事か! いやぁー、千秋も嬉しい事を言ってくれる。
本来なら狼ってのは嘘吐きや独りぼっちとかを意味するのに、カッコいいという風に使うとは。
中々良いセンスしてるじゃないか千秋。
まあそんな事はどうでもいい。
「鋼凪と虎杖を誘って、ウチで親睦会をしてもいいぞ」
「えっ!? ホントに!?」
「あぁ。一応あの二人には色々言わなきゃいけない事があるし……追加で忠告もしときたいしな」
「……忠告?」
「まあともかくウチで色々と話をしよう。千秋は二人を誘ってくれ。俺は……まあ料理でも作って待ってるよ」
「分かった」
そう言って、千秋は教室を出て行く。
さて…………鋼凪が嫌いな料理は何だろうか?
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濁川家に四人が集まり、取り敢えず堅苦しそうな俺の話は後回しで料理を囲んだ。
そして大方、食事が終わった頃。
「濁川先輩って、モテますよね」
まさかそんな言葉が鋼凪から出るとは思わなかった。
余談だが、鋼凪と虎杖は高1。俺と千秋は高2なので一応あの二人は俺たちの後輩という事になる。
それでこの言葉だ。
さらに余談だが、鋼凪は例え自分が死ぬとしても俺に敬意を払うつもりなど微塵も無い。
つまりこの台詞を言われたのは俺と同じ苗字を持つ、千秋である。
「そんな事ないよ。告白とかされた事ないし」
「またまたご謙遜を。ウチのクラスでも時々噂としてでますもん」
そりゃ、銀髪でオッドアイなんてブッ飛んだ容姿をした奴が学校に居ればいやでも噂になるわ。
まあそれに千秋は何故だかお胸が豊かだし、顔だって整っている。ダメ人間っぷりを知られない学校では、モテるだろう。
「噂といえばカスも最近噂になってますね」
「カスじゃない一輝だ」
クソバカの鋼凪が何故だかわざわざこっちに話題を振ってきた。
しかし俺の噂? こいつとの喧嘩以外は特に何かをした覚えはないんだが。
「誰も近付けようとはしない孤独でキザな転校生。まあでもその実態は覗き趣味の変態よね」
「変態は俺じゃない、千秋だ。履き違えるな」
「…………えっ?」
鋼凪は俺の台詞の意味が分からずフリーズして、千秋は顔を赤らめて下に俯いてしまっている。
いやぁー絶景。面白いくらいに良い眺めだなぁ、おい。
まあそんな事はどうでもいいか。そろそろ本題に入ろうか。
「で、どうだった…………俺が作った飯の感想」
「これ、一輝先輩が作ったんですか? ってきり僕は千秋先輩が作ったんだと……」
両方ともに敬語を使ってくれる虎杖。いや偉い。鋼凪は是非見習うべきだ。見習え。
「ちぃ……私は料理とかあんまり上手じゃなくて。一輝に作って貰ってるの。美味しいでしょ?」
「せ、先輩。冗談はよしてくださいよ。こんなに美味しい料理をこのカスが作れるわけがないじゃないですか」
「何言ってるんだよ。俺はわざわざお前が嫌いそうな料理を精一杯憎悪を込めて作ってやったんだぞ。感謝しろ」
「すいません濁川先輩。食べた料理を吐きたいのでトイレを貸してください」
「おい鋼凪。その前に一つ聞くが……案外割と美味しかったろ?」
「美味しくない、むしろ不味かった。ゴミ溜めに捨ててある生魚のような味がしたわよ」
「おかわりしたのに?」
「してない」
「僕の分も掻っ攫っていったのに?」
「くっ…………」
虎杖も雪辱を晴らすように、鋼凪へ言う。
っていうか取られたのに何も言わなかったのかよ……。
「まあお前は素直に『美味しかったです。すいませんでした』って言えばいいんだよ」
「何で謝んなきゃいけないの!?」
俺の台詞にまさかの鋼凪ブチ切れ。しかし謝るのは当然だろう。
「お前、プライドのせいでわざわざ食材を無駄にするところだったんだぞ。魚を取るにしろ、野菜を育てるにしろ、肉を得るにしろ、手間が掛かるんだぞ。本来なら土下座ものを寛容な俺は言葉で謝るだけで許してやるって言ってるんだ。さあ早く」
「一輝、無茶苦茶…………」
千秋が呆れる様に言うが、とにかく俺はこの鋼凪に謝らせたいのだ。
理由? そこに鋼凪がいるからだよ。
いい加減、ゲームを始めようかな?
いいやまだか。いやもういいか。いやまだだ。