復讐完了
「これで駒は完全に揃った。世界を塗り潰すぞ、千秋」
「うんっ!」
《虚実混交》の弱点はもちろん発動条件だ。
誰かに信じてもらうか、疑ってもらわなければ効果を発揮しない。
その点、他人の発言を無条件に信じるドアホもこの世にはいない。
けど今は、千秋がいる。好きな人が傍に居てくれると約束してくれたんだ。
今の俺たちは、無敵だ。
「人前でイチャつくとは、まったく最近の若者はマナーと慎みがない」
「……そんな事を言えるとは、随分と余裕じゃねぇーか。お前のコードは誰かの望みがなければ発動しないってのに。一体誰に願ってもらうつもりなんだ?」
っていうか見るなぁ!! 恥ずかしいから見るなボケェ!!
…………ゴホンっ。
頭に手を当てている男を睨み付ける。
奴のコードは他人の願いを叶えるもの。だけど今、千秋も俺もわざわざ何かを願ったりはしない。
誰かに叶えて貰わなくても今の状態なら《虚実混交》が無制限に使える。
誰かを呼び寄せるつもりなのか……それとも何か他の手があるのか…………。
後者だろう。そもそも自分で願えばいい話だ。
代償である悲劇を払えばいいだけなのだから。
「お前は、どうして人がコードを使えるか知っているか?」
「…………お前は、知ってるってのか?」
「当たり前だ。誰がわざわざ与えてやったと思っている?」
「……まさか」
こいつのコードは他人の願いを叶える、というもの。
もしも、こいつが言わんとしている事が『コードは自分が叶えた願いの形だ』というものだとしたら……その代償の悲劇を俺たちコード使用者は払わなければいけなくなる。
いやしかし、だとした奴のコードは誰から与えられた?
「ははっ……お前が思っている答えとは違う…………コードは与えられるものではない。勝ち取るものだ」
「意味不明だな」
「そもそもコード使用者と一般人……それとコードを引き継いだ者とには圧倒的な違いがある」
「違い?」
「普通に考えてみろ。濁川一輝……お前は家族を壊された。鋼凪梓美……あれも確か家族を殺されたんだったな。鳴神茜……あれはストーカー被害に遭っていて、その時に家族に捨てられた。まあ正確に言えば別居という形だがな。そして濁川千秋……家を燃やされ、辛くも逃げ切った家族を一人一人、目の前で虐殺されたという過去をもつ」
「千秋、お前…………」
俺はすぐさま千秋に視線を送るが、すぐに千秋は目を逸らした。
つまるところ、この男が言っていることは事実ということなのだろう。
「全員が全員……まあ他者に判断されるのも嫌だろうが、悲劇、と呼ぶに相応しい出来事に巻き込まれている」
「その代りに獲たのがコードとでも言いたいのか?」
「まあ簡単に言ってしまえば、そうなるな。人為的に与えられた闇よりも深い絶望と、酷く醜い考えを持った者のみに与えられるのがコード。後継者はそんな残酷な運命を背負わなくてもいいがな」
「……つまりは、この世を歪める力は、この世に絶望した者にしか与えられないってわけか」
「実に危険だが……同時に美しいとは思わないか?」
「はぁ?」
「何の苦しみも知らない愚者が力を持つよりも、夢を持ち何かに憧れて突き進む者よりも、果てを知り、人の醜さを知り、歪みきった者が持った方こそ……力というのはより美しくなる」
「違うな」
男の意味が分からない理論をたった一言、一蹴する。
「鋼凪はそこそこ人格破綻者かもしれないが、テロリストを追い詰めるために嫌々だけど自分の大切な者を壊した奴との協力を承諾した。鳴神だって、他人を助けるような普通の感性を持った人間だ。千秋だってただ、一人の事を思って願った。それらのどこが歪んだ考えなんだよ」
「確かにな。何を正常とし、何を異常とするかなど人によって変わってしまう。その点ではお前は正しい」
「……まだ文句があるような言い草だな」
いや、この言い方は間違ってるだろう。文句があるのは俺自身だ。
コードが誰に与えられるか。それについてはもう否定しようとも肯定しようとも、絶望を味わった者ということは理解した。
しかしそんな事よりも、根本。根底。
コードとは、一体何なんだ?
どうしてそんな異能が存在する?
どうして何一つ形を持った物が存在しない?
なのにどうして、自身がコードを持っていると自覚できる?
「そろそろ、最初の問い掛け……どうして人がコードを使えるかを答えて貰おうか」
男を睨み付けながら、俺は言う。
それに応えるように、男は語る。
「コードとは……負の感情の集合体のようなものだ」
「負の感情の集合体……?」
「嫉妬、怨嗟、憎悪、拒絶。そんな人々の中にある感情を抽出し、結果、異状になってしまったものだ」
言ってる意味が分からない。
人の感情が、どうして俺たちの能力となる?
人の感情はあくまで感情。形など持たない。何かに物理的に干渉することはない。
ただ……場の雰囲気を悪くしたり、人の体に影響を与えたり、時に他人を騙す。
コードに似ていなくもない。
「歪んだ感情が、世界を歪ませた。その結果できあがったのがコードだ。呪いと同じようなものだ。ただ人の猜疑心や嫉妬心が引き起こした悲劇の一つにしか過ぎない」
「なんで人のそんな心で、世界を変えられるんだよ……どんなに歪もうとも感情は感情だ。《虚実混交》や《完全干渉》のように物理的なものまで変えることはできない」
「心理的なものにしか干渉できなかったら、コード、などと呼ばれることはなかっただろうが……残念ながら物理的なものまで手を伸ばそうと考えたバカが居て、それを叶えた神々しい人物がいたんだよ」
……………つまりは、こういう事か。
最初は、《異見互換》や《非観理論》のような本当に形のない現象だったものが、誰かが男に何かを願ったことで《完全干渉》や《虚実混交》のように世界をあらゆる形で変えてしまうコードにしてしまったわけか。
……一体、その願った奴はどんな悲劇を味わったんだか。くだらない。
「ようは簡単に言っちまえば、コードで誰かが傷ついたのも、俺の家族を滅茶苦茶にしたのも、全てお前が元凶で……俺はお前を地獄の底に叩きつければいいんだな?」
「まあ、出来るのならな」
俺には千秋が信じてくれることで無敵となる《虚実混交》が。
男にはどんな願いも叶える代わりに悲劇を味わうことになるコードが。
どちらもたった一つの動作で、世界の法則を変えられるほどのコードを持っている。
だが……そもそも俺はたった一言、たった一つの言葉を言えばいい。
そうすれば千秋はそれを信じ、アイツは地獄へと堕ちる。
「お前は地獄と同等の悲劇を味わう事になるんだよ」
「……信じるよ、一輝」
もしも俺のコードが《絶対規律》ならば、しっかりとした指定をしなければいけない為、この男にはコードが通じなかっただろう。
だけど俺のコードは《虚実混交》。唯一の制限は誰かが信じるか疑うかをしなければ発動しないというだけのもの。
だから別にあの男がどういう人物なのかを知らなくとも、コードは通じる。
そして、あの男は俺のコードを無効にするには悲劇を……無効にせずとも悲劇を味わう事となる。
直接的な死は与えない。与えてやらない。俺が与えられなかったように、俺も与えてはやらない。
苦しんで苦しんで苦しみ抜いて、そしてそのまま壊れてけ。
そうでなければ、復讐にはならないだろ。千秋を苦しめた復讐には。
「よき悲劇を、俺の復讐相手さん」
はいはい、俺はどうせいつも締めがダメですよ。締めが。
コードの説明したし、主人公念願の復讐もしたし、一応これで問題無いはずです。
どうせ自己満足の小説みたいなもんなんだから、細かい事には目を瞑ってください。
作者からのお願いです。