行動原理
いいか、今から言う言葉は一切何も信じるな。事実無根の大嘘だ。
千秋を騙すためだけの嘘。俺自身の真意も感情もない。ただ騙すためだけの嘘。
失敗してもいい。騙しきれなくてもいい。ただ自分の感情だけは一切乗せるな。
「俺はお前が大好きだ」
「…………えっ」
多く瞬きをしながら、千秋が聞き返してくる。
「正直に言う。一目惚れだ。出逢った時から好きだった」
……おいちょっと待てよ俺。何バカ正直に……。
違う。これは全て嘘だ。信じるなよ俺。
「お前は知らないかもしれないけど、俺がお前に出逢った時な……家族を失った後だったんだ」
「……知ってるよ」
《異見互換》で盗み見されてたのか? まったく、こいつの覗き癖は早くどうにかしないと。
それよりも言葉の続きだ。
俺は何かに流されるように、そのまま言葉を紡ぎ続ける。
「お前を見た瞬間、天使かと思った。まあ銀髪少女なんて珍しいもの滅多に見る事ないからな。そして可愛いと思った」
「か、可愛い…………」
「あぁ。でもさ、同時に恨んだんだ。なんで俺の目の前に天使を出すくらいの余裕があるなら、家族を助けてくれなかったのかって」
「…………」
「その時もう奇跡はいらないって思った。別に奇跡は自分で起こすものだとかそういう理由じゃなくてさ、俺が無力だからって非力だからって、奇跡とか神様とかに頼りたくなくなったんだ」
「なんで……居るかどうかも分からない物に祈るくらい、別にいいんじゃないの?」
「違うんだよ。お前を天使だと思って、そして形も無いものを恨んでさ……誰かに、神だろうが人だろうが、誰かに責任押し付けるの嫌になったんだよ」
自分のことを自分で責任を取る。当たり前のことに気付いただけで、そんな大したことじゃない。
だから私利私欲に生きた。別にわざわざ善意で他者に関わったって、他者から責任を押し付けられるだけだ。
なら悪意で他者に接した方が、最初から責任を押し付けられたって心のケジメが付き易い。
それだけの理由で、私利私欲に生きた。
この生き方を否定したい奴は否定すればいいと思ってるし、否定した奴だって、どうせは自分の生き方が間違ってると思いたくなくて否定するんだ。
結局、どうやっても責任の押し付け合い。なら最初から悪に染まってた方がケジメが付き易い。
悪になっておけば、誰から糾弾されようとも自身が納得できる。
だから私利私欲に生きた。
一目惚れで、好きになってしまった千秋を守りたいがために、一緒に居たいがために生きた。
自身の復讐を手伝わせるという形で、一緒に一つの家に住んだ。
ゲームの序盤戦。いずれ千秋の大切な物を破壊してしまうであろう鋼凪と、千秋を殺し掛けない春永を敗退させた。
鋼凪に対して、罪悪感があったわけじゃない。でも日常までもそんな風に振る舞えば、千秋にさらに嫌われると思った。だから通常人らしく振る舞った。
千秋に脅しを掛けた鳴神への復讐の意も込めて、違う形で脅し返し、攻撃を行った。
わざわざ学校相手に、千秋の居る場所に攻撃をしかけやがったクズ共を恐怖のどん底まで落としてやろうと思っていた。
当然、千秋を攫った枯峰は、脅迫電話を掛けられた時点から殺すつもりでいた。
もう俺の行動は、言い換えれば、ヤンデレに近いだろう。
その上もしも俺がゲームに勝ってた場合に願うものは、殺された家族を元に戻す事ときた。
千秋も家族を殺されて、あの場所に居たと考え付いてはいたから……千秋の殺された家族を生き返らせることを願おうと思っていた。
「一輝……」
千秋は顔を伏せ、表情を俺に見せないようにしている。
別に千秋にどう思われてもいい。外道、下衆、最低、悪魔、クズ、カス、ゴミ、ヤンデレ。
どう思われたって構わない。
それでも俺は千秋が好きで好きで、大好きでたまらない。
千秋を幸せにすることができるならどんな犠牲だって払うつもりだ。
それが俺の本心。
結局ただのクズってことだ。
…………って、ちょっと待てよ。
もしかして、全部口から出ちゃった?
「いいか千秋! これは事実無根の大嘘で―――」
「一輝ってさ、案外バカだったんだね」
顔を上げて視界に俺を映した千秋は、そんなことを普通に言った。
別段、悲しそうな表情や嬉しそうな表情、涙を浮かべるなどせずにただ日常的にみる普通の顔で……もっと言ってしまえば新発見をした時に見せる顔をして言った。
「前から外道で下衆で最低な悪魔野郎だと思ってたけど、ただのバカだったんだね。ちぃ驚いちゃったよ」
「いや絶対、驚いてないだろ」
「いやいや。驚いたついでに嬉しさ満天だよ?」
「眉一つ変えてないのに?」
「そりゃだって、一輝の行動原理の中心にいたのがちぃなんだよ? 驚き過ぎて表情がついていかないんだよ」
表情がついていかないってなんだよ。完全にバカにしてんだろコイツ!
そりゃあ、自分でも素直に行動しておけば良かったと思うときなんていつもあるけどさ!
「一輝は、ちぃのことどれくらい好きなの?」
「全世界を敵に回したって、お前を守りたいくらい好きだけど悪いか!?」
「いや別に」
あー、恥ずかしい。あぁ恥ずかしい!
顔が火照ってしょうがない。まるで俺が千秋に告白したみたいになってるじゃん!
ふざけんなよ、まったく。
これは千秋を俺の味方につけるための嘘なんだ。だから意味も真実もない!
あぁー、もう知らん。どうとでもなれ!
「俺はお前が大好きだ! 離れたくなくて、離したくなくて仕方ないんだ! だから傍に居てくれ。ずっと一緒に居てくれ!」
「……まったく。一輝はしょうがない子だなぁ」
千秋、お前ニヤけるな。ムカつく。嘘なのにまるで本当みたいに感じるからニヤけるな!
くそっ、畜生、なんで千秋助けるためにここまでしなくちゃいけなんだよ…………。
…………でもまあ。
「これで駒は完全に揃った。世界を塗り潰すぞ、千秋」
「うんっ!」
いちゃいちゃすんな、ボケ。死ね。さっさと死ね。
……っつても、千秋さんを乗り気にさせた主人公は、《絶対規律》並の戦力を手に入れたと同義ですからね。
誰も勝てねぇや。このバカップルに。
でもまあコードってのは少し不思議ですよね。
なんせまず形が無い。つまり本当にそんな異能があるのか確かめようがない。
なのに皆、コードを持ってることを自覚してる。
もしかしてコードというのは、人の無意識などに作用しているのかも。