嘘吐きの策
「絶対規律」
枯峰がブラフだとバレている台詞を言うと共に俺は枯峰のもとへと駆け出す。
一応、《虚実混交》で銃を撃てるやらなんやら適当なことを言ってはみたがどうもあれの信用性は低いように思える。
銃を持つことすら危ぶまれる国で、銃を実際に撃ったことがある人間という嘘を信じる人間のほうが頭がおかしい。
正直なところ、鋼凪も信じていないだろう。
だから直接近距離で、ゼロ距離で引き金を引くほかない。
しかしそれでは圧倒的に不利になる。
なんせ相手は喋るだけで、俺は走って銃口を定めて引き金を引かなければならない。
圧倒的差だ。まず距離を詰めている途中で枯峰は宣言し終えるだろう。俺の敗退を。
だから仕掛けた。色々と。
「濁川一輝の大切な物は今すぐ破壊される」
たったその一言だけで俺はこのゲームから敗退し、枯峰を殺すことが叶わなくなる。
……はずだった、という言葉は付けずとも予想はできているだろう。
「ッ!?」
枯峰はその顔に驚きの表情を表していた。当然、コードが使える状態で、絶対とまでつくほどの自慢のコードが作用していない。
駆け出した俺が片手に未だに持っていたペンダントにヒビの一つも入らない。
あっちにしてみれば異常で、こっちにしてみれば当然の結果であった。
枯峰はこの事実に驚愕するも、すぐに冷静になって次の言葉を紡ぐだろう。
俺は躓いたふりをして服から飛び出て床に転がった何かを踏みつけながら、距離をしっかり詰めていく。
「今すぐに《■■■■》の大切な物は破壊される…………っ!?」
《禁思用語》はしっかりと虚実混交という言葉を封じてくれたらしい。
これで名前でもコードでも俺を特定することは叶わなくなった。
残った言葉としては『自分以外のゲーム参加者の大切な物はすべて今すぐに破壊される』という絶対的な勝利宣言のみだが……。
それは多分、枯峰は口にしない。何故なら千秋の大切な物が分かってないと思うから。
だから認識していない事実に能力が使用できない制限に引っ掛かり、コードが発動してくれないから。
それよりも、なによりも。
俺との距離が大分縮まってしまい、その対策をしていなければ枯峰は死んでしまうだろうから。
ところでこんな場面で思考を変えるのも難だが、もしも人が神と同じような権限を得て自分が殺されかかっている時に口にする言葉は何だろう。
もちろん口にすればそれは現実となるのだ。だから最強の防御の言葉は何だろうか?
まあ普通に思いつくとすれば『自分は殺されない』とか『自分は死なない』とかそういう不死身宣言だろう。
枯峰だって人間だ。《絶対規律》というコードを持ってるだけのただの人間だ。
普通の考えだって持っている人間だ。だから咄嗟にこう言うだろう。
「私は■■れないっ」
私は殺されない、そう奴は咄嗟に言うだろう。仕方が無いことだ。
たまたま封じられた、俺が予想したワードを言ってしまったが故に死んだから……枯峰も不幸な人間だ。
枯峰の懐に入ると共に鋼凪から借りた拳銃を胸板中央から少し左にずれた位置に突きつけ、そのまま引き金を引く。
誰もいない静かな病院に乾いた音が響き、決着がつく。
「……ぐぅぬ…………っ!」
俺の勝ちだ。
「何故…………?」
心臓を撃ち抜いたということは同時に肺にも何らかしかの影響があるということだろう。
どことなく苦しそうな霞むような声で、枯峰が訊いてきた。
「千秋との電話。あの時に一番でかい仕掛けを引いた」
あの会話の最後。千秋が錯乱し、怒鳴り散らしてきたアレ。
それ自体が仕掛け。
「俺のコードは相手に信じてもらえば、どんな嘘でも現実なる。だが信じてもらえなきゃ、どんな現実でも嘘になりかわっちまうんだよ。だから《虚実混交》なんだ」
千秋はあの時確かにこう言った。『お前は一輝じゃない』と本心から本気でそう言った。
そして俺はその前になんて言った? 『俺は俺だよ。濁川一輝だ』と言った。
俺のコードの特徴の一つとして、いつコードを発動したか分からないという性質がある。
これは《絶対規律》にも、というかほぼすべてのコードに言える性質だ。
コードに形などない。だからいつ使ったのかが分からない。
《禁思用語》などは分かってしまうが、俺のコードは自分の発言の真偽が要となる。
俺がいつどの言葉をコード発動の糧としているなど、本人以外は分かるはずもないのだ。
そうつまり、俺は千秋が疑ったことによって濁川一輝ではない他の誰かになってしまっているのだ。
だから最初の《絶対規律》の宣言が通じなかった。
あとは《禁思用語》に二つの言葉を封じてもらえば、あっという間に距離が詰まる。
撃てる状態になる。
「……確かめた、はずだ……私は…………何が封じられたかを…………」
「無線機だよ。盗聴器とも言うが。さっきまで俺の服に仕掛けておいて、この状況を皆が聞いていた。そしてお前の宣言が始まったと同時に宇津木に言葉を封じてもらった」
最後、鋼凪と話した内容。
それは二つ。一つは無線機を渡し、宇津木に言葉を封じるタイミングの指示をしてもらうこと。
もう一つは、枯峰の防御を剥ぐための会話。
適当に言葉を並べて、最終的に《虚実混交》で奴の自身が殺される時の対策をすべて剥いだ。
だから防弾チョッキなども着ておらず、事前にコードで死なない宣言もさせないことにした。
これが俺が敷いた対《絶対規律》の策。
自身のコードと味方となる他人、そして他人のコードを活用しまくった策。
味方となる人間がいなかったら成立しなかった策。
「…………最後に……何故、ここまで急いだ? こんな、一か八かの賭けだらけの策よりも…もっと安全な策を敷けただろうに…………」
「簡単だ。それでは時間が遅いから」
枯峰から少し離れ、見下すようにして倒れる枯峰を見ながら一言。
「遅ければ、千秋がお前に殺される確率が高くなるからだ」
「…………あぁ、そういう事か…………」
「俺からも一つ質問だ。お前が答えられるかが怪しいがな」
倒れた枯峰の傍に屈み、最後の言葉を訊くように尋ねる。
「何故《絶対規律》で自身の大切な物を変えなかった? なんにでも変えられただろ。そうすれば最悪、命は落とさなかったかもしれないんだぞ?」
自身に移植された心臓が大切な物なんてハードルが高過ぎる。
さっきの俺のように身近にある小物に変えたほうが、遙かに安全だったろうに。
「……あの人が、くれた最後の…………ものだ。繋いでくれた…………命だ……どうして変えられる…………?」
「理解できないな」
「いずれは…………お前も理解する……後悔した、後かもしれないが…………」
そのまま枯峰は眼を閉じて浅い呼吸を自ら止めた。
……理解できない。自分の命より他人が残したものが優先?
結局すべて最後は自分に回ってくるのに、なんで他人を優先するんだよ……理解できない。
枯峰の血の気が引いていく顔を見ながら、ただ俺はそう思いながら屈み続けていた。
「……本当の、言葉だったんだ」
窓の隙間から入り込んでくる夕日の光に背を向けた千秋がどこからか姿を現した。
夕日って終わりっぽい雰囲気を醸し出しますよねぇ……
次回、ゲームの勝者決定です!
みんな誰が勝つかは予想ついてると思うけど