条件三つ
体育館を出ると同時に俺は、さっきの逃亡中にアドレスやらを交換した鳴神茜に電話を掛けた。
「おい鳴神、《禁思用語》は見つけたか?」
『まだ』
「……んだと? どういう事だ……?」
『仕事が遅いとか文句言われたとしても居場所が分からないから仕方が―――』
「いや、そう言う事じゃない。ともかく今はどこにいる?」
『えぇーと…………職員室』
「分かった。その場で待機してろ、今すぐ俺も合流する」
電話を切り、廊下を走る中、俺は状況をもう一度頭の中で整理する。
鳴神茜には『バンバン壁とかぶち壊して無理矢理炙り出せ。あぁ《完全干渉》がいるから修復の方は心配せずに』と滅茶苦茶な指示を出していた為にどんなに見つけるのが遅くても文句など言わない。
しかし鳴神が《禁思用語》と出会っていないのなら……俺の推測に矛盾が生じる。
まず、《絶対規律》のコード。あれは予測だが自らの発言を事実とするコードなのだろう。
あの放送……あの言葉の後に、物は壊れ《結論反転》は死んだ。そこからそう推測できる。
だからそのコードの弱点は、言葉を封じられる事。
故に《禁思用語》と協力関係を持ち掛けられて、それを承諾するしかなかった。
しかしその協力関係が壊れるような出来事が起こった。同じく協力関係を結んでいた鳴神茜の裏切り。
まあ俺が無理矢理裏切らせたようなものだが、相手にとっては鳴神が寝返ったことが重要だった。
当然だが《干渉不可》にはコードが通じない。言葉、思考を封じるコードも。
だから《干渉不可》に《禁思用語》を討ち取らせるという策が思いついたんだ、相手も。
それだから追撃がなかった。全力じゃなかった。自分の作戦上、必要となるから全力を出すわけがなかった。
そして《干渉不可》が《禁思用語》を討ち取る最中、どんな手を使ってもいいから《禁思用語》を殺す。
そうすればコードを縛るものは無くなるから…………というのが俺の推測だがこれでは重要な部分に矛盾が生じている。
鳴神がまだ《禁思用語》に出会ってすらいない。つまり《禁思用語》が敗退してすらいない可能性がある。
いや、もう他の誰かにやられたのか? でも誰に?
……虎杖? それとも《絶対規律》本人?
千秋はありえない。わざわざ自分からそんな危険な行為をするような奴じゃないはずだから。
だとしたら……本人はありえないから、虎杖か?
《結論反転》に途中で裏切られて死んだという可能性もある。
どちらにしろ《禁思用語》の姿を見ない限りには、判定することはできない。
「鳴神、待たせたな」
「そんなのは別にいいけど、急に待機なんてどうして?」
「……いや、ちょっとこっちで色々あってな…………ともかく《非観理論》から《禁思用語》の居場所は聞いてきた。行こう」
「分かった」
そう鳴神に嘘を吐き、コードを使って無理矢理に世界を歪め、知識を得る。
俺のコード《虚実混交》はともかく俺の言葉を信じさせる必要がある。だから無条件に信じる馬鹿とは相性がとくにいい。
少しでも疑いを持たれても、一時的であれ味方であればちょっとした誤魔化しでどうにかできる。
だから一人で探すよりも二人で探したほうがいい。
それに《干渉不可》なんていう強力なコードを持ってる奴が傍に居れば力技で捻じ伏せるという手も使える。
「……さっき、こっちで色々あったって言ってたけど。一体何が起こったの?」
「《結論反転》が敗退させられた上に殺された。《絶対規律》によってな」
「殺されたって……これは壊し合いのゲームで殺し合いのゲームじゃないって最初にッ!」
「でも、殺してはいけないというルールはない。だから邪魔者を殺すという思考に至っても何の疑問も持たないさ。俺だって味方が必要じゃ無いくらい強いコードを持ってたら、参加者の一人は殺してるさ」
まあその殺したい人物である《禁思用語》はもう殺されてると思うがな。
「そんな……ッ」
「お前と違って、賞品目当ての奴はそれだけ必死っていうことだ。罪を犯そうとも勝って取り戻したいものがあるんだろ」
そんな風な会話をしているうちに、目的である応接室へと着いた。
扉の向こうからは当然というかなんというか、物音ひとつしない。
静かにドアを開けながら中を確かめるように俺は見渡す。
中には床に横たわっている一人の少女の死体。幸いというかなんというか銀髪ではなく黒髪だった。
「おい、これが《禁思用語》か?」
「…………間違いない。そいつが《禁思用語》だ」
一度面識がある鳴神に一応確かめてもらった後に死体をよく観察する。
「……ち、ちょっと…………そんな所まで見なくても……」
「《絶対規律》じゃない…………」
首に真っ直ぐな痕がある。まるで紐か何かで絞められた痕のようなラインが。
さっきの《結論反転》は急に倒れ込み、そのまま動かなくなった。脳疾患のような……まあ普通では味わえない死に方をしていた。
だがこの死体は違う。プロではないから分からないが、おそらくは窒息死。普通で味わえる死に方だ。
わざわざ《絶対規律》が物理的に殺した……とは考えにくい。
千秋や虎杖が人を殺すわけがない。となると《結論反転》に裏切られて死んだというところか。
「…………千秋?」
死体を元の場所へ置き、振動を始めた携帯を開くと、画面に千秋の番号が表示されていた。
「もしもし、千秋か? お前今どこにいる?」
『…………君が《無影無綜》、改め《虚実混交》か』
「……チッ」
まったく聞きなれていないというわけではない、男の声が携帯から聞こえた。
さっきの放送。その時に聞いた声。つまり。
「《絶対規律》さん、俺に何かご用で?」
もうすでに《絶対規律》と千秋が接触してしまったという事。優先する順位を間違えた。
だがまあ、千秋のコードは《絶対規律》にとっては不利になるようなものでは無いはずだ。だから殺される確率は比較的に低い。
だけど……0%というわけではない。殺されるかもしれない。
『言わなくても分かるだろ? 濁川千秋はこちらが預かった。こちらが出す条件を飲めば、この少女を殺すのは止めよう……そういった感じの話だ』
「条件次第だな。最悪の場合は、義妹であれ死んでもらわなきゃならない」
『非情な人間だな。そういう判断を下せる人間は、そう嫌いではない』
「お前と優雅にお喋りなんてする気はねぇんだよ。さっさと条件を言え」
『条件は三つ。一つは《非観理論》を敗退させること。二つ目は、お前は私の前に現れること。期限は……一週間以内と行こうか。それと最後に、その際には一人で来ること』
「……お前の居場所を俺は知らない」
『《非観理論》を使えばいいだろ。その位は思い浮かぶだろうとは思ったが……案外、妹が攫われたことに動揺しているのか?』
「……検討してみるが、条件を飲まない場合は―――」
『一週間後に、濁川千秋を殺すだけだ。安心しろ』
「…………用件はそれだけか?」
『あぁ、そうだな』
「なら切るぞ」
……………………………………クソがッ!!
一方的に通話を切った携帯を強く握りしめながら、奥歯を噛む事しか今はできなかった。