《異見互換》
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「………はぁ」
応接室にて、陽菜は安堵の溜息を吐いていた。
後は《結論反転》の仕事だ。自分の仕事はもう終わり。
一通りの自分の役割を終えたことに陽菜は安堵していた。
安堵しきっていた。あまりにもそれは無防備過ぎた。
「溜息するとするだけ幸せが逃げて行くんだよ。知らないの?」
応接室のドアが開かれ、外から入った人間に陽菜は驚き臨戦態勢を取る。
長い銀髪。それぞれ色が違う瞳。片方は蒼で、片方は琥珀色。
そんな日本人離れした容姿を持った人間。濁川千秋がここまで来てしまった事に、陽菜は驚きを隠せなかった。
何故なら自分が行った事前調査では、四人の中でもっとも危険度が低いコードを持つ人間だったからだ。
(……大丈夫。所詮ただの人間相手にコード使用者の方が優勢だって話じゃない…………)
それに自分には言葉を封じるコードもある。いざとなったら『敵』などの敵対を象徴する言葉を指定して、思わせなくしてしまえば逃げれる。
そう驕っていた。しかしその驕りは彼女の言葉によって打ち崩されてしまう。
「安心して。例えどんな言葉で思考を妨害されたとしても、『敵』というワードが浮かべられなくなったとしても、ちぃは絶対にお前を逃がさないから」
笑っていた。笑いながら言っていた。無邪気な笑いを浮かべて楽しそうな声色で彼女はそう言っていた。
ただの嘘だ。偶然、自分が思っていた言葉を言っただけだ。そんな事は絶対にない。
ただ何となく、その異様な容姿の少女から異常なものを感じた。
「どうしたの? さっさと自分のコードで指定しないの?」
千秋の言葉通りに設定するのを陽菜は躊躇った。今、彼女の言う通りに行動してしまったら、それこそ彼女の思う壺のように感じたからだ。
「貴女……何を企んでいるの?」
取り敢えず、この場で何も言葉を発さなかったら、そのまま場の流れを銀髪少女に捕まれる。
そう思った陽菜は、まずそう千秋に問いかけた。
それ自体が間違いだった。
「ただお前をこの場で始末することしか考えてないよ、陽菜ちゃん」
陽菜の背筋に悪寒が走った。
自分はこんな銀髪女を調べはしたが、知り合いではない。この日本においてすれ違っただけでも印象に残りそうなこんな容姿をした人間ともしも自分が知り合いならば覚えているはずだ。
なのに相手は自分のことを知っている。相手も同様に、自分のことを調べていたのか?
「ん? ゲーム開始時に《結論反転》衣笠海翔と結託し、その後、ちぃたちが《完全干渉》春永氷雨と対峙した後に《干渉不可》鳴神茜に話を持ち掛け、そして一度断られたが、《無影無綜》濁川一輝との対峙後すぐさま鳴神茜と接触し、またも結託。挙句の果てには《絶対規律》までにも話を持ち掛け、結託した……程度のことならちぃは知ってるよ?」
悪寒では済まない。自分のコードと同じレベルの最弱コードだと思っていた。だというのにこの銀髪少女は自分がゲーム開始時から今までの概要のほとんどを知っている。
確か、少女のコードは《異見互換》。たかが覗き見する程度のコード。
それなのに、そんな事まで分かるというのか?
「言っておくけど、覗き見るのはあくまで『おまけ』みたいなものだよ。ちぃのコードは本来、異見……異なった見解、異なった思考、異なった価値観、異なった感性。それらを理解解析するものなんだよ」
自分と違った考え方を理解するコード。それが《異見互換》。
相手と視界を共有するのはあくまで『おまけ』。コードの本来の使い方は相手の思考を理解する事。
「まあ、お前のコードとは相性が良いんじゃないかな? その言葉を封じるコードは自分にも影響するみたいだし」
「…………ッ」
使用者本人と同じ思考をすれば、コードによる阻害を受ける事はない。千秋の言う通りだ。
つまりそれは陽菜にとっては自分のコードがほとんど通じない相手と現在対峙しているということになる。
(………護衛の一人でも付けときゃ良かった…………)
後悔してももう遅い。対峙してしまったのだから仕様が無い。
「あ、そういえば当然ちぃはお前が懐に隠し持ってる物の事も知ってるよ。それがお前の敗北条件なんでしょ?」
「……まるで未来予知じゃない、これ」
詰み、というものを実感した陽菜は思わずそう呟く。
今ココで自分が何か手を打とうとしても、それは相手にすぐにバレてしまう。そもそも手を打たせてくれるかどうかも分からない。
「虎杖君みたいに先に起こる事象は観測できないけどね。ちぃのは相手の思考に合わせてるだけ」
それがどれだけ恐ろしい事か、本人は自覚しているのか。
いや、千秋にとって自分のコードが恐ろしかろうとそんなものはどうでもいい。
彼女がこのコードを本来の意味で使うとしたらその行動原理はただ一つ。
「でもそんな事関係無く、お前のコードは一輝にとって一番厄介になる。だからお前、ここで消えてよ」
ただ無邪気な笑顔で、千秋は陽菜に向かってそう告げた。