人質に時間
…………いない。
敵の罠だと思って誘いに乗ったのはいいけども、職員室に入った瞬間に違和感を感じた。
テロリストが一人たりともいない。何故?
疑問に思いながらも職員室を詮索していると、人質と思われる手足を縛られた集団を発見した。数はちょうど10人。
……もしかしてこいつら全員が人質ではなくてテロリストで、助けようと姿を現した俺をいっきに襲撃するつもりか?
一応、保険で全員がどうやって職員室に来たのかを部分観測したが、全員が目隠しをされて一切の状況が分からないままこの職員室に連れて来られたようだ。
テロリストではない。テロリストが一人たりともいない。
さっき放送で、テロリストにも職員室に人質を放置したことは告げていたのに……。
ちょっと待て。何を僕は勘違いしてたんだ?
僕にその事実を伝えるには、放送という手段は一番だ。けど味方のテロリストに伝える手段は他にあるだろ。仲間なんだから連絡手段の一つもあるはずだ。
携帯とか無線とか。
むしろ味方のみに知らせたいことがあった場合はそっちの手段を使った方が有効的だ。
例えば、僕をある場所に行かせて……またはある場所から遠ざけて、何か校舎に追加で仕掛けをするとか。
くそっ! さっき無線があるかどうか確かめておけばよかった。
『あー、《非観理論》聞いてるぅ?』
先程の放送の声が職員室内に響く。
僕は放送を流すスピーカーを睨みながらそのまま耳を貸す。
『人質を見殺しにしたかどうかは知らないけど、もしも見殺しなんかにしてない心優しい人間だとしたら当然、違和感には気付いてるよな? これはオレからのプレゼントだ。そこにいる人質10名だけは逃してやるっていうプレゼント』
また無駄にご親切で。あまりにも良い人過ぎて涙が零れてきそうだ。
それで、この人質たちを使って何を企んでいるんだ? このテロリストは?
『さらに追加でプレゼントで昇降口のカギを人質の一人に持たせてる。それでその人質たちは完全に逃げれるはずだ』
本当に何を考えてる? わざわざ人質を解放する意味があるのか?
テロリストなら、テロリストでなくても人質は多くいても問題はないはずだ。
この行為には絶対に裏がある。むしろ何もないなんて、絶対にありえない。
……逃がす事で成立するような仕掛けがあるのか? そんな無茶苦茶な仕掛けが?
あるとすれば、それは当然コードを使った仕掛けになる。
言葉を封じる以外で、こんな面倒な仕掛けをようするコード…………。
ダメだ。思いつかない……いや、多分まだ思いつく事を禁じられている。
思考も発言も阻害するこのコードをどうにかしない限り、相手の裏を読む事なんて無理だ……。
『さて10人を救う事になるヒーローさんに質問だ。今、体育館にはこの学校の全生徒および職員……といっても10人はそこにいるから全体から10引いた数の人間が無理矢理押し込められている。助けるor見捨てる?』
ますます相手の考えが分からなくなる。そんな脅しを仕掛けるのなら本当に何故この10人を解放した?
必要無いだろ。解放する意味なんて。最初から体育館に全生徒と職員がいることを言って僕を誘き出せばよかっただろ。
何で? 何の意味があるんだ?
『あ、そうそう。助けるんなら早くした方がいいよ。10分経つごとに13人ずつ殺していくから。ちなみに13って数はオレがもってるハンドガンの弾倉に入れられる弾の数で、それ以外になんの意味も持たないから』
その後、ぴんぽんぱんぽーん、と自分の声でわざわざ言った後に放送は終了した。
何はともあれ、僕に考えている暇は無いわけだ。
「取り敢えず、今の放送聞きましたね? 僕はすぐ体育館に行くんで貴方たちは勝手に学校から逃げてください」
突如として現れた僕に全員驚いていたが、それについて説明する気も時間も一切なかったので対応せずに人質たちを束縛から解放した。
「それじゃ」
そう言って僕は人質たちの方を見向きもせずに職員室を後にした。
ともかく今は、体育館に行かなければいけないが……。
今度は正直ヤバい。体育館は広くて隠れる場所も無い。銃撃戦になれば確実に人質に当たる。
だからって僕が犠牲となるわけにもいかない…………いや、その手があるか。
相手はあくまで僕の命じゃなくて僕が大切にしている物を壊したいんだ。でも僕は自身が何を大切にしているか分からない。
だけどその事を相手は知らない。だから僕を直接殺すことはしない……はず。人質を使って脅してきたりはするかもしれないけど。
だからどうにか僕が時間を稼いで、鋼凪や一輝先輩が来るまで時間を稼げば、人質は救出できる。
でも正直言えば、これは賭けだ。
相手が僕が自身でも大切な物が何かが分からない事を知れば、無理にでもコードを使わせるか、殺しに掛かる。
多分、後者を選択するだろう。なんせコードを使ったかどうかなんて本人にしか分からないだろうから。
だからどうにか、僕は相手にバレずに嘘を吐き続けなければいけない。
この賭け、8割方、僕の負けが決定している。でも今の僕に打てる手はこれしかないんだ。