《虚実混交》
「タイムリミットはもう無いぞ。俺を殺してババァも殺すか、俺を見逃してババァを助けに行くか。ウォーターパークの再現だ。さあどっちを選ぶ?」
《虚実混交》。俺の本当のコード。
自らの発言の真偽を世界に適応させる、嘘吐きのコード。
詳しく言えば、自らの発言一つで発動できるコードでは無い。
俺が言う言葉、その発言を相手が真実だと思ったら世界にとっても真実に、その発言を相手が虚偽だと思えば世界にとっても虚偽に変わる。そんな無茶苦茶なコードだ。
簡単な例を言えば、初対面の相手に対し、自らのコードを《無影無綜》だと言う。
その言葉を相手が鵜呑みにすれば、俺のコードは《無影無綜》へと変わる。
その言葉を相手が疑ってかかり信じなければ、俺のコードは《無影無綜》にはならない。
ただそれだけのコードである。
だが当然、上手く使ってやればこのコードはあらゆる嘘を現実にする事ができる。
「まあ当然分かってるとは思うけど、俺は今玄関に居て、お前はババァを助けるにはそこを通らなきゃいけない。まさかタダで通れるとは思ってないよな?」
歯を食いしばり、まるで獣のような赤みがある瞳を俺に向け、《干渉不可》はさらに拳を握りしめる。
だがそれでも俺に殴りかからないところを見ると、まだ俺を倒して婆さんを助ける方法があると考えているみたいだ。
それなら俺は、言葉でその可能性を消し去ってやるだけ。
「ここを通りたかったら、お前は今すぐこの場で大切な物を壊せ。そうでなければ通さないぞ」
「……何言ってるの? アンタのコードが何だかは分からないけどあたしを止める事なんて出来ない」
「本当にそうか? お前だって分かってるんだろ? 自分のコードが何からも守ってくれるものじゃないって事くらい」
「……チッ」
へぇー。この反応だと本当にそうなのか。《干渉不可》を止める手段は実際に存在する。
まあでも多分それは今の俺には実行不可能だな。なんせ俺には言葉っていう武器しかない。
使いようによっては核兵器なんかよりも圧倒的に危険になる言葉しか。
「わざわざ下で火事を起こしてからこっちに来てるんだ。当然、ここから逃げる手段もお前を倒す手段も事前に準備してきたに決まってるだろ」
「……壊してる時間なんてない。渡すだけでいい?」
……なんだ。簡単に折れるじゃないか。だったらわざわざコードを使う必要も無かったのに。
「あぁ、別に構わない。寄こせ。あとで壊しといてやるから」
そう言って片手を差し伸べる俺。
こちらに近付いてきた《干渉不可》は俺の掌に一枚の写真を置くと、自然と俺が退いたために出来た通路から一目散に部屋を出て行った。
写真は、全員笑顔で並んでいる家族写真だった。
……この写真を今この場で破くのは得策じゃない。なんせ《干渉不可》が偽物を渡してきた可能性だってあるんだから。
ともかく、今はこの場から脱け出して鋼凪を起こさないとな。このバカなら丁度いい。何も知らずにのうのうと気絶しているコイツなら丁度いい。
「さてと…………」
先程俺はコードの力によって、《干渉不可》を倒す方法とこの場所から逃げ出す方法を得ている。
当然、俺自身はそんな下準備など一切していないのだが、俺はその二つの方法を得ている。
だから当然、俺はこの場所から鋼凪を連れて逃げ出せるのだが…………。
問題はその後。どうやってこのバカ凪を起こすかだ。
「おーい、クソバカアホ凪ぃー。おやつの時間だぞ、起きろー」
…………チッ。この言葉でも起きないか。一体鋼凪の奴はどうやったら起きるんだ?
鋼凪を背負って逃げるというとても原始的手段でボロアパートから逃げ延びた俺は、そのアパートの真正面の道路にて『うわ、燃えとる燃えとる』なんて野次馬気分を味わいつつ鋼凪を起こす事に苦労していた。
早めに鋼凪に起きて貰わなければ、色々と困るんだよ。さっさと起きろこのクソバカ。
「鋼凪、あと3秒以内に起きなければキスするぞ。3、2、1」
「とりゃしゃぁ!!」
顎に強烈なアッパーを喰らい軽く宙を舞った後に地面に叩き落ちた。痛い。頭がクラクラする。
っていうか鋼凪の野郎、俺が舌噛んだろどうしてくれるんだよ! 大切な武器なんだぞコラァ!!
「……ん? ここは? うわっ! 燃えとる燃えとるっ!!」
「痛ぇ…………あれは気にするな。《無影無綜》のもう一つのルールの効果だから」
周囲を見渡す……というより火事を目撃して動揺する鋼凪に対し、俺は適当な嘘を吐く。
「もう一つのルール?」
「そう。お前らには言ってなかったけど《無影無綜》にはもう一つだけルールがある。影も形も無いただの幻を見せるっていうルールが」
当然、嘘である。
《無影無綜》は例え世界が反転したとしてもただ物を消し隠すだけのコードだし、そもそもこれは本物の火事で一切幻などではなく、その上この場に《無影無綜》を使える者はいない。
だけど、鋼凪はその事を知らない。なんせその事実を知っている者は《干渉不可》と千秋しかいないんだから。
例えその場に居たって、気絶していた鋼凪には俺がコードについて嘘を吐いていたことは分からない。
そしてあまりにもスラスラと俺が言うものだから鋼凪は受け入れてしまう。
受け入れてしまったら、その言葉は真実となってしまう。
「だから鋼凪。一応否定しといてくれ」
「あ、分かった」
そう鋼凪が言った後、一瞬にしてボロアパートを包み込もうとしていた炎の全てが消え去った。
よし、これでいい。この火事をコードのせいにしてしまえば《否定定義》を使って一瞬にして消火できる。これで本当に火事で集まってくる野次馬を追い払うこともできた。
人混みに邪魔されて学校に戻れなくなるんなんて哀れな事態は避けられた。
あと残ってる事といえば、《干渉不可》をきっちりと敗北させることか。
「にしても、何でわたしはこんな所に居るんだ? 答えろカス」
「それがわざわざ助けにきた人間に対する態度か。義務教育からやり直せ」
「助けに来た……?」
「あぁ。どうやって誘拐されたか知らないが、お前は《干渉不可》に誘拐されて俺が助けに来た」
「なんで?」
「学校の方がちょっと色々あってな、俺しか動けなかった。それに《干渉不可》の狙いは俺だったからな」
「つまり、わたしはカスを呼び寄せる為の餌にされたと」
「まあそんな憤るなよ。こっちにはそれだけの収穫があったからな」
「収穫?」
聞いて来た鋼凪に対し、俺は先程《干渉不可》から渡された写真を見せる。
「これ、何だと思う」
「家族写真……?」
「そう。これが《干渉不可》の大切な物」
「……わたしを助けに来たんじゃないの?」
「知らないのか? 俺は欲張りなんだ」
当然、嘘である。
クソ主人公が、能力乱用するなよ。
一々ルビ振るこっちの身にもなってみろ。案外大変なんだぞ、お前の台詞長くて。