ただの嘘
「やっぱりお前だったか、《干渉不可》」
「気付いてて助けに来たの? 子供を人質にとった人間の行動とは思えないけど」
「うわっ、カビ臭ぇ!」
なんだ、ここ!? ゴミ屋敷の臭いがする!
「おいテメェ、《干渉不可》! ちゃんと掃除してるんだろうな!?」
「は、はぁ? ちょっといきなり何言って―――」
「答えろ!」
「……し、してるけど」
…………っていうことはもうこの環境自体が最悪な状態ってことだな。
雑草やら木々やらを放っておくから、こんなカビ臭ぇんだ。
いっそ全て燃やしてしまおうか、あとで。
「え、えぇーと……話進めていい?」
「ん? あ、そうだな。話を進めよう」
ヤバい。あまりにも臭いがキツくて鋼凪のこととか《干渉不可》のこととか忘れてた。
玄関の隣には洗面台やらキッチンやらがあり、少し奥に進めば居間やらがある。
その居間に《干渉不可》と鋼凪はいた。両者とも服装は制服で、鋼凪は《干渉不可》の足元でぐったりと倒れている。
「……まずは、そこに転がってる人質を解放して貰おうか」
「なんで?」
「その為に俺は学校サボってここまで来たんだからな。さっさとテロリズムなんて日本には不釣り合いな事を鎮めたいんだが……人質はまだ解放しないのか?」
「んー……まあ、いいわよ。解放してあげる」
そう言って《干渉不可》は鋼凪を蹴り飛ばすような形で、俺の方へ渡してきた。
俺は鋼凪の襟首を掴んでそのまま、自分の後ろへ投げ捨てるように移動させる。
「……蹴ったあたしが言う事では無いとは思うけど、随分と酷い扱いようね」
「俺は案外、非道な事を容赦無くするような人間なんだが……知らなかったのか?」
「確かにそうだった」
「いやはや理解が早くて助かるよ。ガキんちょ」
「…………この前の続きなんだけど」
そう言って、剣呑な瞳をこちらに向けて俺に問いかける。
「アンタのコードは本当に《無影無綜》なの?」
「その問いは前にもされたし、俺は答えたよな?」
「答えてない。よくよく考えたら答えてない」
「その結論に至ったのは、誰のお蔭かな? 《禁思用語》? それとも他の誰かか?」
「話を逸らすな」
「残念ながら、俺が知りたい事とお前が知りたい事は不一致だ。お前が俺の問いに答えたら、俺もお前の問いに答えてやるよ」
「チッ………一番最後に違和感があったの」
……俺の言った条件に乗るとは随分余裕じゃないか。
時間の余裕は自分にあると思い込んでるのか? それとはまったく逆の状況だってのに。
「あたしが知っている本来の《無影無綜》ならば、あのまま子供を殺そうとしたはず。でもそうならなかった。アンタは殺そうとした子供を助けた……元から殺す気なんて無かった。だから違和感を感じたの」
あぁー、やっぱりそこに違和感を感じられたかー。失策だったわー。
っていうか面白いほど予想通りだな。
「この前はてっきり、アンタを《無影無綜》だと信じて、アンタを濁川一輝だと疑ってた。けどもしかして……本当は逆じゃないの?」
「何言ってるんだ? 俺は濁川一輝でコードは《無影無綜》だ」
「違う。アンタはもしかしたら本当に濁川一輝かもしれないけど、もしかしたら本当は《無影無綜》じゃないかもしれない」
「結局それは仮定までしかいかないだろ? 確証は一つもない」
「それは…………」
「まあ、半分正解なんだけどな」
「それってやっぱり!」
「さぁて問題です。俺とお前、ここで負けるのはどっちだ?」
リミットだ。もうこれ以上の時間稼ぎは意味は無い。むしろ焼き終る前までに終わらせないと。
さて、外道で無茶苦茶で異常なコードの使い時だ。
「あぁ、そう言えば。ここの大家は案外良い人みたいだな」
「……いきなりなんの話」
「いや、さっき下で会ったんだよ。たまたま。そしたら色々聞かれちゃって困ってさぁ……全部嘘で返したけど」
「だからいきなり、何で話題を逸らすの?」
「まあまあ。途中で話が盛り上がっちゃってさぁ、魚、焼いてくれることになったんだよ。それも七輪で! 今時、七輪なんて滅多に見ないよな、凄いと思わないか?」
「何が言いたいの……?」
「まあでも、残念だよな。人の良心ってのは悪党にとっては物凄くつけ入り易いんだよ。あの婆さんも俺と会わなきゃ今頃は……ううぅ、泣けてくるねぇ」
「何したの……おばあちゃんに何したの!?」
「あァ? お前、鼻悪いの? 臭わない、魚の焼ける香ばしい匂いと……ほんのり臭う、人が焼ける臭い」
「な……今、なんて……言ったっ?」
「まあ日本に住んでりゃ、普通嗅がないよな。それにまだ焼け始めで臭いもそんなしないしね」
「ど……お前、おばあちゃんを…………まさかッ!?」
「そぉだよ。俺は、ついさっき、ここに来る前かな。ココの大家であるババァとこのボロッちいクソアパートに火を点けてきたばっかりなんだ」
当然、嘘である。
俺は確かにここに来る前に婆さんと話したし、今は外から魚が焼ける匂いがする。
でもそれ以外は当然、ただの嘘。一つの例外も無く冗談である。
そんな事をしたって俺にメリットは無い。この部屋に入ってすぐに鋼凪が返されない場合だってあるし、そうなった場合、俺だって火事に巻き込まれてしまう。そんな危険な策に打って出るなんて馬鹿げたことを俺はしない。
ただ、《干渉不可》にとっては疑う要素が一つもない。
子供の頭上から鉄骨の雨を降らそうとした人物。そんな危険人物がこんな事を言ったら本当にそうなっているかもしれないと思ってしまう。
もしかしたらこの外から匂う香りは、魚が焼ける匂いではなく、家が焼ける臭いなのかもしれない。そう思えば少しばかり焦げ臭いような気がする。
あの時、子供を助けたように大家を助ける手段をすでに打っているかもしれない。
でも、必ずしもこの濁川一輝という男がそういう事をするとは限らない。
さっきも仲間であるはずの少女を、まるで重たい荷物を扱う様に、適当に退けていた。
確かに濁川一輝はいくら他人を物のように扱ったとしてもそれを殺そうとはしない人間かもしれない。
でも、ウォーターパークでの時……言葉でのデマカセではなく実際に事を起こした。
今回もそれと同様に、もうすでに事を起こしてから……ただの事実を述べているかもしれない。
おおよそ、《干渉不可》はこう思うだろう。俺もそれだけの事をしてきたと自覚してる。
千秋にしたって、俺の「助ける」という言葉は疑っても、俺の「殺す」という言葉を疑いはしないだろう。
裏切りと非道な行為。この二つは俺が今まで何度も何度もやって来た事だ。
その反対の行為を疑ったとしても、この二つ自体を疑う必要は無い。
だから必然的に、《干渉不可》は俺の言葉を信じ。
俺の言葉は、真実に変わる。
「お前……ッ!!」
怒り狂う猛獣のように、歯をむき出しにして顔全体で俺に怒りを向けてくる《干渉不可》。
この顔から分かる事は二つ。
《干渉不可》……茜という名前のガキは俺の嘘を真に受けたということ。
そして、俺のコードが発動したという事。
「タイムリミットはもう無いぞ。俺を殺してババァも殺すか、俺を見逃してババァを助けに行くか。ウォーターパークの再現だ。さあどっちを選ぶ?」
笑いながら分かり易く選択肢を提示する俺。
俺の本当のコードは《虚実混交》。
自らの発言の真偽を、世界に適応させる。嘘吐きのコード。
読み難いですよね、すいません