s4
「本当にありがとう虎杖君。貴方のお蔭でテストはバッチシ」
「いやー、もう僕は何も言えないよ。《非観理論》をカンニングの為に使う破目になるなんて」
男子高校生と女子高校生の話し声が聞こえる。
…………って当たり前か。ここは高校なわけだし。
しかしこの特別教室棟ってのは白昼なのに人気が無い。放課後になれば部活などで賑やかになったりするんだろうけど。
まあそんな事はどうでもいい。
さっさと俺も《否定定義》と《非観理論》のお喋りに参加しなきゃな。
「いやー、それは確かに驚くな。コードをそういう風に使うとは」
「……ッ!?」
三階の踊り場に登場した謎の学生を最初に見たのは《否定定義》使用者である鋼凪梓美。
後に続いて《非観理論》使用者である虎杖紀亜も謎の学生を見上げてくる。
謎の学生たる俺は平然とした顔で「あ、ドヤ顔決めといた方が良かった」なんて事を思っていた。
「誰? 虎杖君の知り合い?」
「……いいや違う。今日ウチの学校に来た2年の転入生だ」
「別に《非観理論》を使って調べなくたって名乗ったのに」
俺の口から《非観理論》という言葉が出た事によって、さらに二人が警戒を強める。
ん~、なんかマズい。この二人に漂う緊張感は完全に臨戦態勢を整えてるって感じだ。
別に暴力やコードを振りかざして二人を屈服させようとなんて微塵たりとも考えていないのに。
「どうせそっちには《非観理論》があるから自己紹介する必要も無いんだけど……まあ、小さい時に散々仕込まれた事だからな。礼儀は通さなきゃ」
戦闘前の敵キャラとかが言いそうな台詞だなぁ~、なんて若干傍観者を気取りだした内心を無理矢理引き戻し、俺は二人に自己紹介をする。
「俺の名前は濁川一輝。使うコードは《無影無綜》。自らと自らが触れた物質を消し隠す事が出来るんだ」
「コード……?」
鋼凪梓美の方が俺の言葉に少しばかり首を傾げる。
「仮想空間具現化現象とも言う。けどそれだと長いし、コードって言った方が短くてカッコいいだろ?」
まあ正直なことを言えば、俺はカッコいいからコードと言っている。
「俺がこの学校に転入してきた理由は二つ。一つはぐぅたら妹の生活改善のため。一つは、お前達二人だ」
「……わたし達を殺しに来たっていうわけ?」
「《完全干渉》やお前と一緒にするなよ殺人鬼。俺はもっと穏やかな人間だ」
鋼凪梓美は少し眉を動かし、虎杖紀亜は苦笑いを浮かべる。
「俺はまあ、簡単に言えば、お前達を独断で審査しにきた」
「審査?」
鋼凪梓美がまた首を傾げてくる。虎杖紀亜の方は完璧に口を挟まない気でいる。
まあ話す相手は一人の方が楽か。
「お前たちは分かっているだろうが、《否定定義》と《非観理論》の組み合わせは非常に危険だ。過去、未来、現在の情報の全てを掴みきったと言っても過言じゃない」
「それで危険因子であるわたし達を独断と偏見で審査して、結果、本当に危険だと貴方が判断したら?」
「当然、殺す」
俺がそう言った途端、鋼凪梓美が何かを投げてきやがった。
俺はその場から一旦姿を消し、何かが通り過ぎた後、また姿を現す。
「それが《無影無綜》? 逃げが中心のルールみたいね」
「ドアホ。人の話を最後まで聞くように、両親に教わらなかったか?」
「生憎、その両親は小さい頃に目の前で殺されちゃってね。わたしはあんまり両親に教わったことを信じてないの」
「そりゃ、ご両親が恵まれない」
「別にそんなのわたしには関係無いっ!」
鋼凪梓美は勢いよく階段を上って、俺との距離を一気に詰めようとする。
このお転婆娘が。別に俺はあんた方と戦う気は無いのによ。
俺は後ろへ下がり、どうにか廊下まで退く。
「随分と逃げ腰じゃない。殺すんじゃなかったの?」
「殺すのは判断後だ。まだ判断すらしちゃいない」
「なら良かったじゃない。良い判断材料ができて」
あぁそうかい。このお嬢さんは俺の答えなど聞いていないというわけかい。
上等だ。お兄さんに喧嘩を売ったらどうなるかを身を持って知るが良い。
「そこまで死にたきゃ、さっさと死ねよ」
直後、三階の踊り場が丸ごと消える。
《無影無綜》。自らと自らが触れた物質を消し隠すコード。
そしてそれの使用者は俺である。俺が居た……足で触れた場所は隠す事が可能だ。
「さて、問題です。俺は先程までどこに居たでしょうか?」
「…………ッ否定!!」
自由落下しかけていた鋼凪梓美の体は尻餅をつくように踊り場に落ちる。
《否定定義》。ルールを無効化するコード。
つまりそれは、相手の理論であるコードをも無効化できるという事。
一筋縄ではいかない相手だ。
…………って違う! 相手じゃない! 俺は平和的にことを進めようと思ったのに!
いつから少しバトルっぽくなってんだよ、バカか俺は!
あぁー、これは千秋に怒られる。絶対に怒られる。そして弁当と言われ続ける。
っていうか。
「おい、お前スカートの隙間からパンツ見えてるぞ」
ホント、最近のスカートって短いよな。冬場とか絶対に寒いだろうに。どうするだよ。
まあミニスカよりかは長いけども。本当に冬場どうするんだよ。っていうか今冬場だろどうするんだよ。
「~~~~~ッ!! ……殺す」
物凄く冷淡でまるで機械のような冷たさを感じる声が鋼凪梓美から発せられる。
あぁー、俺の発言一つ一つが平和という文字をぶち壊していくなんて。
もういっその事、俺のコードは《平穏崩壊》に改名したほうが良いんじゃないか?
鋼凪の右手にはシャーペンが握られている。
ただの文房具だとは思うが、人によっては目に突き刺して凶器へと変貌させる天才がいるんだ。極稀に。
そしてそういう天才の雰囲気を今、鋼凪は纏っている。
まあ平和とは少しかけ離れたが、ここは一つ遊びを、
「かくれんぼでも、始めようじゃないか」
やっぱりバトルっぽくなると俺ってグダるなぁ…………