帰宅
『おう、一輝。どうした?』
「どうしたじゃねぇーよ」
携帯電話から聞こえてくる、男のまるで人生を謳歌しているかのような声に、12月初頭の夜の寒さに凍え震えている俺としては非常にムカついていた。
月が無い、星明りが至る所で輝いている夜空を見上げなら会話を続ける。
「親父、アンタ今どこにいるわけ?」
そう。今現在俺が携帯で会話している人物は、俺の義父……正確には養父だが。
濁川是無。性別オス。年齢不詳。
数十年前に親がぶち殺された俺と、不思議少女ちゃん千秋を拾って一応は育てた人物。
その人物に昨日、空港まで迎えに来いと言われたのだが……。
まあ、そんなアバウトな内容で動いてしまったって、いざ空港に着いた時ら、『居ない』なんてことになりかねないので、今俺は電話して相手の位置を確認しているわけだ。
『どこって、友達の家だけど』
「…………」
まあ、予想通り。このクソ親はそういう人間であることは昔から重々承知のことである。
人に何かを言いつけておいて、自分はどこかへフラフラと行ってしまう。
昔からそういう人物だ。
「……まあ、いいや。どこかで待ち合わせしよう。今は県内県外」
『電波が通じてるから圏内だな』
「くだらない事を言ってるとブッ飛ばすけど、それでどこで待ち合わせする?」
『じゃあ駅前』
「どこの駅前だ、はっきりさせろ」
『あぁ? んー、じゃあどこかの駅前』
「……いい加減にしろよクソ親父。テメェの顔面をズタズタに切り裂いて忠犬ハチ公像の前に晒してやろうか?」
『また変な脅しを考え付くなぁ。まあ、取り敢えず駅前でまた会おう』
「おい…………チッ」
またまたアバウトな事を言われて、通話が切れた。
冬の寒さのせいか、それともクソ親父に対する怒りのせいか、俺の携帯を握る手は何故かプルプルと震えていた。
携帯が軋んだ音を上げる前に、ポケットに乱雑にしまい、どこへ行くかを考える。
駅前……地下鉄なのかローカル線なのかそれともJRの駅なのか。
せめてそれ位ははっきりさせてほしかった。
あまり深く考えたところであのクソ親父の前では意味をなさない。
溜息を吐きながら、取り敢えず、電車に乗る事にする。
「おう、一輝! 久し振りだな」
適当な時間を見計らって、適当な場所で降りたのだが、改札を出たところで濁川是無に会えた。
当然というかなんというか、俺はこんな場所を全く知らない。来たことがない。
それだというのに、
「何でアンタはこんな場所に居るんだよ?」
「たまたまだ」
たまたま……偶然この場所に居た、ということでいいのだろう。
俺が適当に来たら、たまたまその場所に親父が居た。
出来過ぎた話である。当然、誰かが人為的にこうしたのだ。
本人曰く、たまたま、だそうだが。
「俺がやったお古のコートに、制服……一輝、お前また何か千秋を怒らすような事をしたのか?」
「相手の性格をしるために子供を人質にして殺害未遂をしたら『頭冷やしてきて』って言われて家から追い出されたよ。頭どころか体が冷えそうなんだが」
つい先日、俺たちは《干渉不可》と戦闘になりかけた。
俺のコードでどうにか全員逃げ切ることができたが、俺だけは残って《干渉不可》と少しの間、対峙した。
その時、これから先の事を考えて子供を人質にして《干渉不可》の人間性を調べた結果。
俺は千秋にこっぴどく怒られ、その上、何の荷物も持たされないまま家を追放された。
どうにか学校に行くためという理由で制服を、冬だからという理由で一枚だけコートを着れたが、どちらにしろ寒い。
俺のコードは物体を消し隠すだけだから、寒さを通さないなんて便利な性質まで持ち合わせていない。
「そりゃまあ、その程度の事で大激怒するとは千秋の沸点は低くなったんだな」
「元からだ」
「まあ普通にこんな平和な国にしばらく居たら、普通はそういう事で怒るようになるのか」
「というか、言っちゃ悪いが俺とアンタの人間性が最底辺まで落ちてるからだろ」
「そうか?」
「多分」
子供を人質に取るのをその程度という表現をするのは、この国では明らかに異常者の精神だろう。
「しかしまあ、それじゃあ俺も家に入れて貰えるかどうかが分からないな」
「アンタは別に平気だろ。ただ単に家に帰ってきただけなんだから」
あの元ゴミ屋敷、少し前まで俺の住処だったあの家の所有権は親父にあるんだから。
「それじゃ、まあ、積もる話もあるだろうが――――」
そう言って親父は少し間を置き、俺に顔を近づけて問いかける。
「今、お前らは何に巻き込まれている?」
「……話が早くて助かるが、それは随分長い話になる。家に帰ってからにしよう」
そう言ってまた俺は改札を通る。
親父は少しばかり怪訝そうな表情をした後、こう言った。
「家に帰ってからって……お前、家に入れるのか?」
唯一今言ってほしくない言葉だった。
お義父さん登場。
この人が主人公を非道下衆鬼畜の最低悪魔野郎にした人物です。