転変
現在千秋が襲撃している赤い瞳の女の子……鳴神茜は《干渉不可》というコードが使用できる。
そのルールは、あらゆるコード、物理法則、常識などの全てからの干渉を断つことが出来るというものだ。
つまりは《干渉不可》を使用すれば重力や物体からの接触全てを断つ事が可能なのだ。
可能なのだが…………。
(プニプニされる! なんかよく分からないけど銀髪女にプニプニされちゃうぅ……ッ!!)
何を動揺したのか、茜はコードを使用してるのにも関わらずプールサイドで千秋から逃げ惑っていた。
茜と千秋の周りには、鋼凪と虎杖が居るには居るのだが……二人とも泳ぎ疲れて騒ぎを無視している。
当の襲撃者たる千秋はというと。
(……あ、れ…………?)
ようやく、異変に気が付いた。
といっても、茜の死角から襲撃して頬を触り尽くしてやろうと考えコードを使用した結果、気付いたのであるが。
自らの視界を共有するルールが通じない事態に対し、まず茜がコード使用者だという風に考えた。
いつも一輝に色々と説明されている為、すぐに色々と思考が回っていく。
コード使用者という言葉で、ゲーム参加者という言葉を連想し、つい先程一輝に話した内容を思い浮かべる。
先日《干渉不可》が《完全干渉》に接触したとういこと。
その時、千秋は氷雨の視界を通じて、氷雨の居場所と二人の戦闘を目撃したのである。
つまり自然と思い出す。氷雨と戦った者の顔を。
(…………一輝に連絡しないと……ッ!)
別に相手が攻めに来たという事は確定されていない。一輝を呼び戻せば、余計に事態をややこしくしてしまうかもしれない。
しかしそれでも《無影無綜》が居れば敵前逃亡も楽に行える上、千秋がまっさきに頼ってしまうのは一輝であった。
茜への襲撃を止め、携帯を取り出そうとする。
しかし当然、プールサイドに携帯を持ってきているわけがなかった。
防水性能の携帯電話ではあるが、泳いでる途中でどこかに流れてしまうかもと千秋が思ったからである。
偶然の失態……いや、それを狙って相手は千秋たちに接触してきたのかもしれない。
(………どうしよう…………どうしよう………………ッ!?)
千秋のコード《異見互換》は相手の価値判断などや視界を盗み見ることは得意だが、それ以外は何も出来ない。
誰かに何かを伝えるルールなど有していない。
同様に鋼凪のコードも虎杖のコードも今すぐ一輝に何かを伝えるルールを有していない。
その上、二人とも泳ぎ疲れて、今すぐ逃げろと言ってもすぐに茜に追いつかれてしまいそうだ。
考えれば考えるほど、状況に追い込まれていく千秋。
(……一輝なら、絶対にすぐに逃げるんだけど…………ちぃの頭じゃ上手い逃げ方なんて思いつかないよぉ……)
千秋の頭の中では、もう一輝が早く戻ってくるか、相手に追い詰められて終わりかの二つの可能性しか無くなっていた。
茜は千秋の襲撃が止んでからしばらく様子を見ていたが、冷静になったのか、また最初の時のように千秋に問いかける。
「すいません、濁川一輝……《無影無綜》はどこですか?」
「…………えっ?」
その質問で千秋は理解した。
相手はわざわざ一輝が居なくなったのを見計らって千秋たちに近付いてきたのではなく、たまたま一輝が居なくなった時に千秋たちに近付いてきたのだった。
狙いは千秋たちではなくて一輝個人。
なおさら一輝に、戻ってこないで、と知らせたくなるが、連絡する手段など持っていない。
「……一輝は、先に……帰った」
黙ってこのまま時間を稼いだって、一輝が戻ってきてダメな事態になるだけだ。
そう思って千秋は適当な嘘を吐いたが…………。
「出来れば、こんな公衆の面前で強硬手段には出たくないんですが」
下手糞な演技はすぐに茜にバレてしまい、むしろ脅されるような状態を生み出してしまった。
こういう時だけは、すぐ人を馬鹿にして、すぐ人を騙して、すぐ人から猜疑心を引きずり出す、一輝の口が欲しい。
そんな事を思いながら、千秋は最後の抵抗として黙るしかなかった。
「はぁ…………仕方ないですね」
溜息を吐きながら茜は嫌そうな顔をしながら、千秋へ手を伸ばす。
その手を不意に焼きそばが防ぐ。
(…………焼きそば……?)
いきなり何処からともなく現れた焼きそばに茜も千秋も唖然としていると、その二人以外の声が横から発せられる。
「ごめんな、お嬢ちゃん。このクソバカ女には俺が先に用があるんだ。だから後にしてくれ」
焼きそばを突き出して茜の手を止めた、一輝が発したものだった。
その時、一輝は内心でこう思ったそうだ。
(……焼きそばで止めるって……自分で言っちゃ悪いけど、凄くダサいな俺…………)