少し昔のどうでもいい話
俺が目隠しをされて連れられた場所は、これまたよく分からない灰色の空間だった。
いや灰色というより、確か暗かったから黒っぽいような感じだったかな?
そこで見たのは、檻の中にいる、姉。
鎖で繋がれ、身動きが取れない姉の姿を見た瞬間、俺はこう思った。
あぁ姉ちゃんもあの人達に売られたんだ。あの人たちの死を聞いたら喜ぶかな? いや喜ばないだろうな。
そんな風に俺は思っていた。
物音とかで、誰かが近くにいると思って姉は顔を上げた。
そして俺がいる事に驚いて、しだいに悲しそうな顔をして謝ってきた。
何で姉が謝るのか、俺には分からなかった。分かりたくも無かったんだと思う。
悪いのは俺たちを売りとばした両親で、姉が謝る必要はどこにもない。
そう思っていた。
そしたら悪の権化……という言い方は失礼だろう。両親の死体が俺と姉の前に運ばれてきた。
多少乱雑に運ばれたのだろう。俺が見た時よりも汚れや傷が増えていた。
そしてその死体と共に、人間がやってきた。
暗くて見えなかったが、多分、男だ。女だったかもしれないが。
声を覚えていないのが一番惜しい事だ。
その人間は姉に問うてきた。両親を生き返らせたいか、と。
姉はイェスと答えた。俺もその意見に賛同だった。生き返らせて、一発ぶん殴ってやりたいなどと思っていたからだ。
でも幼く、純粋で、馬鹿正直だった俺にも分かっていることがあった。
死んだ人間は生き返らないということだ。
なのに人間は生き返らせたいかと聞いて来た。多分、バカにしているのだろう。そう思った。
でも違った。生き返った。俺と姉の願い通り、両親は生き返った。
生きかえった両親は、俺と縛られている姉の姿を見て、謝ってきた。
そして人間の姿を見て、またあの時の呪詛ように汚い言葉を吐き捨てた。
だからだろうか?
直後、両親は壊された…………いや人の場合は殺されたか。
殺されて、人間が「おっと、つい誤って殺しちまった」的な何かを言って、また生き返った。
痛がっていた。二人とも痛い、痛いよ、と泣くように呻いていた。
次第に痛みが治まったのか、さっきのように俺と姉にひたすら謝ってきた。
人間には目も向けずに、ただひたすらに俺と姉へ謝っていた。何を謝っていたのか、何を言っていたのかは覚えてない。けど二人とも謝っていた。
だからだろうか?
またすぐに壊された……殺された。
殺されて、人間が何かを言って、また生き返った。
色々なところを掻き毟る様に呻きながら、今度は人間に呪詛の言葉を吐き続けた。
俺と姉には目も向けず、ただひたすら人間に向かって汚い言葉を吐き続けていた。
だからだろうか?
すぐさま壊された……壊し、殺された。
殺されて、人間が何かを言って、また生き返った。
掻き毟り、掻き毟り、呻きながら、謝っていた。
人間に謝っていた。涙を流しながら謝っていた。とにかく謝っていた。許されようと必死に謝っていた。
きっと何度も殺されて心が折れたんだろう。だからさっきまで呪詛の言葉を吐き続けた相手に謝っているんだ。
だからだろうか?
今度は徹底的に壊された……壊して、壊して、殺された。
姉が泣き叫んでいた。もうやめて、と。
俺は姉まで殺されるんじゃないかと心配になっていた。
だけど人間はその姉の言葉を無視して、また生き返らせた。
生き返って、悶えて、謝って、また両親は殺された。
そして生き返って、悶えに悶えて、謝り続けて、また両親は殺された。
そして生き返って、悶えに悶えて、謝り続けて、また両親は殺された。
そして生き返って、悶えに悶えて、謝り続けて、また両親は壊された。
ずっと姉は泣き叫んでいる。やめてくれ、と泣き叫んでいる。
俺はずっと見ている。何故?
状況について行けなかったから? 違う。
恐怖に身も心も震わせていたから? 違う。
こうなって当然のことをしたと思ったから? 違う。
諦めていたのだ。全部、もうこの円環から両親は逃れられないと。
生き返り、悶え、謝り、壊され、そしてまた生き返る。
このループから逃れる術を両親は持っていないし、俺もこのループを止める術を持っていない。
だから諦めた。諦めて見ることしかできなかった。
奇跡なんて待ち望めなかったし、目を逸らしたところで耳から無残な光景が想像できてしまう。
現実からは目を背けられない。妄想へ逃げることなんて不可能だ。
姉は泣き叫んで、目を逸らして、諦めずに……止めて、と叫び続ける。
多分、今だから思えることだが……ずっと姉が諦めなかったから俺は直視することが出来たんだと思う。
俺が諦めてしまったことを姉が諦めずにいたから、俺は俺でいられた。
だからだろうか? いやそれもあるが多分、人間の器的に限度を超え過ぎてしまったんだろう。
姉が壊れた。姉の精神が壊された。壊れた。壊れ尽くした。
笑い出した。あひゃひゃうひゃひゃひゃ、と今まで聞いた事のない声で笑い出した。
何が嬉しいのか分からなかった。恐かった。壊れた姉が。
姉の全てが怖くなった。今まで両親を死を何度も見たって震えもしなかった……震える事もできなかった体が震えだした。
笑いながら、首や全身を無理矢理動かし、本気で鎖を引き千切ろうとする姉が、自分の知っている姉では無い気がした。
無理に体を動かしてるため、どこからか少しずつ出血する。それでもその自分の血を浴びながら姉は笑い続けていた。
逃げ出したかった。逃げ出せなかった。逃げ口などそう都合よくあるものじゃないんだ。
ある意味、釘付け。あの人間のことなど思考の端くれにもなかった。
俺の視界には、恐怖の象徴となってしまった姉がただいるだけだった。
にゃはははは!
ヘッドホンして書いてるから耳が痛い…………。