二人目の敗北者
「ようこそ、《完全干渉》のコード使用者」
部屋に入ってきた男医師の姿を見て、俺はそう言う。
「あれ? 《完全干渉》を使って俺に傷を負わせたりはしないのか?」
「逃げる相手に対してはそうするが、お前は逃げないんだろ?」
「何でそう思う?」
「お前のコードを使えばそのまま味方全員姿を暗ますことも出来た。が、こうして隠れもせずに目の前に《無影無綜》のコード使用者がいる。誘ってるとしか思えないだろ」
「お前を罠に嵌めたいからな。ってか本当に《完全干渉》を使わなくていいのか? 鋼凪たちとの戦いで幾分か時間を消費しただろうけど、まだ4分以上は残ってるだろ?」
「残念ながら4分以下だ」
「それでも、それだけの時間があれば俺の嬲って、大切な物を壊して、二人目の敗北者にすることなんて造作もないだろ?」
「お前がその大切な物をコードで隠してなきゃな」
「痛みを与え続けたり、脳に干渉すれば、自然と誰でもコードを解くだろ」
「簡単に言ってくれる。痛みを与えることは楽勝だが、脳に干渉してコードを解くなんてのは時間が掛かんだよ」
…………つまり、今こうして俺と会話しているのはその時間を稼ぐためか。
なら、暇潰しはここまでだ。こっちも策を出すとするか。
「……俺が、この部屋にお前を招いた理由は言うまでもなく罠を仕掛けたからだ」
「そうだろうな。しかし何時まで経ってもその罠とやらは発動しないんだが?」
「まあ、それはお前の隙を突かなきゃ意味が無いからな。お前が上に警戒しなくなるのを待ってたんだ」
「まさか、さっきと同じ策が通じるとでも思ってたのか?」
「だって苦労したんだぜ。お前が鋼凪たちと遊んでる間、俺はせっせと重たい荷物をこの上に運んで……その苦労を無駄にしたくないと思って当然だろ?」
俺が千秋と別れた後、どれだけ大変だったと思ってるんだ。
《完全干渉》を討ち取る策を準備するのに手間取り、そして鋼凪たちがピンチになった時のためようの策を準備して。
上から色々な物を落とすという事は、それらの物を全てそこまで運ばなきゃいけないわけで。
それがどれだけ重労働だか分かるか。ゴミ屋敷を独りで掃除しきる時よりも疲れたわ。
しかもそれだけ手間をかけた策が、通じないとなれば誰だってブチ切れるに決まってる。
「余談だが《完全干渉》、この階の上は屋上だ。つまりどれだけ大質量の物を置こうとも、どれだけ物を置こうともいい空間。さっきの5倍近くの物が降ってくるぞ」
そう言って俺は指を弾く。
パチンッという音と共に、部屋の天井が消え、大量の物が降ってくる。
当然上に警戒している《完全干渉》は、部屋の床も同時に消えたことに対して動揺をしてしまう。
重力に従い下へ下へと落ちていく俺と《完全干渉》と大量の物。
そのまま2階、1階へと落ちていく。というか残念ながらウチの学校は地下などないので、1階が終点。
受け身代わりに姿を消し、落ちた衝撃を無にする。
《完全干渉》は空気に干渉し、衝撃を全て逃がす。
だが逃がしたとしても上から落ちてくる大量の物を処理しなければならない。
途中、3階、2階にあった物も加わったので実際に俺が仕掛けた量の倍近くになっている。
それでも《完全干渉》にとってはそれらを蹴散らすことは造作も無い事なのだろう。
だから加えてやる。この1階に仕掛けた大量の物を出現させて、処理負荷を一瞬だけ起こす。
「ッ!?」
そしてその一瞬のうちに俺がやることは二つ。
一つは俺が奴の衣服に触れて、身包みを剥ぐ……とも言い、消し去る事。
もう一つは、上から降ってくる物全てを消し去る事。
身包みを剥いだ理由は簡単。奴が持ってる免許証を奪い易くするため。
降ってくる物を消した理由は二つ。
一つはまた処理負荷を起こすため。干渉中の物を消す事で、強制的に干渉取り消しの処理を大量に行わせる。
そしてその一瞬の隙をついて、他者から観測されない虎杖が安全に《完全干渉》の免許証を切るため。
《非観理論》は他者には観測されないが、決して姿を消したわけではない。
誰にも見られないだけ。だからタンスの角に小指だってぶつけるし、上から降ってくる物だって躱さなきゃいけない。
でも躱してたら《完全干渉》が次の手を打ってきてしまう。
だから虎杖の道を邪魔する物を全て消し去った。
あとは一瞬。
誰も気付かぬ間に、免許証はまるでハサミで切ったかのように真っ二つになって。
《完全干渉》の敗北が決まる。
皆さん、後片付けという言葉を知っているだろうか?
子供の頃にこう言われた事がある人もいるかもしれない。『おもちゃで遊んだ後はちゃんと片付けなさいよ』と。
そうつまり今俺はその後片付けをしているわけだ。独りで、黙々と。
大量に仕掛けたわけだから、その片付ける数も大量である。泣きたいね。マジで。
千秋も虎杖も、鋼凪のケアに行ってしまっている。
《完全干渉》の男医師は、何か喪失感で一杯のような雰囲気のまま、いつの間にか帰ってしまっていた。
誰も手伝ってくれない。俺頑張ったのに。
しかも、この片付けはなるべく早く終わらせないと学校の七不思議の一つに認定されてしまう。
その場合は何と名付けようか。無難に、堕落場所、とかかな。
「一輝」
丁重に早急に片付けをして、もう大方終わりっていう頃。
後ろから千秋が話し掛けてきた。驚くだろ、いきなり話し掛けてきたら。
「ちょっと話があるんだけど」
「何だ?」
手を休めずに、応答する。
「何で、梓美ちゃんを助けなかったの?」
「何言ってんだ? ちゃんと助けただろ。危険が無いように、姿を消させて」
「そう言う事じゃない」
少し強めに、まるで怒っているかのように千秋が言う。
……やっぱり、コイツにはバレるよな。
「なんで、梓美ちゃんの大切な物が壊される時、助けに行かなかったの? 止めに行かなかったの?」
「勝つためだ。鋼凪も虎杖もいずれは敵になる。だったら早めにゲームを降りて貰うのが妥当だろ」
「なんでそこまで、このゲームに勝ちたいの?」
千秋の問いに俺が答えないから、しばらくその場に沈黙が漂う。
「…………まさか、家族を元に戻そうと―――」
「ふざけるなよ千秋。冗談にしたって笑えない」
「……ごめんなさい」
別に謝る必要は無いのに。俺が答えなかったのが悪いんだから。
だから俺は千秋の問いに答えることにする。
「見つけたんだよ」
「……えっ?」
「コード使用者。たぶん、このゲームの勝者になれば会えるだ」
「…………確証は?」
「ほぼ無い。いつも通りの勘ってやつだ」
「勘を優先して、梓美ちゃんを見捨てたって言うの?」
「悪いか?」
気のせいか、場の空気が段々と冷え切っていく。
千秋がマジギレしてるのかもしれないが、俺だって揺らぐつもりはない。
「一輝、言っちゃ悪いけど……そこまでして追う必要があるの? ちぃは一輝について行ってるだけで、誰かを見捨てたり裏切ったりしてまで執着する気は無いんだよ」
「俺も、何で執着してるのか忘れたよ……それでも、俺と同じ目に遭わせてやらないと死ねないんだよ」
うわっ、バトルをグダってしまった……。
グダってしまったよ…………英語のノート整理した後だからかなぁ……?
まあ、これが俺の実力ってだけの話か。