敗退
「ッ否定!」
僕の声と《完全干渉》の全域攻撃はほぼ同時だった。
それでも僕たちに攻撃が届くよりも鋼凪のほぼ反射的に発動した《否定定義》が無効化するのが早かった。
力押しの達人だけはある。僕なら絶対反応できなかった。
しかし油断するのはまだ早かった。
「がら空きだぞ、《非観理論》」
《完全干渉》のその一言で、僕は自分の過ちに気付く。
僕は元々がら空きだ。何故ならそれは他者から観測されないルールを発動しているから。
それゆえに干渉もされない。だからその言葉は僕ががら空きだという事を示しているのではない。
示しているのは、僕の――――指示が、がら空きだという事だ。
「ッッッァあああああああああっ!!!!」
なんと言えばいいのだろう? 上手い表現が思いつかない。
氷の牙のようなもので両足の肉を噛み潰された鋼凪は悲鳴を上げながらその場で倒れ、仰向けになって足を押さえる。
直後、干渉によって無理矢理作られた氷柱が鋼凪の両太ももを貫く。
「ぁッッッッ!!」
悲鳴にならない、まさしく絶叫を上げる鋼凪。
もう《否定定義》も機能していない。それは多分、彼女の脳が激痛の処理で埋め尽くされてしまったからだろう。
確信はある。
僕が誤って《非観理論》を使って鋼凪の未来を予知してしまったから。
もしも《否定定義》が機能していれば、まだ僕は《完全干渉》を止める事が出来た。
でも出来ない。機能していない。故に僕は、言動も行動も禁止された……ただの傍観者となることしかできない。
今考えれば、全て僕の油断が悪い。
僕が全域攻撃を予知することも、それを鋼凪によって無効化されることも《完全干渉》には分かっていたはずだ。
《完全干渉》が狙ったのは、僕の油断。そして鋼凪梓美。
始めから僕に攻撃を加える気なんて無くて、僕の指示が途絶えることを狙っていたんだ。
「さぁて」
《完全干渉》……春永氷雨が、空間に干渉し、一瞬で鋼凪の前に移動する。
脚の傷口を踏みながら、氷雨は言葉を続ける。
「まずは《否定定義》が大切にしている物から丁重にぶっ壊させてもらいますか。あぁー、安心しろ。疵の痛みでろくに喋れないお前に問い質したりはしない。お前の脳味噌に聞くとするよ」
言葉の終わりと共に、氷雨は鋼凪の頭蓋を鷲掴みにして《完全干渉》を発動。
脳細胞の記憶領域に干渉し、彼女の記憶の中から大切な思い出を調べ漁っていく。
その思い出の中で一番印象に残っている物が今何処にあるかを脳内検索する。
そういった虱潰しの方法を5秒続けたところで、氷雨は呟く。
「制服の、ポケットの中ねぇ…………」
鋼凪の体に手を伸ばし、制服のポケットの中を漁る。
そうして出てきたのは、四葉のクローバーのヘヤピン。それが鋼凪が自分の命と同等なくらい大切にしている物。
「死んだ家族との思い出の品かぁ。命と同じくらい大切な思い出の塊……壊したくは無いねぇ」
氷雨はそう言うが、本心から出た言葉ではない。だからといって全てが嘘のわけではない。
少し……心の片隅程度にはそのように思っている。だがあくまで心の片隅。
どうでもいいようなことなのだ、氷雨にとっては。
《非観理論》を使えば全てが観測できる。
激痛で言葉を出せない鋼凪が、今どう思っているか。
掌で取ったヘヤピンを弄りながら、氷雨が何を思っているか。
これから起こる、鋼凪のヘヤピンの運命。
全てが分かる。全てを観測できる。だが今はこんな異能は必要ない。
言動、行動によって事象に干渉できないこんな異能は今はまったく持って必要ない。
今こうして痛みに苦しんでる鋼凪を、大切な思い出を壊されようとしている鋼凪を救えもしないこんな異能はいらない。
なのに、僕の願いは神様どころか悪魔さえも無視をする。
「ま、大切な物が壊される瞬間だ。よーく見ておけよ、お嬢ちゃん」
そう言って氷雨は、鋼凪の目の前でヘヤピンを真っ二つに折ろうとする。
せめてもの、最後の抵抗として鋼凪はその光景から目を逸らす。正確には目を瞑る。
いかにも鋼凪らしい行動だ。
だけどそんな行動も無意味に変わる。
「そうか、見るのは嫌か…………じゃあ」
鋼凪の顔の近く……耳の近くにしゃがみ込んだ氷雨は言葉を続ける。
「よーく耳に焼き付けて……そうだな、音だけでその光景をイメージできるように壊してやるよ」
どうやってそんな事をするのか。
簡単な方法だ。脳細胞の一部を組み換え、その音とイメージした光景を死ぬまで焼き付けるように記憶させるだけである。
《完全干渉》からしたら、そんな事をするのは造作もないことだ。
「それじゃ、これでお前はゲーム最初の敗北者だ」
「ゃぁぁあああああああああああああっ!!」
その言葉に伴い、ヘヤピンを綺麗に真っ二つに折る。
ただ折っただけではない。鋼凪の本当に最後の足掻きである絶叫を含めた余計な雑音をキャンセリングして、その音だけを聴覚に聞きとらせた。
そうして最新のヘッドホンよりもクリアな音を聞いた鋼凪は何を想像したのか。
それは何かの画像に映された、幼い時に両親と過ごした記憶が、画面ごと真っ二つに割れ、崩れ去るというものだった。
何か鬱っぽいような感じだった気がしなくもないんだけど。
いやまあ、全然こんなの鬱じゃないよね。そうだよね。
こんなので鬱っぽいなんて言ったら、誰かに怒られちゃうよね。