説明不足
《完全干渉》…………春永氷雨は、未だ保健室にて検診を続けていた。
本来なら、《異見互換》もしくは《否定定義》を捕え、命と同等に大切にしている物を破壊しているはずだった。
しかしそれよりか前に、《無影無綜》と《非観理論》が動き出してしまったため計画は中断。
彼らが保健室を出た時、無理に追いかけることはできかた、それをすれば氷雨の大切な誇りを穢してしまうため、仕方なく検診を続けていた。
保健室にいた女子生徒も女医も《完全干渉》によって記憶を改竄され、四人……正確には、姿を現した三人が保健室に居たことを忘れてしまっている。
無駄に騒がれても困るのは氷雨自身だからだ。
四人に脱出されてしまった今、氷雨の最速で最適な行動は、検診を終えて四人を追うこと、である。
機械的に女子生徒を診ながら、少しばかり氷雨は後悔していた。
検診に来た医師、という設定でなければ氷雨はすぐに彼らを追うことができた。
しかし医師という設定が、今氷雨をこうして保健室に縛り付けている。
最後の女子生徒を診終わると同時に、氷雨は《完全干渉》によってまた記憶を改竄し、すぐさまに保健室を出る。
《完全干渉》のデフォルトでの干渉範囲は20メートル。
おそらく彼ら四人全員がそれよりも離れた場所に移動したはずだ。
しかも《完全干渉》のデフォルトでの干渉時間は5分。
氷雨のコードは最大5分しか使えず、しかもコードの使用を止めたからといってまた5分使えるわけではない。
氷雨本人にもいつコードの制限がリセットされるのかはイマイチ分からないが、夜寝て朝起きたらリセットされていた。
睡眠を取ればリセットされるのか、それとも24時間でリセットされるのか。
それは分らないが、取り敢えず今は関係の無い話だ。
ともかく《完全干渉》を無闇に多大に使用することはできない。
記憶の改竄も一瞬でやってのけたことだ。もう二度と使いたくはない。
…………いや、無闇に多大に使用する必要は無さそうだ。
二人が……《非観理論》と《否定定義》の二人がわざわざ自分の元に来たのだから。
~~~時間は少し前に遡り~~~~~~~~
「あれ? 一輝、土下座しないの?」
「するか、するわけないだろ」
踊り場に残された俺と千秋。まあくだらない雑談をするしかないわけですよ。
「っていうか一輝、どこ行こうとしてるの?」
「戦の地だよ」
「二人の後を追うってこと? 確かにちょっと心配だけど」
「心配の域を超している。危険だ」
俺は断言する。断言するに足りる根拠もある。
「《完全干渉》は俺たち四人のコードをもうすでに知ってるはずだ」
「……知っていてるからこそ、ちぃと梓美ちゃんを狙ったの?」
「鋼凪はコードが発動されてることに気付かなければ《否定定義》を使わない。千秋の《異見互換》は攻撃性が一切ないコードだ。《無影無綜》で隠れられたり《非観理論》で予知されて逃げられるよりか、全然捕え易い」
もしも俺と千秋、鋼凪と虎杖のコードが逆だったら、女子ではなく男子の検診になってただろう。
あくまで俺の予測ではあるが。
「でも、今は梓美ちゃんだって警戒してるわけだから《否定定義》も使える。さっきよりか安全だと思うよ」
「どうだか」
千秋の言った言葉は半分正しい。でも半分は間違ってる。
「さっきまでは気付かれずにコードを発動して二人を捕えなきゃいけなかったが、今は違う。ド派手にコードを使ってくる。《完全干渉》は時間制限のあるコードだ、ド派手にコードを使えた方がやり易いに決まってる」
「でも二人は、一度《完全干渉》を倒したことがあるんだよ?」
「それが油断に繋がる」
というか、多分もう鋼凪と虎杖は油断している。
さっきの《完全干渉》の説明の時に、言い忘れた事が多分あるからだ。
「《完全干渉》は自分を中心とした半径20メートルの範囲を5分間、干渉できるってルール。それは分かった。だけどその干渉範囲は常にそうなのか? 干渉時間は常に5分なのか?」
「……あ」
そんな事は鋼凪は言っていなかった。俺にそんなことは説明しなかった。
まあ、元々俺を戦いに参加させる気が無かったからかもしれないが。
「多分、鋼凪はそれぞれ最大範囲、最少時間で答えたんだと思うが…………そこら辺が油断の元だ」
「なんで?」
「その情報は《非観理論》で調べた信憑性が高い情報ではない可能性がある」
「……? どうしてそう思うの?」
首を傾げながら千秋が問うてくる。
「俺が鋼凪に《完全干渉》のルールについて聞いた時、鋼凪は一切虎杖に確認を得なかった」
「それは、梓美ちゃんが《完全干渉》のことを虎杖君より知ってるからじゃ?」
「虎杖より詳しいわけないだろ。《非観理論》は全ての事象を観測できる、言ってしまえば辞書のようなものなんだから」
辞書よりも、ネットよりも、パソコンよりも、人間の脳が記憶という概念で勝るわけがない。
「鋼凪は虎杖に一度も確認を得なかった。そして虎杖は一度も説明の時に口を挟まなかった。だからもしかしたら……《非観理論》で《完全干渉》のルールを調べてないかもしれない」
「それって…………考え方によってはピンチじゃ」
「ピンチかもじゃなくて、ピンチなんだよ」
鋼凪は最大干渉範囲が20メートルだと思っている。
しかし、もしかしたら、場合によっては、その情報は偽である可能性がある。
いや、偽であろうが真であろうが、このままだと鋼凪たちは負ける。
「千秋、あの二人は今どこにいる?」
「…………保健室近くの廊下……もう《完全干渉》と対峙しちゃってる」
もう対峙しちゃってる、か。
……チャンス、良い機会かもしれない。
《非観理論》も《否定定義》もいずれ敵に回ってしまうコードだ。
もしここで《完全干渉》によって大切な物を壊され、敗退してしまったとしても、殺されない限りは二人の協力を後々も得られる。
つまりここは、序盤戦の山場かもしれない。案外早いものだ。
この戦いで、最低限二人のコード使用者が敗退する。
未確定のこの結果を確定させるには、俺の援助は少し遅らさせなければいけないかもしれない。
考えがまとまると共に、俺の進路を邪魔するものを《無影無綜》で消し去り始める。
最低ですよねこの主人公。ホントマジ最低。
クソってくらい最低、外道、下種のカス主人公ですよね。