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「月は何で明るいと思う?」
「そんなもん、太陽光を反射しているからに決まってんだろボケ」
二人は空に大きく輝く月を見上げながら話し合う。
「何それ。夢が無さすぎるでしょ」
「ロマンチストになれるような人生は送れなかったからな」
「どんな人生を送っても、人は夢を見たり奇跡を信じたりするものよ」
「夢を見たところでそれは夢でしか無くて、奇跡を信じたところで何かが変わる訳じゃない」
「…………それもそうね」
「随分と諦めが早いんだな」
「諦めるしかない人生しか送れなかったからね」
「……そうか」
沈黙の間も二人はずっと月を眺め続ける。ただ何の目的も無く。
「俺は」
二人のうちの一人が、沈黙に耐え切れなくなったためか独りでに呟く。
「俺はここから抜け出す」
「無理だよ。無謀だよ。無力な貴方には絶対に出来ない」
「……そんなすぐに否定することも無いだろ」
「ここから抜け出すなんて無茶を言うからいけないんだよ」
「無茶じゃない」
「無茶だよ。絶対に無理。不可能。諦めるべきだよ」
「無茶じゃない。絶対に無理じゃない。不可能じゃない。諦めるべきじゃない」
「急にどうしたの? ホームシック?」
「別に。家族なら昔、目の前で殺されたからホームシックではないだろ」
「ならどうしてここを抜け出すなんて言うの? 当てでもあるの?」
「当てもない。目的も無い。ただ、ここで終わるつもりも無い」
「バカなの? バカでしょ? バカなんでしょ? ここから抜け出すなんて絶対に無理なのに何でやろうとの?」
「だから無理じゃない。お前が協力してくれれば可能だ」
「誰が協力したところでここから抜け出すなんて―――」
「絶対に出来る。俺は全てを欺いて見せる」
「なんだ、夢の一つ見れるじゃない。そんな哀れで儚い夢の一つ」
「夢じゃない。現実に変えてやるよ」
「……何を言ってるの?」
「簡単な事だ」
間を置き、答える。
「欺いてみせる、世界も神様も。だからお前は俺を信じて協力してくれればいい」
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「………………」
朝日が眩しく、堪らず目を覚ます。
どうやら俺はいつの間にか寝ていたみたいだ。しかもソファで。
お蔭で体の節々が痛い。首を傾げただけで、関節がバキボキ鳴り響く。
寝惚けた頭で壁に掛けてある時計を見る。
時刻は4:44。捉え方によっては幸せと死遭わせに分かれてしまうような数字だ。
4という数字はややこしい。
死を意味したり、四つ葉のクローバーのように幸せの象徴だったり。
幸運と不幸が織り交ざった数字である。
まあ俺は数字に不気味さを感じる事が少ないため、不幸の象徴やらと考えた事が無い。
だからといって幸運の象徴とも考えた事は無いが。
にしても、体が痛い。二度とソファで寝るものか。
そんな事を心に決めながら、冷蔵庫へふらふらと向かう。
ちなみに俺の現在の住家はダイニングキッチンであるから、数秒で冷蔵庫に辿り着いた。
まあキッチンが別な場所にある家は相当な豪邸か、昔の建築物かのどちらかだろう。
ともかく俺は冷蔵庫の中身を探る。
……スカである。空。新品同様の中身無し。
ふざけるなよ、あの野郎。
そう思いながらも朝っぱらから怒声を撒き散らしたら近所迷惑になる事だろう。
残念ながら俺は周りに気を遣える男であるため、静かに財布を持って家を出た。
理由は簡単。24時間365日営業の利便性社会の骨頂、コンビニに行って朝飯を確保するためである。
早朝の街は妙な静けさを帯びながらも、深夜よりかは人の気配を感じやすい。
日の光というものは人を引き付ける効果があるのかもしれない。
いや、生物皆、蛾のように光に惹き付けられる習性があるのかもしれない。
一体全体、光に何があるっていうんだ。
あんなもの、ただ眩しいだけじゃないか。
あんなもの、あんものこそ一番、穢れている。
ポケットの中で何かが振動する。
家に置き忘れたと思っていた携帯がメールを着信したためだ。
にしても誰だ? こんな朝っぱらにメールなんてしてくるドアホは?
『ちぃはシーチキンおにぎりが良い』
なんてメールを送ってくるドアホとドアホを足してドアホを掛けたようなドアホは?
いやまあ俺の記憶が欠落していない限り、こんな生意気なドアホは一人しか思い浮かばないんだが。
っていうかアイツだろ? 冷蔵庫の中身を空にしやがった張本人は。
「ハァ…………」
溜息を吐きながら携帯の待受け画面を見る。
画面の真ん中にデカデカと時刻が表示され、その右上に小さく何年何月何日何曜日かが表示されるシンプルな待受け画面。
今日は、11月8日月曜日。俺が転入生として高校に通う日だ。